本題
1 世界の移動に付随するもの
さて、まずは異世界転生・異世界転移モノを一括にして、異界訪問譚との比較をしたい。
異界訪問。
異郷訪問とも言われるそれは、まさしく異界=別の世界を訪れ、そこから帰った後までを描く物語である。
訪れる先の異界はどういうところか。
最初の前置きのところで記述した通りの異界を単に羅列すれば、山、洞窟、森、島、海である。
ただそれに限らず、『
というわけで、既に説明した通り、「人が生活する村・里・町・家という日常」に対して「それ以外」が外=異界となり、そこを訪れるというのが異界訪問譚のお決まり。
そして、異界訪問譚では(多くは魔法の)アイテムを持ち帰ったり、内=日常では得難いものを得るということをよく伴う。
ここまでちょいちょい出してきた各内容も含めて、異界訪問で得るものがある場合をある程度以下に書きだそう。それぞれで「」で囲われているのが得たものと言える。
1.タンホイザー伝説
騎士タンホイザーは性の快楽を知ろうとヴィーナス住まうと言われるヴェヌスベルク=ヴィーナスの山(Venusberg)を訪れ、1年ほどこもるが、「良心の呵責」を覚える。
そして教皇に
2.『グリム童話』KHM13「森の中の三人の小人(Die drei Männlein im Walde)」
なお、その真似をしようとした実子は礼を尽くさなかったため、「毎日どんどん醜くなる魔法」、「一言話す毎に、口から蛙が出るようになる魔法」をかけられ、「不幸な死を迎える」ようにされ、イチゴを手に入れられずに帰る。
3.スロヴァキアの昔話「十二の月」※日本にも類話アリ
冬にスミレやリンゴなどを所望された
なお、やがて実子は
4.『
主人公である
ただしこの神託の内容は「
5.イギリスの昔話「ジャックと豆の木(Jack and the Beanstalk)」
豆の木を登っていった先の天で、鬼の宝物を得る。
この鬼の宝物は「金貨」と「金の卵を産むめんどり」、そして「勝手に歌う金の竪琴」である。
6.『グリム童話』KHM29「金の毛が3本生えた悪魔(Der Teufel mit den drei goldenen Haaren)」
無理難題を背負い込んだ青年は川むこうの悪魔の家で「難題の回答」を得る。
この中には自ら背負い込んだ道すがらの難題も含まれるが、この難題を解決したことで、青年はさらに「財宝」を得る。
7.『グリム童話』KHM24「ホレおばさん(Frau Holle)」
落とした
実子はその真似をするが、怠惰だったため、「
8.『グリム童話』KHM116「青いランプ(Das blaue Licht)」
解雇された兵士は魔女に落とされた井戸で、願いを叶える小人を呼び出すことができる「青い火の灯ったランプ」を手に入れる。
9.『古事記』
根の国という異界へ
10.ギリシャ神話
イアーソーンは「金色羊の毛皮」と「コルキスの王女メーデイア」を手に入れて帰還する。
ただし、後程メーデイアは息子を殺して、イアソンの元を去る。
……まあ、ギリシャ神話で行くと、手に入れても本当に持ち帰るまではできないってパターンもありますがね(オルペウスとエウリュディケー、テセウスとアリアドネー等)
また、何も持ち帰るのではなく、異界側から一方的に送り込まれる場合もそうだ。ただし、その理由は時に害意(パンドーラーなど)である。
11.日本の昔話「竜宮童子」
竜宮から礼にと引き渡された「童子(たいてい鼻水を垂らすなど見苦しい)」は願いを叶える力を持っている。
なお欲を掻きすぎたり、童子を煩わしく思ったり、といったきっかけで童子は竜宮に帰り、叶えた願いはすべて泡に帰す。
12.ギリシャ神話 パンドーラーの箱
ゼウスは火を得た人間を罰しようとプロメーテウスの弟エピメーテウスに、「パンドーラー(Παν-δωρα、Παν=全て、δωρα=与えられた女、各神からその権能の最上を込められた娘)」と「厄災の詰まった箱(原文はπιθος、貯蔵
あとはご存知、箱の底の希望が最後に解き放たれたというお話。
13.シャルルマーニュ伝説近辺『エモンの4人の息子』
ユオン(ヒュオンとも)・ド・ボルドーが小人オベロンより授かった「角笛」は人を躍らせたり、超常の助言者であるオベロンを呼び出せる。
14.アイヌラックル(オキクルミ)
アイヌのオイナに登場する「アイヌラックル(オキクルミ)」は天界から地に遣わされ、様々な生活道具や文化を人に伝える。
15.ルサールカ
ロシアやウクライナなどで洗礼を受けずに亡くなった子供・未婚の女性の死霊がなるとされる水中に住むルサールカは、春になると地上に上がり、地上で踊ることで「豊穣」を
これについては、ロシアやウクライナなどに現在も伝わるルサールカ送りと呼ばれる行事やシラカバ編みという行事が関わっている。ドイツやイギリスに伝わる
16.『山城国風土記』逸文 賀茂神社の縁起
この
17.
