3 不当な扱いと成功の因果

次はいわゆる異世界系の追放モノで考えてみる。


貴種流離きしゅりゅうり継子ままこいじめ、末子成功譚まっしせいこうたんを絡めればいいんじゃない、とは私のカンが言っている。

これまでも発端は私のカンなので、何も問題はない。


さて、貴種流離きしゅりゅうりとは読んで字の如く、「貴種=それなりの地位もあるような生まれの者」が何らかの原因により、故郷や都を離れ、「旅=流離をする」内になんらかの成功(よくあるのは英雄としての地位とか財宝)を手に入れる、というお話である。


ギリシャならオデュッセウス、日本だったら須佐之男命すさのおのみこと倭建命やまとたけるのみこと、『源氏物語』の須磨すま流しも貴種流離きしゅりゅうりの影響下である。義経も、特に御伽草子おとぎぞうし御曹司島渡おんぞうししまわたり』以降の尾ひれは貴種流離きしゅりゅうりが多かったはず……『義経記ぎけいき』はまだそこまでいかなかったよな。

昔話でだと

『グリム童話』

 KHM9「十二人兄弟(Die zwölf Brüder)」

 KHM22「なぞなぞ(Das Rätsel)」

 KHM52「つぐみひげの王様(König Drosselbart)」

 KHM65「千枚皮(Allerleirauh)」

 KHM67「十二人の狩人(Die zwölf Jäger)」

 KHM76「なでしこ(Die Nelke)」

 KHM88「歌ってはねるひばり(Das singende springende Löweneckerchen)」

 KHM89「鵞鳥番の娘(Die Gänsemagd)」

 KHM127「鉄のストーブ(Der Eisenofen)」

 KHM198「マレーン姫(Jungfrau Maleen)」

イギリス

 「藺草頭巾いぐさずきん(Cap O'Rushes)」

イタリア

 「塩みたいに好き(Bene come il sale)」

 「最初に通りかかった男に嫁いだ王女たち(Le Principesse mariate al primo che passa)」

 「蛇の王さま(Il Re serpente)」

ロシア

 「銅、銀、金の三つの国(Три царства --- медное, серебрйаное И золотое)」

 「不死身のコシチェイ(Кощей Бессмертный)」

スペイン

 「食べ物にかける塩のように(Como la vianda quiere a la sal)」

 「世界の三つの不思議(Las tres maravillas del mundo)」

 「黒い狼(La loba negra)」

などである。

……KHM88「歌ってはねるひばり(Das singende springende Löweneckerchen)」を考えるとギリシャ神話派生の『黄金のろば』のプシューケーの話もそうだな。

あと、異世界転生・転移は単純にこの系譜の延長線の果てなんじゃないかとかも言われる。


末子成功譚まっしせいこうたんも読んで字のごとく、末っ子が成功を収める話である。特に末の弟だとなめられまくって「まぬけ」とか「ばか」と言われる末っ子のパターンがよくある……妹にこういうあだ名がついてるパターンはないんだけど。

『グリム童話』

 KHM5「狼と七匹の子ヤギ(Der Wolf und die sieben jungen Geißlein)」

 KHM46「フィッチャーの鳥(Fitchers Vogel)」

 KHM57「黄金の鳥(Der goldene Vogel)」

日本

 『古事記』の大国主と八十神の八上比売への求婚

 「なら梨とり」

 「蛇婿入り」

ブルガリア

 「カメのお嫁さん」

ロシア

 「蛇婿」

 「勇士と若返りのりんごと命の水の話(Сказка о молодце-удальце, молодильных йаблоках И живой воде)」

 「水晶の山(Хрустальнайа гора)」

 「暁、夕べ、夜更け(Зорька, Вечорка И Полуночка)」

 「亡骸なきがら(Мертвое тело)」

 「イワンのばか(Иванушка-дурачок)」(「イワンのばか」というのはロシア民話でよく出てくる名前であって、今回はトルストイのを指しているわけではない)

