Song.5 バンド(仮)


 校門を出て、駅へと向かって進む。

 学校周辺は比較的住宅が多いから、道幅が広く、歩道が整備されている。しかし、学校から離れるにつれて少しずつ建物がなくなり、どんどん視界が広くなる。次第にあたりには耕された田んぼが広がっていた。

 そんな田舎道を四人で進む。


 自転車通学の俺と瑞樹は、自転車を押しながら、大輝と鋼太郎とともに歩く。

 先頭を俺が、続いて大輝、鋼太郎が並んでいる。見た目が怖い鋼太郎に慣れていないのか、瑞樹は後ろから静かについて行く。


「なあなあ、キョウちゃんと何話してたの?」

「キョウちゃん言うな。別に何でもねえよ。普通の話だ」

「えー、二人だけの話って気になる―。俺も知りたい。ね、教えてよ、コウちゃん」

「こっ、ちゃっ……いきなりちゃんづけかよ!?」


 道中うるさかったのは、言うまでもなく大輝だった。大輝はまるで昔からの友人のように鋼太郎に接している。とても今日初めて話すような関係には見えない。

 ダラダラと俺たち二年の三人組はそれなりに会話ができるが、後ろの方で瑞樹が縮こまってしまっている。


「ね、みっちゃんも知りたいよね?」

「えっ、と……本人が話したくないなら無理に聞かない方がいいと思いますけど……」

「ほらー、みっちゃんも聞きたいって!」

「僕、そんなこと言ってませんからね!」


 大輝は黙っていた瑞樹を巻き込みながら鋼太郎へ質問を続けた。

 突然会話に巻き込まれたことで、瑞樹は戸惑っていた。だが、会話を聞いてるうちに鋼太郎は怖い人ではないと薄々感じているようだ。まだ顔は少しこわばっているが、きょろきょろしていた目が、まっすぐと前を向いている。


「何話してたのか教えてくれないならいいよーだ。次の質問に変えよーっと。んー……コウちゃんってどこら辺?」

「駅の近く」

「へぇー。駅近っていいよな! あ、駅のところの和菓子屋、ったことある? あそこのどら焼き、よく買っちゃうんだよねー。まじで、うまいの」

「俺の家、その店」

「へ? まじかよ! あの店がコウちゃんのいえなのか! また行く!」


 俺もその和菓子屋には、ばあちゃんのおつかいで何度も行ったことがあるし、そこが鋼太郎の家であることも知っていた。そこの店員――多分鋼太郎の母親だろうが、かなりおしゃべりなこともあって、行くたびに鋼太郎の話を聞いている。そこから得た情報とじいちゃんたちの話から、なんで鋼太郎が謹慎になったのかも知っている。

 ちょっとした情報でも共有されてしまうのが、田舎の恐ろしいところでもある。


「ちなみにオススメは、どら焼きじゃなくてイチゴ大福だけどな」

「あ、それ僕も食べました。イチゴとあんこが合っててとても美味しかったです」

「俺もこの前食った、それ」

「みっちゃんもキョウちゃんも食ってんの!? 俺だけったことない! いいなー! いたいっ!」

「あれは結構売れるから、早い時間じゃねえと売り切れになる。頑張って買ってくれ」


 ワイワイと和菓子で盛り上がった。

 大輝のおかげで、鋼太郎の空気が柔らかくなった。俺にはできないことだ。ましてや鋼太郎だけじゃなくて、瑞樹にも気を使っているあたり、本当に大輝はコミュニケーション力があるし、会話がうまい。交友関係が広いのもうなづける。


「コウちゃん。鋼太郎だからコウちゃんって、いい呼び方でしょ? 俺のことは大輝って呼んでいいからさ!」

菅原すがわら大輝だいきだろ? お前の名前ぐらい知ってる。学年で知らないやつなんていないんじゃねぇのか? 知らねえのはこっちの小さ……」

「小さくないです。成長期がこれから来るんで。それに僕は作間さくま瑞樹みずきって名前があります!」

「あ、気にしてたのか……悪い」


 互いの名前を知ったところで、閑散とした田舎道を騒がしく歩くこと十五分。学生が多く利用する小さい駅を通り過ぎた。まだ部活動をやっている時間なので、駅に学生はいないようだった。

 その駅からさらに歩くこと五分。駅からも見える場所にポツンと建っている古くて小さな建物が目的地のスタジオ「MOL《モル》」だ。


 田舎なだけあって、舗装された駐車場がだだっ広い。しかし、止まっているのは軽乗用車が二台のみだった。前に乗せてもらったことがあるから一台がこのスタジオを管理してる人の車なのは間違いない。残りのもう一台がお客さんだろう。そんなスカスカな駐車場の片隅にある駐輪場に自転車を止めて、俺たちはぞろぞろと建物内へと向かう。


