第2話

 翌日、課題を鞄に入れて私は部屋を出た。201号室と書かれた自分の部屋の鍵を閉めると、202号室の前を通って階段を下りる。ちなみにお隣は誰かが住んでいるみたいなんだけど、生活リズムが違うのか未だに一度も出会ったことがない。


 やっぱり引っ越しそばを持って行くべきだったか? と思ったりしたけれど「最近は引っ越してきてもお隣さんに挨拶とかしてないですねー」って、不動産屋のお兄さんも言ってたし。


「うーん、まあいっか」


 そんなことより早く行かないと遅刻しちゃう。


 トントンと小気味いい音を立てながら階段を下りると、準備中の札がかかったお店の前を通った。


「”お食事処 囲炉裏いろり”か」

 出会ったことがないと言えば、このお店もずっと準備中の札がかかっていて営業しているところを見たことがない。いったいいつ開いているんだろう? そもそも営業しているのだろうか? そんなことを考えながら、私は駅までの道のりを急ぎ足で駆けていった。


 学校は駅から地下鉄を一駅乗り継いだところにある、府立大学だった。県外に出たい、となったときに親から出された条件の一つに国公立であること、ということがあった。まあ確かに、私立に行くとなると学費が一気に上がる。仕送りをしてもらってさらに私立の学費まで、とは私も言えなかったので必死に頑張った。そして、なんとかこの府立大学の食保健学科に入学することができたのだ。


「おはよう」

「おはよー、真緒ちゃん。昨日の課題、終わった?」

「なんとか……。七海ちゃんは?」

「私も、ついさっき終わったよ」

「お互いにお疲れさま」


 顔を見合わせて席に着き、私たちは生化学の講義を受けた。


 そのまま一時間目から五時間目までガッツリと授業を受けると、外はもう夕方になっていた。


 昼休みに菓子パンを一つ食べたとはいえ、お腹がすいた。


 情けない音を立てるお腹を押さえつつ、地下鉄に乗り、私はマンションのある松ヶ崎駅へとたどり着いた。あとは歩いて帰るだけ。


 そう思うのに、足取りは重い。帰ったらまたあのうどんを食べて、それから課題をして……。考えるだけでめまいがしそうだ。


「なにか、美味しいものが食べたい。おばあちゃんの作った肉じゃがとか、里芋の煮っ転がしとか。ううっ……」


 口に出した瞬間に、余計にお腹がすいてグーッと大きな音を立てるのが聞こえた。マンションはもう目の前だ。あと少し、頑張れ。そうしたら、今日は焼きうどんを食べるんだ。ソースをたっぷりかけて、鰹節をかけた具なしの焼きうどんを。


「あれ? なんか、いい匂いがする……」


 なんとかたどり着いたマンションの階段の手前、どこからか漂ってきた美味しそうな匂いに、私は誘われるようにして準備中の札が書かれたのは、マンションの一階にある、あの例のやっているのかいないのかわからないお店の前。


「おいし、そ――」


その瞬間、私の目の前は真っ暗になり――意識を失った。

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