日本において、正月様とも呼ばれる年神は童謡に山から来ると歌われ、「年」と「
「
18.『グリム童話』KHM44「死神の名付け親(Der Gevatter Tod)」
青年は名付け親である死神から「死神を見ることで瀕死の人間が死ぬかどうかを見分ける能力」と「死なない場合に回復させる薬草」を授かる。
落語の『死神』はこの話のイタリアの同話が元だと言う。
19.『詩経』大雅 「
20.日本の昔話「花咲かじいさん」
花咲かじいさんの話の岐阜県吉城郡に伝わるパターンでは、川に洗濯に行ったおばあさんが流れてきた「柿」を拾い、それが犬に変わったところから話が始まる。
手元にあるもので、できる限り説明の手間がかからないのを選んだ結果がこれなので、全体がどれぐらいに登るかなんて推して知るべし。
異界からやって来た、異界から持ち込まれた。
そういう異界にまつわるモノという属性を根本に持つ限り、それを根拠として、それが特別な力を持つかどうかにかかわらず、特別なものとなる。
空海のところでもさんざん言ったし、前置きにも書いた「外の権威」である。
さて、ここまで、異界訪問の典型と異界から
異世界転生・転移においてはというと、主人公は現実から異世界へと移動させられる。転移ならば物質的に、転生ならば精神的に移動させられる。
現実と異世界が、通常我々自身にとって内と外の関係にあるのであれば、異世界の者の視点からすれば内と外が逆転し、我々にとっての現実が外に、異世界自体は内となる。
となると、主人公はその異世界において、「外の権威」を有した存在となる。
つまるところ、主人公に付随するのは、決して現実においては「外の権威」ではなく、異世界においてのみ「外の権威」であるということである。
一般的な異世界転生・転移モノにおいて、視点が主人公であっても彼/彼女が行動を起こし、波紋を呼ぶのが「常に異世界に対して」であるのもその一端と言えるだろう。
それを考えると、異世界転生・転移モノにおいて、主人公が異世界において英雄行為をするのも、意識や発明という改革をするのも、神話的文脈に沿っている。
「意識や発明という改革」については、さっき項番をつけて例を挙げていった中の14、アイヌラックル(オキクルミ)と同じ、いわゆる文化英雄としての役割だ。『古事記』の
ただし、内外が逆転しているので、いわば主人公側が神視点(文章の人称的な意味ではない)である。
というわけで、異世界という場所の移動とその後の行動による異世界の変革や干渉度合いについては、神話・説話・伝承でのコンテクスト上では上記の通り、内外の転倒こそあれ、そこまでおかしい内容ではない。
そうなると現代の特徴は、その移動した先の異世界のステレオタイプ化とそれに伴うコンテクスト化。速い話が、典型が固まりすぎて、暗黙の了解で、そこまでの説明をせずともある程度の読者がついてこれる状態になっているということ。
正直なところ、コンテクスト化においてはそこまでは重要ではない。
というのも、文化が深まれば深まるほど、その文化を共有する者の間で、コンテクスト化=暗黙の了解化、一を書いとけば十わかるだろうというお決まり状態と化していく傾向がある。ヨーロッパ美術におけるアトリビュート(各聖人やギリシャ神話の神と対応した特定の持ち物のこと)とか、ばんばん流行り言葉と絡める江戸の
これについてはまとめに相応しい文量・内容になるため、最終的に論じるので一旦脇に置いて、常温保存しておく。
とりあえず、ここまでを纏めると、
① 転移・転生によって、外部からその世界にやったきた主人公は、神話・伝説・伝承・昔話等の物語枠組み上のおきまりとして「特権を付与された存在」として認識されやすい。
② 特権を付与されたものが
③ ①②を踏まえると現代における特徴は、「内と外の逆転=現実の外化」と「移動先の世界の内容」となる。(これについての考察は後述)
ということになる。
……長いな、多分この先もこの調子なので覚悟されたし。
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