イギリス

 「ノロウェイの黒い牛(Black Bull of Norroway)」

 「赤い毛むくじゃらの男(The Little Red Hairy Man)」

フランス

 「ビアニックと人食い鬼(Bihanic et l’Ogre)」

イタリア

 「無花果いちじくを食べ飽きなかった王女(La figlia del Re che non era mai stufa di fichi)」

 「地獄に堕ちた女王の館(Il palazzo della Regina dannata)」

 「銀の鼻(Il naso d'argento)」

ドイツ

 「命の水とハリネズミ」

伝説だと、スキタイの始祖スキュテスも末子だが父親であるヘラクレスの弓を引けたのがスキュテスのみだったために末子でありながら、王位についたという。

ロシアの「亡骸なきがら」とか「イワンのばか」はちょっとブラックが過ぎるけどね……。


最後の継子ままこいじめ。

これも読んで字の如し。

継母ままははが実子をかわいがって継子ままこをいじめるお話である。

『グリム童話』

 KHM13「森の中の三人の小人(Die drei Männlein im Walde)」

 KHM21「灰かぶり(Aschenputtel)」

 KHM24「ホレおばさん(Frau Holle)」

 KHM47「ネズの木の話(Von dem Machandelboom)」

 KHM135「白い花嫁黒い花嫁(Die weiße und die schwarze Braut)」

日本

 「米福粟福よねふくあわふく」または「米福糠福よねふくぬかふく

 「朝日長者と夕日長者」

 『落窪物語』

ブルガリア

 「月になった金の娘」

中国

 「葉限」

 「孔姫コンチ葩姫パチ(孔姫和葩姫)」

 「賢い阿嫵アウ(聡明的阿嫵)」

イギリス

 「この世の果ての井戸(The Well of the World's End)」

 「ちっちゃな小鳥(The Little Bird)」

イタリア

 「カナリア王子(Il Principe canarino)」

 「鋤を取らねば笛ばかり吹いていたジュゼッペ・チューフォロ(Giuseppe Ciufolo che se non zappava suonava lo zufolo)」

 「ガット・マンミオーネと猫たち(Il Gatto Mammone)」

フランス

 「猫とふたりの魔女(Le Chat et les Deux Sorcières)」

 「フロリーヌ」

スペイン

 「ロザリオのマリア(Maria del Rosario)」

ロシア

 「寒の太郎(Морозко)」

 「雌馬の頭(Кобилйача голова)」

 「ヤガーばあさん(Баба-яга)」

 「知らん坊(Незнайко)」

……などなど、掘れば掘るだけ出てくる、神話というより、昔話に特に顕著に現れる型である。


また、この辺りは親和性が高く、例えば日本なら「鉢かづき」は貴種流離譚きしゅりゅうりたん継子ままこいじめのハイブリッドともとれるし、イギリスの「白いペチコートの王女(The Princess with the White Petticoat)」なんかは完全にハイブリッド。

KHM57「黄金の鳥(Der goldene Vogel)」や類話のロシアの「命の水と若返りのリンゴ」は貴種流離譚きしゅりゅうりたん末子成功譚まっしせいこうたんのハイブリッドである。


貴種流離譚きしゅりゅうりたんも、継子ままこいじめも、末子成功譚まっしせいこうたんも形式としては「周囲からの不当な扱い・評価という困難(+αの困難)を乗り越えて栄光を掴む」型である。

言い換えれば、「栄光を掴むための困難のベースが周囲からの【不当な扱い】である」。難題婿なんだいむこ系も近いところはあるけど、あれは娘の「結婚イヤ!」か、父親の「娘はやらんぞ」で周囲の範囲が狭めなので冷蔵庫に封印。


……貴種流離きしゅりゅうりの場合、須佐之男命すさのおのみことやKHM52「つぐみひげの王様(König Drosselbart)」みたいな「それは罰として妥当では」パターンもある……性根は大体物語中に叩き直されるけど。


また、末子成功譚まっしせいこうたんでは周囲の評価が単に過保護気味なだけで、兄・姉達が悪意を持っていない場合もある。場合もあるだけで、場合によっては「このマヌケの手柄ぶんどっちゃる」って弟を殺すパターンもある(運か助力者が助けてくれる)。


それらと比べれば、継子ままこいじめは確実に「不当な扱い」であり、なおかつ継子ままこいじめの継子ままこは、そんな境遇にもかかわらず、素直で謙虚な良い子である(し、それ故に助力者を得る)上に、大体器量良し。