 ガラスの入口のドアを開けると、チリンチリンとドアに付いているベルが鳴った。その音を聞きつけ、受付奥にあるスタッフルームからドタバタを音が聞こえる。


「おおー……? ここが、スタジオ?」


 想像と違ったのか、初めて入ったスタジオに、驚きつつも戸惑いの声を上げる大輝。鋼太郎もキョロキョロと周りを見ている。

 入ってすぐの壁にかかったコルクボードには、このスタジオに来ているバンドの写真が貼られていた。若い人が多く、男女混合バンドもある。大輝と鋼太郎はその写真を見入っている間に、オーナーの女性が、奥から出てきた。


「あら、今日はずいぶんにぎやかじゃない! やぁーっとメンバーが集まったのかしら?」


 長い髪を後ろで一つにまとめ、どこぞのショップ店員を彷彿とさせるような緑色のエプロンに「三上みかみ裕子ゆうこ」と書かれた名札を付けたオーナーが、ニコニコしながら声をかけた。


「ちわっす。とりあえずメンバー二人見つけたんで、練習に。一番安いとこ、空いてます?」


 校則でアルバイトが禁止されている以上、俺のふところに余裕はない。できるだけ節約するためにも、家から弁当と飲み物を持参して、余計なものは買わないようにしている。月ごとにもらうお小遣いと、手伝いをしてもらえるお駄賃が収入源だ。節約して貯めたお金は、スタジオでの練習や必要な機材を買うのに使っている。

 このスタジオは何年も通っており、もはや常連だ。だからどんな機材がそろっていて、どの部屋が安いのかまで知っている。いつも使うのは、狭いがために値段が安い部屋。動きにくいが、そろっている機材は申し分ない。男四人で入るとなるとむさくるしいだろうが、我慢だ。


「いつものところね。いてるわよ。はい、どうぞ」


 渡された鍵には「C-3」と書かれたタグが付いている。「あざっす」と言いながら、鍵を受け取り、奥にある階段へ。ちなみにエレベーターはない。

 俺の後を、三上さんにぺこりと頭を下げた大輝と鋼太郎が続く。


「おばさん。僕のギターと……あとおじさんのベースある?」

「もちろんあるわよ。ちょっと待っててね」


 数段、階段を上ってから三上さんの声を聞いて足を止めて受付を見る。

 どうやら三上さんは再び奥へ戻ってしまったようだ。

 しかしすぐにスタッフルームから二つの黒いケースを持ってきた。

 サイズの異なるそれを、瑞樹が受け取る。


「ありがとう!」


 二つのケースは重い。だが、瑞樹はそのうちの一つを俺に渡したことで少しだけ軽くなった。


「おじさんのだから、使いにくいかもしれないけど」

「サンキュー。音が出れば問題ない」


 瑞樹からベースを受けとって背負う。まだ演奏していないというのに、背負っただけでも気持ちが弾み、足取りが軽くなった。

 今日借りたスタジオの部屋は三階の突き当りにある。

 ウキウキとした気分で、階段をのぼって着いた「C-3」スタジオの重厚な扉を開けた。


 小さなスタジオには、ギターとベースのアンプやドラムセットなどがあり、前面が鏡張りになっている。

 狭くも荷物置き場として作られたスタジオの隅のスペースに荷物を置く。そしていつもバッグの中に入れてあるドラムのスティックを取り出す。木製のそれは、ドラム練習にいつも使っているから、結構な使用感がある。そろそろ折れてしまうのではないかと思うほど、傷が目立っている。

 そこまでりきまなければ、折れないと思う。今日少し使うくらいなら大丈夫なはず。

 そんな傷だらけのスティックを、スタジオに入るなり黙っていた鋼太郎に押し付けた。


「んなん、いきなり渡されても困る」


 滅多に見ることがないのであろうドラムセットを前にして、スティックを受け取った鋼太郎は棒立ちになっている。何も教えていないので、どうしたらいいのかわからないのだ。


「いいから、とりあえずこれ持ってそこ座れ。んで、なんとなく適当に叩いてみろ」


 座れと指示した先には、青いドラムセット。しぶしぶドラム椅子に座り、鋼太郎はなんとなく目についた部分をスティックで叩いてみた。

 するとボンッと低い音が鳴り響く。座って右から順に叩いていくと、高さや質の違う音が鳴った。


「おお! コウちゃん、かっけえ! すげえ!」


 大輝は、ドラムの正面に立ってはしゃいでいた。鋼太郎もまんざらでもなさそうな顔をしている。


「右足は真ん中のペダルに。左足は左のペダルに乗せる。んで、叩けばいい。な、簡単だろ?」


 右足を踏むと、真正面にあるバスドラムが鳴りさらに低い音を出す。左足を踏んで二つのシンバルで構成されたハイハットを叩くと、また先ほどとは違う音を出した。


 手足をそれぞれバラバラに動かして演奏するドラム。初心者の鋼太郎にとっては、難しいと感じるかもしれない。俺だって最初は手と足が同時に動いてたし。

 それでも俺が言った「簡単」というのは、あくまでも仕組みが簡単ということだ。正直、俺はドラムがそんなにうまくできる訳じゃない。基礎的なことはできるけど、うまいかどうかと言えば、首をかしげるレベルだ。叩いてるうちに、頭がこんがらがって、リズムが乱れたり、スティックが手から飛んでくほどだ。

