Song.6 勧誘


 ぎこちないリズムを刻むドラム。

 歌詞があやふやな大輝。

 スロースターターの瑞樹のギターは、だんだんと調子が良くなっていき、切れ味のいいを出すようになる。

 俺のベースもアレンジを加えていった結果、明るいポップな曲のはずがロック調に変化していた。


 そんなバラバラな俺たちは演奏を続けた。

 続けるうちに、少しずつだけど、うまくなる。

 まだまだ初心者の未熟なバンドだが、一つの形として演奏できたことがただただ楽しかった。

 互いの性格すらよくわかっていないのに、このメンバーならやっていける。俺の中に希望が生まれた。


「はー! 楽しかったー! やっぱ俺、歌うの好きだわ」


 冷房をつけているというのに、全員が汗だくだった。

 運動したわけじゃないが、息が切れ、全員の顔に疲れが見える。今日は試しに演奏しに来ただけだ。技術を上げるために来たわけじゃないので、そろそろ帰ることにするか。


「今日はこれまでにして、帰るぞ」


 俺の提案で、みんながうなずいた。

 ベースのボリュームをゼロにし、片づけに入る。

 だが、マイクの片づけ方法がわからない大輝は体を伸ばして暇そうだった。ベースとギターを片づける俺たちを交互に見ては、あくびをしている。暇なのは鋼太郎も同じで、弱い力でスネアを叩きながら待っていた。


「あ。これ、返すわ」


 鋼太郎が演奏に使っていたスティックは、俺のものであることを思い出し、目の前に差し出した。


「ああ。いいよ、それ。あげる。安いやつだし、結構劣化してるけど」


 アンプも切り、ケースへとベースをしまう。借り物のベースは思ったより使いやすかった。

 丁寧にベースをしまい、自分のバッグから端がよれた薄い本を出して、それを鋼太郎に差し出した。その本の表紙には、「初めてのドラム!」と大きく書かれている。昔買ったものだが、書いてある内容は今も昔も大差ないだろう。

 これを読めば、一通りのドラム基礎を学べるはずだ。


「これもやるよ。初心者用のドラム教本。古いし、ボロボロだけど。でも読めるし、わかりやすくかいてあるから」

「お、おう……ありがとう……?」


 戸惑いながらも鋼太郎はそれを受け取った。中にはドラムをやるのに必要なものからドラムの各名称、譜面の読み方、叩き方……全てカラーで書かれている。中にはページが折られているところや、アンダーラインを引いているところもある。

 何冊も教本を見ていて、一番わかりやすかったから使い込んでいたのだ。でも、俺はドラム一本でやる気はないし、基礎はできていると思う。自分じゃもう使う予定がないから、鋼太郎の参考になればこの教本も喜ぶだろう。


「どうだ? ドラム、楽しい?」


 マイクについては、瑞樹が大輝に教えながら片づけている。他に片づけるものがない俺は、本に目を通す鋼太郎に静かに訊く。


「正直……楽しい、と思った。もっとちゃんとできたら、もっとうまくできたらって思う」


 目をそらしてはいるが、率直な感想だった。


「ならよかった」


 鋼太郎の短い感想であっても、俺にとってはかなり嬉しかった。

 なかば強引にスタジオへ連れてきて、いきなりやってみろと言い、ドラムが嫌いになってしまったら。

 そうなったら、メンバーとして一緒に演奏できやしないだろう。でも、少しでも、ほんの少しであっても楽しいと思ってもらえれば、これから先、続けることができる。

 

「一応、部員五人と顧問を集めて軽音部として設立したら、本気でプロを目指して練習する。ひとまずは軽音部の大会があってそれで優勝するのが目標だ」

「へえ……そんな大会もあるんだな」

「まあな。登竜門みたいなもんだ。その大会に出るためにも、ドラムをできるようになってもらいたい。俺も一応ドラムできるから、わからなければ教える。難しい曲でもできるようになってくれよ。頼んだぞ」

「……ん? ちょっと待てよ。そもそもプロになんてなれる訳ないだろ?」


 聞き流してしまったが、よくよく思い返すと目標があまりにも非現実的だと思ったのだろう。


「なんでなれないって言い切れるんだ?」


 俺の答えが予想外だったのか、鋼太郎は大きく目を見開く。


「そりゃあ……プロになれるのはうまいし、人気ある人だろ? お前みたいな楽器がうまいヤツならまだしも、俺みたいな初心者がなれるわけない」


 万が一なれたとしても、と続けた鋼太郎だったが、言葉がつまった。

 プロになんてなれっこない。そう決めつけているのだ。俺にとってはそんな決めつけ、くそくらえだと思う。でも、ほとんどの人はそう決めつける。

 小さな子供が、プロ野球選手を目指していると夢を言ったら頑張れと言うくせに、高校生が言うと否定されるのは何故だろうか。夢を口にすることさえ許されない世界なのだろうか。

