第4話 こりゃ駄目だっちゃ。
良く晴れた日曜日。盛りを過ぎた太陽が、歩の顔を照らしていた。潮に焼け色の落ちた前髪を、海風が優しく揺らす。
艇庫から出てきた豪紀は、呑気に昼寝している歩を見て、ビーチチェアごと彼をひっくり返した。
「練習しなくて、いいっちゃが?」
そういう髭面は、引きつっていた。それもその筈で、例の事件以来、歩はほとんど練習もせず、港に寝転んでいたからだ。
「もう少し優しく起こせよ!」
歩の抗議に耳を貸さず、首根っこを押さえつける。
「昨日は漁協ん、じーさん達と話し込んじょったよね」
「うん」
「一昨日は双眼鏡かかえて、そこん山に籠って、夜まで帰ってこなかったっちゃが」
「うん」
「大会前は船もシフト制で、好きな時に出帆出来る訳じゃねえんに、お前はやる気があるっちゃが?」
歩はジタバタし、何とか豪紀の腕から逃げようとするが、彼の剛腕はピクリとも動かない。
「あるに決まってるでしょ! いま何時?」
「十六時。早う海に出らんと
「そうだね。じゃ、少し出てみるか」
豪紀の剛腕をすり抜けると、歩は艇庫に走り出した。
「おお。やっとやる気になったちゃね。っておい、ティンギー(*2)引っ張り出して、
「今日は海の方が、気持ち良さそうだから!」
それだけ言い放つと、歩は一人で湾内に出てしまった。残された豪紀は呆然とティンギーを眺め、呟いた。
「ワックスと
あっという間に大会本番がやって来た。出帆した豪紀は、不機嫌な顔で歩を睨みつける。
「何かレースに勝つ秘訣があるとじゃろうね。ロクに練習もせんで、海に出ちょったんには、訳があるんやろう?」
無ければコイツを海に突き落として、一人で帰るまでだ。彼は、そう決めていた。
「無いっていったら怒る?」
嫌な笑いを浮かべながら、太い指を鉤爪状に曲げて掴みかからんばかりの彼を見て、歩は宥めるように両手をあげた。
「それがねぇ。風が強くならないと意味がないんだよな」
海上は、これ以上は無いというほど晴れ渡り、ほとんど無風状態である。
「とほほ・・・ こんまま何もできんで奴隷決定か。打ち上げにも出れず、ワックスがけっちゃね」
「大丈夫だって。天気予報でも、午後から低気圧が接近してくるって言ってたし」
あくまで能天気な歩に対して、豪紀の表情は、だんだん曇り模様になって来た。
*2 →ティンギー:ここでは一人乗りの小さなヨットを指します。厳密にいえば470やFJもティンギーですが。
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