 叩けば音が出る。少しでもそれが楽しいと思ってくれれば、今日の目標は達成される。


 ドラムを叩く鋼太郎を大輝はずっと見ていた。生で見るドラムに、目を輝かせている。

 大輝が静かなうちにと、瑞樹は黒いボディにべっ甲色のピックガードが特徴的なストラトキャスタータイプのギターを準備し始めた。普段ならペダル式のチューナーで音を合わせているが、急にスタジオに来たため、今は手元にない。なのでギターケースの中に一緒に保管しているクリップ式のチューナーでチューニングをしていた。丁寧に音を合わせ、チューニングを終わらせると、今度はチューナーを俺に手渡す。そのあと、瑞樹はマイクの準備に取り掛かった。


 借りたのは真っ白なベース。スタジオを管理しているオーナー夫妻のものだ。

 使い慣れた自分のベースで演奏するほうが気持ちいい。借り物のベースはどうしても体になじまないので弾き心地が違う。でも今回は音が出るならそれだけで十分である。

 四本の弦の音を合わせる。ギターより少なく、太い弦。一本指ではじくとボォンと音が鳴る。毎日ベースに触れているが、毎回この体を震わせる低い音で気分が高鳴る。


 ベースのチューニングが終わり、マイクの準備も整った。ギター、ベースともにアンプにつなぐ。

 それぞれの弦をはじけば、ドラムに負けない音がスタジオの空気を震わせた。


「うおおお! かっけーな! すげえ! まじやべえ!」


 マイクを片手に持った大輝の語彙力がさらに乏しくなり、テンションが高いことがよくわかる。普段から声が大きいが、マイクを通したことで何倍にも大きくなった。

 大きい音に慣れていない鋼太郎は、その声の大きさに思わず耳を手でふさぐ。

 スタジオに慣れている瑞樹でも、マイクの音が耐えがたくなったのか、いつまでもはしゃいでうるさい大輝に、人差し指を立てて静かにするよう伝えた。すると大輝はすぐ口を閉ざした。

 そして静かになったところで俺が口を開く。


「とりあえず今日は雰囲気知るためにやるぞ。お前らの知ってる曲挙げてみろ。それをやるから」

「いやいや。ドラムとかやったことないのに、曲やるとか無理だって」

「いけるいける。すげー簡単なリズム取れればいいから」


 初心者の大輝と鋼太郎。知っている曲を唄うのならまだしも、初めてドラムを叩く鋼太郎が、しっかり演奏できるとはもちろん思っていない。でも、リズムさえ取れれば曲っぽくなる。さらにギターとベースを加えれば、それっぽくできる。

 無茶ぶりではあるが、まずはやってみないことには始まらない。


「んー……俺、最近好きな曲は……あれあれ。小さい子がこう踊ってるやつ!」


 無理だと主張を繰り返す鋼太郎の声をかき消すように、大輝がマイクを通して曲を提案した。

 鼻歌交じりで歌いながら、何やら踊りだす。

 右に左に手を動かし、その場でくるりと回る。その動きで、俺と瑞樹は何の曲だかすぐに理解した。その曲のバンドスコアを持っているわけではないが、テレビでさんざん聞いてるし、俺は耳コピでいける。瑞樹が弾けるかわからないが、まあなんとかなるだろう。現に瑞樹は、考えながらも弦をはじいている。

 瑞樹が練習している間に、鋼太郎へ身振り手振りを含めて簡単にドラムのレクチャーをする。


「んじゃ、ドラムは……ズズッチャズ、ズズッチャズって感じで。右手がずっと左足で踏んだままのハイハット――ああ、そこそこ。それを同じテンポで叩きつつ、チャのときに左手で左側にあるスネア――ってそれそれを。4分の4拍子で、8分音符のリズムをたたきつつ、2拍目と4拍目にアクセントをっていう感じなんだけど。右足は使わなくていいし、余裕があったら踏む。最初のズってときにでも踏めばいい。もちろん他の所を叩いてもいい。ドラムは自由だ」

「ズ……? 自由……? こ、こんな感じか?」


 ほんのわずかなレクチャーで、鋼太郎はの言った通りのリズムで叩き始めた。スネアとハイハットのみしか使っていないが、ちゃんとリズムを刻めている。

 たったこれだけの説明でできるなんて思っていなかった。この先練習していけば、本当にうまくなる気がする。


「おう、そのまま続けて。次! ボーカル! タイミングよく歌い始めろ」


 ぐるりと体の向きを変え、大輝を指さす。

 暇そうにしていた大輝が目を見開く。


「え? え? わ、わかった!」


 急な指示に戸惑いながらも、大輝は体を揺さぶりリズムをとり、唄い始めた。ギター、ベースも加わり、一つの曲が奏でられた。


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