2 「異界」と「異世界」

私は「異界」と「異世界」、さらに言えば「パラレルワールド(平行世界)」も区別している。

では、何を基準に区別しているか。

そこをまず明文化したい。

いや、少なくともここでは明確にしとかないと盛大に何も始まらずに混線して終わるだけだ。


まず、「異界」とは何か。

先の章の空海についての部分を読んでくださった方は耳タコ(この場合目タコか?)だろうが、小松和彦氏の『異界と日本人』がこの「異界」の定義について詳しい。

小松和彦氏の唱える異界の概念は「内である我々(=日常)に対する外である彼ら(=超常すなわち異界)」である。

また、朝里樹氏監修の『日本異界図典』も、山や海、夢や神域といった具体例の宝庫である。

どちらもタイトルが「日本(人)」とついている通り、日本の物語(説話・伝説等中心)における「異界」がメインとなっている。

しかし、この「異界」という概念は何も日本においてのみ有効なわけではない。


小松氏の唱える「内⇔外」の関係性で構築された世界観は、中国でいえば仙人思想(俗なる現世⇔仙界・天界)や中華⇔非中華(夷蛮戎狄)を考えればわかりやすいし、ヨーロッパでは妖精の別名を考えるとわかりやすい。妖精は良い隣人グッド・ネイバーよその人ストレンジャーズなどと呼ばれるのだから。

また、中国の桃源郷とうげんきょう崑崙こんろん蓬莱ほうらい泰山たいざん、ヨーロッパであればタンホイザー伝説や神々の住まうオリュンポス山から山及びそこにあるあらゆる洞窟、『ロキの口論』や『ヴェルンドの歌』における古ノルド語「ミュルクヴィズ(Myrkvir)=黒い/暗い森(シュヴァルツヴァルトの語源とも)」の用例や『グリム童話』KHM13「森の中の三人の小人」やスロヴァキアの昔話「十二の月」で超常的援助者である小人や十二カ月の精達と出会う舞台であることから森、そしてアーサー王伝説のアヴァロンやケルト神話における異界の一つであるマグ・メル、ギリシャ神話のエーリュシオンなどの島、また陸と島を隔て、竜宮やイース、アトランティス等を内包すると考えられる海、そして北欧神話におけるアースガルズ、ヨトゥンヘイムなどあからさまに人の住む世界と別の世界として語られるものも「異界」と呼んで差しつかえない。


この時点ではまだ、「異界」を「異界」たらしめ、「異世界」と分かつための条件がわかりづらいので先に進もう。


では、「異世界」とは何か。

ここで言う「異世界」というのは、古くからあるハイファンタジーの舞台でもあるし、昨今流行はやりの転移・転生モノの舞台でもある。

乱暴に玉石混交ぎょくせきこんこう十把一絡じっぱひとからげにすること承知で言ってしまうが、トールキンの『指輪物語』の中つ国も、上橋菜穂子の『守り人シリーズ』の世界も、いわゆる「ナーロッパ」も、私の基準からすれば「異世界」というくくりで紐付けられる。


「異界」と「異世界」。

小松和彦氏の言う「内と外」の関係性を基準に、単純に「内=現実世界」と見れば、「異世界」もまた外ではあるので、広義としては「異界」とも言えるかもしれない。

だがしかし、私はそこに別の基準も付加したい。

それは以下の通りである。


「元来、世界観として現実世界と地続きとなると考えられるもの」


ここでいう世界観とは、宗教・信仰と言い換えて構わない。

宗教・信仰は科学台頭以前、人が自身が生きる世界の摂理を定義するための規範、即ち現実世界を解釈するための世界観を共有するテンプレートだった。……まあこれ、ミッション系大学だったからとらざるを得なかったキリスト教概論の先生の受け売りでもあるんだがね。

とまれ、山や海、森は今そこに見える現実として地続きでありながら、その内や向こうの見えない範囲という「外」に異界を見いだされるし、自身が活動していない間に見る昼の現実生活を踏まえた夢もまた「外」となる。まして、ハレ(非日常または聖)とケ(日常または俗)という思想で言えば、当然ハレが異界である。

そうした「現実世界と地続きとなることもある外、身近にあるとされた別世界」が「異界」であり、「現実世界とかけ離れた外、空想上の別世界」を「異世界」とするのが個人的定義である。

もっとわかりやすく言うなら、「異界」は現実世界と時として地続きになるレイヤーで、「異世界」は「異界」をなかだちにしたとしても完全分離してるもの。

画像編集ソフト風に言うなら、現実世界はとあるファイルの背景レイヤーで、「異界」はその上に重なるレイヤー、「異世界」はそもそも別ファイルのレイヤー。


ちなみに、「パラレルワールド(平行世界)」については、私は「現実世界を基準とするも、その世界の今を構築する前提の何かがどこかで異なる世界」と定義している。

なお、この考え方のベースついては、自身の読書経験からするに、『ハウルの動く城』の著者であるダイアナ・W・ジョーンズの『クレストマンシーシリーズ』に多大な影響を受けていることを記しておく。


※シニカルとドタバタが盛りだくさんなダイアナ・W・ジョーンズ作品は面白くてオススメ。

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