2 「怪談」の歴史

さて、「怪談」。

というと、その恐怖の源泉となる古典的なものは幽霊や妖怪変化である。

……流石にサイコホラーを「怪談」かと考えると、一般的にその辺りはどうなんだろうね? まあこの疑問はその辺に捨てといて。


幽霊はまだしも、妖怪という言葉の歴史は実は非常に浅い。

かの柳田國男先生が民俗学的「妖怪」として使い出してから、世に広まった言葉というのは何で聞いた話だったか。小松和彦先生の著作だったか、アダム・カバット先生だったか、田中貴子先生だったか、まあそのあたり。

少なくとも、妖怪という語は中世にはほとんど使われず、使われだしたのは江戸時代の頃からとの事。これはアダム・カバット先生。


これに関しては怪談という言葉自体も同様らしい。

まあ、広義の辞書的定義の怪談なら説話集辺りから山ほど、腐るほどある(それでも散逸がある哀しみ)が、「怪談」というジャンルの成立も江戸と言われる。

いわく、近世初め、中国の志怪小説(=奇怪な噂話等を集めたもの。『聊斎志異りょうさいしい』とか。この小説は現在の小説とは違う意味合い)翻訳から始まり、その後に「怪談」本か刊行されたとのこと。


実際のところ、志怪小説や史書から選んだ怪異説話三十二篇からなる怪談集『怪談全書』が、怪談集として元禄十一(一六九八)年に刊行されている。まあ、志怪小説ベースなので、内容的には「怪談」というと疑問が残るものはありそうだが、怪談というくくりではあるだろう(残念ながら未読)


しかし、これ以前に「怪談」はなかったのかというとそうでもなく、『怪談全書』の十三年前、貞享二(一六八五)年に、『好色一代男』で有名な井原西鶴が刊行した『西鶴諸国ばなし』には「怪談」と呼べそうな話(「紫女」)の収録されている。

この「紫女」、『今昔物語集』の巻十四の五「為救野干死写法花人語野干の死にたるを救わんが為に法花を寫せる人の語」や「牡丹灯籠」と近しい系譜で、「人ならざる女に精気を吸われる男」の話である。男助かるけど。

また、「紫女」の正体は明示されていないが、通説としては狐とされる。この辺り『捜神記』(四世紀成立の中国の志怪小説の走り)の阿紫の話とかの影響もあるのかもしれない。

歴史的背景を考えると、流れとしては大体各大名のとこの御伽衆おとぎしゅうの衰退にともなって一般化して世に出だした感じかなあとは思う。


話を戻して、『怪談全書』の後、時を経て安永五(一七七六)年、上田秋成によって創作「怪談」集である『雨月物語』が刊行される。「吉備津きびつの釜」と「菊花のちぎり」が有名よね。私は「白峯しらみね」の一部を翻刻ほんこくしたが。

また同年には妖怪画で有名な鳥山石燕とりやませきえんが『画図百鬼夜行』を刊行して人気を博している。


この『怪談全書』と『雨月物語』・『画図百鬼夜行』の間は大きく空いているように見えるが、この間に怪談自体が廃れることはなく、黄表紙きびょうし読本よみほんを始めとした大衆向けの読み物で、「怪談」の方向性ではないが、妖怪達は元気に跋扈ばっこしている。後、物語としての成立年がはっきりしないのでアレなんだけど、どんな怪異にも動じなかったら怪異の方が逃げてったという『稲生物怪録いのうもののけろく』の舞台自体は寛延二(一七四九)年である。

まあ、石燕せきえん含めて妖怪については別項で説明するので、よもやま話はこの辺で一旦やめ。


『雨月物語』・『画図百鬼夜行』以降の怪談では、一七八二年〜一八一四年にかけて根岸鎮衛によってつづられた『耳嚢みみぶくろ』や、一八二一年〜一八四一年まで松浦静山によってつづられた『甲子夜話かつしやわ』などの随筆の中に、当時の噂話・事実として残っているものがある。

なお、お岩さんで有名な鶴屋南北つるやなんぼくの『東海道四谷怪談とうかいどうよつやかいだん』は文政八(一八二五)年に初演されているが、その大筋の元ネタとなったと考えられる『四谷雑談集よつやぞうだんしゅう』の奥付は享保十二(一七二七)年だとか。まあ元ネタはお岩さんにも当初から問題あったよとか言ってるので、若干「ざまあ」味が強い。



年表にしてみると、こう。


――――――――――――――――――――――――――――――――――

1685年 『西鶴諸国ばなし』刊行


1698年 『怪談全書』刊行

   ↑

    (この間も妖怪は娯楽的物語上引っ張りだこ)


1749年 『稲生物怪録』の内容が発生 ?

   ↓

1776年 『雨月物語』・『画図百鬼夜行』刊行

1782年↑

    『耳嚢』の範囲

1814年↓

1821年↑

    『甲子夜話』の範囲

1841年↓


―――――――――――――――――――――――――――――――


ちなみに『新耳袋』シリーズはこの『耳嚢みみぶくろ』にあやかっている。なお、私は『新耳袋』を読む時は必ず2日に分けて読むビビりです(『新耳袋』の仕掛けを知ってると笑える話)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る