なお、末子成功譚まっしせいこうたんでめちゃくちゃ末っ子がなめられてたり、馬鹿って言われてる場合も継子ままこいじめのように、そのバカ正直加減やお人好し具合によって助力者(大体人外)を得る場合が多い。


さて、いわゆる昨今の追放モノは「その実力や才能の真の価値を認められず、不当に扱われた末に追放されるが、真価を発揮して成り上がったり、報復する(或いは追放した側はいつの間にか報いを受けてる)」という一つの型である。

……言葉尽くして比べるまでもなくね? と言ってしまうと、わざわざ書いてる意味がなくなってしまうのだけど、貴種流離譚きしゅりゅうりたん継子ままこいじめ、末子成功譚まっしせいこうたんを引き出してきた意味としては伝わるだろうか。


ただし、あくまで傾向の話ではあるが、貴種流離譚きしゅりゅうりたん末子成功譚まっしせいこうたんにおいて、いわゆる「ざまぁ」、報復はないものもあるし、あったとしても程度は低い。


そもそも、貴種流離譚きしゅりゅうりたんで本人が本当に罪人(広義)の場合は「ざまぁ」は言われる側だし……特にKHM52「つぐみひげの王様(König Drosselbart)」は高慢ちきな王女様(主人公)の鼻をぽっきりへし折って改心させる話だったりするし。

末子成功譚まっしせいこうたんは兄・姉が悪意持ってる場合は大体ただではすまない。『グリム童話』のKHM101「熊っ皮(Der Bärenhäuter)」は視点を変えて末子成功譚まっしせいこうたんとして見ると、末娘に意地悪した姉達の魂は最終的に悪魔がホクホクしながら回収してたし、KHM57「黄金の鳥(Der goldene Vogel)」で末王子を殺そうとした兄王子達は死刑だけど。

つまり、悪意の有無でここは大きく左右される。


一方、継子ままこいじめは「ざまぁ」までしっかりケリをつける傾向が強い。


グリム童話のKHM21「灰かぶり(Aschenputtel)」は姉達は一人は足のつま先、もう一人は踵を失い、加えて二人とも両の目を失う。足は継母と揃って欲かいた結果なんだけど、両の目は鳩が抉ってる段階で、キリスト教の世界観に照らし合わせれば、三位一体の一角である聖霊の象徴によってえぐられているので、天罰の様相すらなしている。


KHM24「ホレおばさん(Frau Holle)」、イタリアの「ガット・マンミオーネと猫たち(Il Gatto Mammone)」、ブルガリアの「月になった金の娘」は似たような形で、親切で働き者だった継子ままこには金や服などのご褒美が与えられ、それを羨んだ継母ままははは実子を送り出すが、無礼で怠惰な実子には醜い姿やシラミといった罰が与えられる。

フランスの「フロリーヌ」、ロシアの「寒の太郎(Морозко)」、ロシアの「雌馬の頭(Кобилйача голова)」も同じような形だが、最終的に実子に与えられる罰は死であり、「雌馬の頭(Кобилйача голова)」では食われて骨にされている。継母ままははには何もない。

唯一、ブルガリアの「月になった金の娘」では、実子が罰を与えられたことにキレたしぶとい継母ままははは父親に継子ままこを殺すように言いつける。が、継子ままこは天に昇って月となる。


ロシアの「知らん坊(Незнайко)」、イタリアの「カナリア王子(Il Principe canarino)」、フランスの「猫とふたりの魔女(Le Chat et les Deux Sorcières)」では、追い出された継子ままこは王族と結婚し、その際に父親と継母ままははを呼び寄せ、継母ままははを断罪する。イタリアの「カナリア王子(Il Principe canarino)」では捕らえられるだけで終わるけど、他二話では死刑。なんなら「猫とふたりの魔女(Le Chat et les Deux Sorcières)」では火刑。


KHM13「森の中の三人の小人(Die drei Männlein im Walde)」、KHM135「白い花嫁黒い花嫁(Die weiße und die schwarze Braut)」だと、美しく王様と結婚する継子ままこを妬んだ継母ままははと実子は、継子ままこを殺し、実子が継子ままこになりかわる。まあ、継子ままこは二人のあずかり知らぬところで生き返って、全部を王様に告げるんだけど。

