0.5章-兄さんの分かりにくいQ&A
「──いいかい?今から説明していくから……ほら身を起こして、オリヴィア」
兄の優しい声が頭上から響く。たとえ重大な出来事が起こったとしても、夜すら相も変わらず蒸し暑い。ひんやりとした兄の身体は、ついつい引っ付いてしまいたくなるというもの。特に魔トカゲのような足は特別魅惑的だ。正直抱き枕にしたい。良いでしょこんな姿でも私の兄さんなんだしさ。
「……えぇと、オリヴィア。その……心の声も、全部聞こえてるんだけど」
「あうぇっ?」
ガバと飛び起きる。気恥しくてつい変な声が出た。
「えぇと、ね。起きてくれたね。まず……何から聞きたい?」
……兄の気遣いが地味に痛い。
ひとまず私と兄の間にある生暖かい雰囲気を振り払う為、赤面した兄から目を逸らして目先の疑問を口にする。
Q1.「まず、兄さんのその姿は何?」
「分かった。まずは、この世界にある〝神の領域〟については知っているかい?」
「いいや、全然」
「だろうね。僕らが今朝方居たあの洞窟も、実はさっき言った神の領域のうちの1つなんだ。僕ら……というか、君達人類以外にもこの世界には沢山の種族が居るだろう。その中でも〝魔霊族〟だけはその神の領域から生まれるんだ」
Q1-1「魔霊族は他の種族と何が違うの?」
「あぁ。魔霊族はね、他の魔物とは違って身体の核に神の一部を持っているんだ。僕の知る限りだと、神の欲望が一番多い。暴れたいだとか、寝たいだとか、癒されたいだとか……そういった欲を核に、あとは核の元となる神が司る力を纏えば魔霊族の出来上がり。それから、欲の強さによって魔霊の強さも変わってくるんだ。ちなみに他の魔物の核は、はるか昔に居た動植物を元にしたものなんだよ」
「動植物ってのは……」
「今で言う魔物の、昔の言い方だ。例えばプラント、あの魔物が意志を持たず、生まれてから死ぬまで地面に根を埋めたまま動かなかった時代があるんだ」
「へぇ……それで?続きは」
「あぁ、そうそう。それでその魔霊族だけど、僕を魔物として分類するならそこが1番近い。近いというのは、明確に分けると違う存在だから。僕の場合核は僕自身……僕の魂だね。それに神から力を貰うことで、結果的に魔物のような姿を纏う事になったんだ。なにせ僕の魂は崩れかけていたからね、流石に人の姿のままでは居られなかったみたいだ。そうそう、神の力の特徴に合わせて姿も変わるのだけれど、あの洞窟に居たのは水の神だから同じ力を纏っている魔トカゲや水竜のような姿になっている訳だ」
「ふーん。なるほどね」
「分かってくれたかい?じゃあ次だ」
Q2.「なんで心が読めたの?」
「それはまぁ、契約しているからでもあるのだけれど。魔霊族は肉体が無い、言わば精神体なんだ。精神体というのは、本来思考で会話をする魔物達なんだ。だから相手の考えていることが読めるんだよ」
「成程ねぇ……兄さんには嘘つけないわ」
「ハハ、そうだね」
Q3.「契約って何?」
「種族を超えた協力関係、のようなものかな。特殊な鉱石で作られたアクセサリーに魔物が触れ、どちらかが契約しようと思えば契約が成立する。契約を結ぶと、互いの力が使える様になる。人と魔物で例えると魔物なら人間の力、人間なら魔物の力といった感じになるね。魔霊なら、一時的に力を受け渡す事で人間が力を使える様になる。欲の強さが力の強さにそのまま関わってくる種族だから、人間の持つ複雑な思いは強い力を引き出すにはもってこいなんだ。でも基本的に魔霊の方から結びたがる事は無いね」
「ふーん。なんで結びたがらないの?」
「契約主の傍から離れられなくなる。離れられて家1件分と言った所。それに加えて契約主の意思に背くような行動が出来なくなるんだ。要は契約主が望めば、魔物の全ての力を主に受け渡させるなんてのもできる訳さ。当然そうなれば魔霊は消滅してしまうから、基本的には消滅を恐れて魔物側から持ちかけることは無い。……まぁそもそも、一部を除けば人間と相入れる意思すら無いと思うよ」
「なるほどね。それで、兄さんと私なら?」
「んー……魔霊とさして変わらないと思う。そうだね、例えばオリヴィアは今魔霊の声が聞こえるようになっているんじゃないかな?」
「……まぁ、外がやけに騒がしいよね。兄さんは産まれた時から魔霊の声が聞こえるんだよね」
「そうそう。まぁ特殊な体質を持っている人はそう珍しくない。体質のせいで苦労する事もあるけどね」