 そもそも夢は叶えるものだし、口にしないと叶えられないものだと思う。


「誰だって最初はみんな初心者だ。そこから練習してうまくなっていく。人気だって後から付いてくるもんだ。はなから人気があるわけじゃねえよ」

「だけどっ……」


 俺が言っていることは当たりまえのことだ。

 それでも、鋼太郎には無理だと思う気持ちがあるのだろう。


「言っただろ? 音楽は人を変えるって。俺にも音楽で変えたい人がいる。言葉じゃ変えられなかった人が」


 俺が変えたい人。一人だけではない。その人たちに、まだ自分の声は届かない。何も変えられていないことが悔しかった。つらかった。でも、プロになれば、曲を出したらその人へ届くかもしれない。可能性の話ではあるが、それにかけるしかないのだ。


「俺は、音楽で人は変わることを知ってる。だから、そいつに俺の音楽を届けて、変えてみせる。絶対に」


 今度こそやってみせる。そんな気持ちがこもった声は、いつもより低い声になった。


「……そうか。お前はすげえな。そういう先まで考えて動いてんだもんな。俺は何も……」


 鋼太郎の言葉が詰まる。下を向き、だんだん声が小さくなっていく。何か思うことがあるようだが、それがうまく言えないようにも見えた。


「バーカ。今からでも、何でもできるんだよ。何も行動しないより、ダメかもしれないけどやってみる。やらずに後悔するより、やってから後悔するほうがいい。結果がどうであっても、そこから何も得られなかったってことはないだろ。何でもやってみなきゃわかんないしな」

「……ああ、それもそうだな」


 鋼太郎は意を決したように顔を上げる。さっきまであった不安と迷いが消え、鋼太郎の目が強く輝いていた。

 これならもう、大丈夫だろう。俺のへなちょこな言葉でも、鋼太郎の背中を押せたようだ。


「改めて、軽音部(仮)へようこそ」

「こちらこそ、初心者でへたくそだけど、よろしく」

「もちろん」


 握手を交わし、低音の二人に確かな絆が生まれた瞬間だった。

 そんな貴重な場面を大輝が見逃すことはなかった。

 

