2 宇治拾遺物語の狸

宇治拾遺物語 巻第八

六(一〇四)猟師仏を射る事


昔、愛宕山山中で修行している僧がおり、長年修行してその坊から出ることもなかった。その西の方に猟師が住んでいて、この僧を尊んでは、いつも僧のもとにものを届けたりしていた。

ある時、久々に僧の元を訪ねた折、餌袋に入れた干し飯を渡すと、僧は喜んで日頃のおぼつかなさを語った。

その中で

「近頃とても尊いことがあった。長年経を読んでいた霊験なのか、最近夜になると、普賢菩薩が象に乗っていらっしゃる。今晩はあなたも泊まって拝んでいくと良い」と言った。

猟師は「この世に尊いこともあるものだ」と言って泊まることにした。

そこで猟師はこの僧に仕える童子に「その普賢菩薩はどんな感じなのか。お前も見たのか」と問うと、「五、六回見ております」と答えたので猟師は「私も見ることができるだろう」と僧の後ろに控えて、眠りもせずに起きていた。

夜半を過ぎただろうかと思う頃に、東の山の峰から月が出たように思え、峰の嵐も強く吹く中、この坊の中が光が差し込むように明るくなった。

それを見ると、普賢菩薩が白い象に乗って、坊の前に立っていた。

僧はこれを泣きながら拝み、「猟師殿も拝んでいるか」問うたので

「もちろん。この童子も拝んでいる。とても尊いことだ」と猟師は答えた。

けれども、猟師は「この僧は長年経を読んでいたので、その目だけに見えるのならわかる。この童子や私などは経が逆さまでも気づかないほどなのに、こうして見えるのは納得がいかない」と考え、「確かめてみよう。これは罪となることではない」と思って、尖矢とがりやを弓につがえて、拝んでいる僧越しに、弓を強く引いてと菩薩をいると、その胸に当たったようで、火を消すように光は消えてしまった。

すると谷にとどろき、逃げていく音がした。

僧は「なんということをしたのだ」と言って泣いて混乱することに限りはなかった。

猟師は「あなたの目にこそ見えるだろう。私のような罪深い者の目にまで見えたので、試してみようと思って射た。 本当の仏ならば矢などなんの役にも立たないはず。であれば、物の怪なのだろう」と答えた。

夜が明けて、血の跡を追って行ってみると、一町ほど先の谷底に胸を尖りとがりやで射抜かれた大きな狸が死んでいた。

僧であっても知恵がなければこのように化かされてしまう。

猟師であっても、思慮が深ければ、狸を射殺いころしてその化けの皮を剥がすことができたのだ。


――――――――――――


からかってやろうとしただけの狸と思われる。

ここで出てる情報だけで言うなら『古今著聞集』の狸どもよりも害意が少ない。

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