王様は継子ままこが生き返ったことを知らせない上で、これこれこういうことをした罪人にはどんな罰を与えるべきかと問われ、継母ままははは自分と実子に与えられる罰を決めてしまう。なお、罰の内容は樽の内側に向けて釘を打ち付けたものに罪人を閉じ込めてごろごろ転がす……アイアンメイデンを倒して転がすようなもんよな、そら死ぬわ。なお、KHM13「森の中の三人の小人(Die drei Männlein im Walde)」の方はその前に呪いで蛙吐き出したり、醜くなってたりするのに実子しぶとい。


KHM47「ネズの木の話(Von dem Machandelboom)」、イギリスの「ちっちゃな小鳥(The Little Bird)」では、継子ままこを殺して父親に食わせた継母ままははは、継子ままこの骨から変じた鳥が持ち帰った石に圧殺される。なお、継子ままこは生き返る。


ロシアの「ヤガーばあさん(Баба-яга)」では、ヤガーばあさん(=ロシアの山姥やまんば的存在のバーバヤガ)から針と糸を借りて来いと継母ままははに言われた継子ままこは、おばの忠告に従い、バーバヤガからなんとか逃げおおせて事の次第を父親に語る。父親は怒って継母ままははを撃ち殺す。


「葉限」の継母ままははと実子は誰かに投げられた石が原因で死に、「孔姫コンチ葩姫パチ(孔姫和葩姫)」はKHM13「森の中の三人の小人(Die drei Männlein im Walde)」の類話なのだけれど、継母ままははと実子の葩姫パチは「一生、牛馬となって働く」という罰を与えられている。


米福粟福よねふくあわふく」、「米福糠福よねふくぬかふく」だと、継母ままははと実子は継子ままこをうらやみながら、その婚礼の行列の真似をしていたらそのまま田んぼに入ってタニシになってしまった。比較的、罰としては軽い気がする。比較的。うん、比較的。


日本の「朝日長者と夕日長者」、イギリスの「この世の果ての井戸(The Well of the World's End)」、イタリアの「鋤を取らねば笛ばかり吹いていたジュゼッペ・チューフォロ(Giuseppe Ciufolo che se non zappava suonava lo zufolo)」、中国の「賢い阿嫵アウ(聡明的阿嫵)」、スペインの「ロザリオのマリア(Maria del Rosario)」では特に罰は与えられない。

そもそも、継子のその後を認識してるのはこれらの中だと、イギリスの「この世の果ての井戸(The Well of the World's End)」、中国の「賢い阿嫵アウ(聡明的阿嫵)」ぐらいであって、他は継子ままこを追い出した後に関与しない。

知ってるパターンの二話における継母ままははと実子は悔しがるだけである。まあ、「この世の果ての井戸(The Well of the World's End)」は実子がいないので、継母ままははだけが悔しがってるけど。

というわけで、大なり小なり、報復があることの方が多いのである。

……道徳的に理屈が通っているから、勧善懲悪は文句もつけにくいのよね。


というわけで、物語の類型からの異世界系の追放モノへの影響をまとめるとこうなる。


① 「特殊で貴重な生まれでありながら、困難と対峙させられる」点は貴種流離譚きしゅりゅうりたんに影響されていると考えられる。


② 「不当な扱いという困難を乗り越えて成功を納めた」点では末子成功譚まっしせいこうたん継子ままこいじめに影響されていると考えられる。


③ さらに②の後に「その上で、報いを受けさせる」のは継子ままこいじめの勧善懲悪傾向からの影響と考えられる。


④ ①~③の影響をかんがみるに、貴種流離譚きしゅりゅうりたん末子成功譚まっしせいこうたん継子ままこいじめが複合的に進化した一つの結果が現代の異世界系の追放モノと考えられる。


よって、結果として、物語枠組みとしてのおきまりというコンテクスト上では、もともと存在している型を複合的に流用した形となるため、そもそもが意外と受け入れられやすいタイプの話であると考えれられるのである。

ハーレムと難題婿なんだいむこを絡めればもそっと広がる気がするけど、ハーレム系の脳内類型が少ないんだよなあ、ということで冷蔵庫の難題婿なんだいむこを覗いて再封印して終わる。

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