「キョウちゃん! 俺とも握手ー!」

「嫌でーす。お断りしまーす」

「なんでっ!? 俺の扱いひっどい!」

「あー……俺もなんかやだ」

「コウちゃんまで!? もういいし! みっちゃーん!」

「僕ですかっ!?」


 空気を変えてくれるのはいいんだが、大輝に絡まれるとどうも面倒に感じてしまう。だから適当に言葉を返す。鋼太郎も同じ反応をした。

 俺も鋼太郎も大輝の扱いがわかってきた。雑ではあるが、大輝がへこたれることはない。

 瑞樹も大輝への対応に慣れてきつつあるようで、大輝のダルがらみにも受け答えていた。


 そうこうしている間に全ての片づけを終えたときには、時刻は夕方六時半を過ぎていた。

 明日も朝から通常授業があるので、長くはスタジオにいる訳にもいかない。それにお金の余裕もない。最後に忘れ物と冷房や照明の確認をし、荷物をまとめて受付に向かう。


「お疲れさまー。どう? 新しいメンバーさんたち、楽しかった?」


 店主の三上さんは、受付でパソコンに向かい、何やら作業をしていたところだった。

 その手を止めて、笑顔で声をかける。


「めっーちゃ楽しかったっす!」

「俺も、楽しかったです」


 小学生並みのはしゃいだ声で答える大輝に対し、照れくさそうに答える鋼太郎。

 二人とも楽しかったようで何よりだ。嫌いになったら、続けられないし。


「ははっ! そりゃよかった! これからもごひいきに!」


 反応の違いが面白く、三上さんは笑いながら次のスタジオ利用を促す。

 そんな三上さんへ、借りたベースとスタジオの鍵を返し、ポケットから財布を取り出す。


「ああ、いいって! 今日は私のおごりで。いつもうちを使ってくれてるし、そのお礼ってことで。それにうちのおいも世話になってるからね」


 スタジオ代を払おうとした手は止められた。どうやら個人営業のスタジオということもあって、ある程度融通が利くようだ。

 もう何年もこのスタジオへ通っているが、度々レンタル代を負けてくれる。嬉しい反面、これでやっていけるのかと不安になることもある。


「ん? 甥?」


 三上さんの言葉に大輝が引っかかり、首をかしげる。


「ああ。僕のことです、それ」


 今まで一番後ろで黙っていた瑞樹が口を開いた。すると一気に瑞樹に視線が集まる。

 いきなり注目の的となり、瑞樹は慌てていた。


「そうなのか! 三上さんは、みっちゃんの親戚なんすね! いや、もう、ほんと立派な後輩で……お世話になっております」

「ぶっっっ! お前はお世話されてる側だしなっ……」


 ぺこりと頭を下げる大輝だが、言っている内容がらしくなかった。それがあまりのも不自然すぎで、俺だけじゃなく、鋼太郎も噴き出した。


「あはは! いい子じゃないか! 頑張ってね、少年!」

「はいっ!」


 そんな会話をし、全員でお礼を言ってスタジオを離れた。

 外は薄暗くなっている。何もさえぎるものがないので、空には星と月がよく見える。


「あ、俺電車来るから急ぐわ! じゃあな!」


 駅には自動改札機はあるが、上りも下りも電車の本数が少ないので電光掲示板がない。一本乗り遅れてしまうと、次の電車まで早くても二十分以上待つことになる。だから駅の入口にある時計を見た大輝は、すぐに走って行ってしまった。

 嵐のように去った大輝を俺たちは黙って見送った。


「あ、俺は家あっちだから、ここで」


 鋼太郎が指を指したのは、駅の北側。俺と瑞樹の家は駅の南側。正反対だ。

 スタジオへ向かっていたときに、鋼太郎の家が和菓子屋であることは聞いている。駅から近いので、家への土産に買っていきたかったが、今日はそこまで財布にお金がない。諦めてもっと余裕がある日に行くことにした。


「ああ。また明日な」

「おう」

「お疲れ様です」


 簡単に別れを済まし、鋼太郎は歩いて行ってしまった。

 残った俺たちは自転車に乗り、ペダルを踏み込む。途中。部活帰りの学生たちが、ぞろぞろと歩く集団とすれ違った。同じ制服なのに、駅から離れる二人を見て、不思議そうな顔を向けられた。

 駅を離れて少し経つと、電車がゆっくり動き出したのが見えた。他に電車はまだ来ていない。どうやらこの電車に大輝が乗っているようだ。わずかに見える窓から、車内の様子がわかる。そんなに混雑はしていないようである。そんな電車は、ガタガタと音を立てながら走り、すぐに見えなくなった。

 あの方向だと大輝の家は上り方面なんだろうなと思いながらも自転車を走らせる。


「キョウちゃん、今日は楽しかったね」


 人がいない道を瑞樹と並んで走っていると、瑞樹が嬉しそうな顔で一日を振り返った。

 小さい子供みたいな感想だが、同感だ。

 楽しかったし、楽しかった。それ以上の言葉が出てこない。


「そうだな。大輝も、鋼太郎も楽しそうで何より」

「だよね。大輝さんは楽しいってずっと言ってたよ。僕たち、やっていけそうじゃない?」


 メンバーは四人になった。ひとまずバンドとしての形はできた。技術はこれから練習すればなんとかなる。今のところの関係性は悪くない。

 それでも不安なことがある。


「まあ、やれそうだけど、でも……」

「でも?」


 瑞樹は続きを求める。


「残りのメンバーと、曲がなぁ」

「あー……なるほどね。キーボードがほしいよね。それなら僕でも探せるけど、曲作りはキョウちゃんしか出来ないからね」

「いくら作ってもどうもしっくりこないんだよなぁ」


 軽音楽部になるために必要なのは五人の部員と顧問。まだ人員が足りない。

 それに加え、演奏する曲にも悩んでいる。コピーバンドではなく、オリジナルの曲を演奏したい。そうでなければ自分の声をあの人へ届けることはできないからだ。

 曲は、俺が作る。だけど、どうしても納得がいく曲が出来ずにここ最近は頭を悩ませている。


「……もしかして、スランプ?」

「はっ、まさか」


 スランプなんかじゃない。そう言い聞かせながら、帰宅した。

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