「じゃあ今からもっと苦労するんじゃない?」
「はは、違いない。魔物が嫌いな人間は少なくないからね、元人間だからって手加減してくれないだろうさ」
Q4.「儀式について詳しく」
「儀式か。まず長老が言っていた方だね。これは別の神の領域付近でも見られるものだよ。神の力を借りることによって強大な力を手に入れるというものだ。でも生半可な気持ちで力を借りようとすれば、神の領域の呪いを受けて最悪生きては帰れなくなる。逆に修行をするために神の領域に居座る人々も居るんだ。人の身のまま神の領域を全て巡って力を手に入れれば神の位に昇華される、なんて話も聞くけど真偽は定かでは無いよ」
「へぇ。兄さんが受けたのは呪い?それとも力を借りたの?」
「うーん……そうだね、あの洞窟で言うなら、湖の水を飲むと呪いを受けてしまうよ。肉体が魔物のものに変化してしまって、身体に囚われた魂も次第に呑まれていく。自らの魂を保つ事に集中していても、一晩で半分削られていたから相当に強い負荷がかかっていたんだと思う。気の弱い人間なら一瞬で持っていかれている所じゃないかな」
「そんなとんでもない物に自ら突っ込んでいったのね、兄さん」
「1人では出来る方法じゃなかったけど、オリヴィアならやってくれると信じていた。僕の妹なんだ、ただじゃあ死なないだろうからね。そうそう、あの洞窟で神から力を借りるには正しい祝詞を読むか、魔霊から無理矢理奪うか、あとは僕が使った魔霊族の為の詠唱を済ませるって手もある。でもこれは人間ができる芸当じゃないから除外するとして、この2つが主な手段だね」
「……兄さん、自分が人間を捨てたこと素直に受け入れすぎじゃない?」
「覚悟はしていたからね。消滅するかしないかってだけで、結局肉体的に死ぬことは分かっていたんだ。だったら割り切った方が良いだろう?」
「いや……流石私の兄さんね……」
「まぁ、こんな所かな。大体の疑問は解消出来たかな?」
生前に集めた資料を畳みながら、兄さんはゆっくりと微笑む。
「……ねぇ、兄さん。最後に一つだけいい?」
「なんだい?」
「……兄さん、仕事は?」
現実離れというか、自分には関係ないと思っていた世界が手を伸ばさなくてもすぐ隣にあるという事実から少しだけ目を逸らしたくて、かつての現実に触れてみる。
……兄さんは目を逸らし、何かを考えているような素振りを見せている。何かを考える時は必ずこの動作をする。裏を返せば、この動作をした時は兄さんにとって都合の悪いことがあるという事で……
「兄さん」
「……ごめん…仕事ある…どうしよう……」
「本っ当に後先なんにも考えてないんだから兄さんはぁーっ!」
どんな姿だろうが、どれだけ覚悟を決めようが。詰めが甘いのはやっぱり兄さんの悪い癖だ。
いい。決めた。やっぱ兄さんは放っておけないわ。
「わかった、私兄さんの仕事を継ぐ。民俗学者になる。兄さんは私の傍から離れられないならいっそ離れなければいいのよ」
「それは……いや、危険な事に巻き込む訳には……調査は危ない仕事なんだよ、だから」
「何よ」
吐き捨て、未だに迷いのある兄を睨み付ける。気圧されているらしい兄の目を見据えて、訴えるように言葉を紡ぐ。
「今更よ。元々死ぬはずだったんだもの。予定だって無いし、悔いもない。兄さんもその身体じゃ自由に動くことは出来ないでしょう。それでも兄さんがダメだって言うなら命令するまでよ。これでも兄さんの主だっていう自覚くらいはあるんだからね!」
「わ、分かった、分かったよ。僕に拒否権が無いのは分かるしあるとも思ってないから……オリヴィアも成長したんだね。そこまで考えてるなら僕は止めない。先駆者として、主の盾として背中を押そう」
突然出かけて、やっと戻ってきてくれたかと思えば。無駄に命張ってカッコつけてくれちゃって。
「お互いに無い命を使い込んで返してやろうじゃないのよ。とりあえず格好付けてないで兄さんも荷造り手伝って」
「妹の前くらいは格好付けさせてくれないか……」
「嫌よ」
「…はい」
兄さんと一緒に旅に出られる。きっと今までの人生よりも重くて辛い出来事があるだろうけど、それでも挫けずに生きていこうって思える。
兄さん、私だってやってやるわ。傍で見てなさいよ、妹が自分を超えるところをね!
民俗学者はウンディーネの夢を見る 佐野N @NasuKP
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