2 『古事談』収録バージョンの根幹


しかしながら、この「/」という認識による改変により、この話は単なる和歌説話から、各種物語につながる高いドラマ性を獲得する。

事実、この物語が変転していった先、謡曲『松山天狗』や『雨月物語』の「白峰」こそが、我々の知る「怨霊(天狗)としての崇徳院」を確立させる一要素となっているのだから。


そもそも、崇徳院が怨霊とされる根拠は「実は鳥羽院の子ではなく、その父白河院の子であるが故に、鳥羽院から冷遇され、その死後の皇位継承争いにおいて後白河院に負けて讃岐に流されたため」、すなわち「」と、からである。

認識との乖離かいりの激しい実在の人物の物語など、特に口承であれば、本来一笑に付されるだけで根付かない。

「ともすれば」となる間隙かんげきや「あの人ならある」という実情に則した部分がなければ根付かない。


……まあ、その白河院の子説、『古事談』に巻二臣節の五四「待賢門院に白河院密通し、崇徳天皇誕生の事」として収録されているんだがね。


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『古事談』 巻二臣節  五四「待賢門院に白河院密通し、崇徳天皇誕生の事」


 待賢門院は白河院の養女として入内させられたが、その前に白河院と密通していた。

 人は皆これを知っていたのだろうか、崇徳院は白河院の子供であると言われている。

 鳥羽院もその次第をお知りになって、「叔父子」と呼んだ。

 これにより、鳥羽院と崇徳院は親子仲が悪かったので、天皇をやめさせてしまったそうだ。

 鳥羽院は最期にも藤原惟方を召してこう言った。

 「そなただけが頼りだと思って言う。閉眼の後は、決して崇徳院に見せるな」

 案の定、崇徳院は「死に顔を見よう」と言ったが、「御遺言の旨がありますので」と惟方が御簾を懸けめぐらせて入れなかったそうだ。


※鳥羽院は白河院の孫であり(白河院との間に堀川院がいる)、崇徳院が白河院の子であればその関係は甥と叔父のため叔父子と呼んだ。

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「死んだら俺の死体、あいつにみせんじゃねえぞ」とか言ってしまう、この鳥羽院の崇徳院嫌い度(そして忠実にディーフェンス、ディーフェンスする惟方)。ちょっと「うわあ」なレベルとも言える。

少なくとも崇徳院は白河院の子説は『平家物語』のどこかにも記載があったはずである(詳細忘れた)が、ただ前ページにも書いた通り、『古事談』の方が先の成立と考えられる。


ただし、鳥羽院と崇徳院の確執の根拠となる話は『古事談』よりも前に成立した『今鏡』に記載がある。

それは鳥羽院が崇徳院に退位を迫り、近衛天皇を即位させた際、近衛天皇は崇徳院の養子扱いであるため「皇太子」となるはずだった譲位の宣命に、「皇太弟」と書かれていたという話だ。

当時は今上帝の親であることが院政のための根拠として大きかったため、これにより崇徳院は近衛天皇の上皇としてふるまえなかったとされる。


だが、この崇徳院の恨みの根拠になりそうな鳥羽院との確執の話を収録し、巻一王道后宮の一の「称徳天皇の御事」とか一七の「花山天皇即位の日の御事」とか下ネタもゴシップも大好き『古事談』であるのに、この西行と崇徳院の話については必要最小限の記述に抑えられ、誇張も「/」という認識もない。


そもそも、『古事談』でのこの墓参りエピソードは巻五に分類されている。

『古事談』の巻構成は一巻一分類で、王道后宮、臣節、僧行、勇士、神社仏寺、亭宅諸道と分かれている。

西行に注目をするのであれば、この話は巻三に含まれてしかるべきである。

それが巻五に分類されているのは、他でもないに着目して分類されたからと考えられる。実際、白峰の崇徳院の御陵には今なお神社がある。

明治の神仏分離の影響で縮小みたいな感じっちゃ感じになってるっぽいが(その頃に祀ってた崇徳院を京都の神社にお引越しさせたため)。


つまるところ、『古事談』の話は「崇徳院の墓が讃岐松山に存在し、西行も墓参りをした」という事実こそが根幹であると考えられ、そこに事実以上の脚色がなかったからこそ、後に生まれた「/」という世間の認識を落とし込まれた結果、「」パターンが生まれたと考えられる。

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