西行による崇徳院の墓参り
1 『古事談』収録話とそのバリエーション
古事談 巻五 神社仏寺
五四 西行、
西行は俗名を
松山の 浪にながれて この船の やがてむなしく
:浪に船が流されるように松山に流されてその内に亡くなったのだなぁ
と詠んだ。
その後、白峰宮と申し上げる御墓所に参って
よしや君 むかしの玉の 床とても かからん後は 何にかはせん
:君よ昔の玉の床といってもこのようになったあとは何になろうか、いや何にもならない
と詠んだ。
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『古事談』は手元にあるからやりやすい(私事)
『古事談』は
この説話集に収録された一番新しいとされる話と顕兼の生没年から1212~1215年の間に書かれたものと推測される。
この顕兼は藤原定家と親交もあったらしく、定家の日記の記事にも登場しているという。
……しょっぱなから、とんでもない絶対に教科書に載せられないR18下ネタゴシップを収録している説話集なので気になる方は調べてみるといいと思う。本当に教科書に載せられる古文は限られている。山芋。
さて、この『古事談』収録の説話と同じ話は以下の各書物にも記載されている。
『保元物語』下巻(諸本により変化あり)
『平家物語』(延慶本)
『沙石集』
『源平盛衰記』
『撰集抄』
『西行物語』
当然各書物においてブレはあるし、同じ書物でも底本の種類によって差異も存在する。
どの話でも基本的に西行は少なくとも「よしや君~」の歌を崇徳院の墓参りで詠んでいるとされる。
ただし、延慶本『平家物語』、『源平盛衰記』については西行が七日ばかり崇徳院の供養のために逗留したことを記述している。
また、これらの書物については、成立以降も多くの話を付け加えられたものが大多数である。
ただ、各成立年代の主要説から見れば、これらの書物は『古事談』以降に成立したと見られ、むしろこの話は『古事談』こそが最初と思われる。
これについては後述しよう。
さて、「単に墓参りして和歌詠んだだけかよ」、と思ったかもしれない。
ここで面白いのは、一部説話集においては、「崇徳院からの返歌がある」ことになっている点である。
「崇徳院からの返歌がある」場合は以下の通り。
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陽明文庫本『保元物語』下巻
西行は崇徳院に対して
みがかれし 玉の
:みがかれた玉のように美しい御所をこのような露深い野辺に移して見るのはかなしいことだ。
と詠んだ。すると、
松山の 浪に流れて 来し舟の やがて空しく なりにけるかな
:※前述
という歌が返ってきた。西行は夢うつつの心地の中で、その歌に
よしや君 むかしの玉の 床とても かからん後は 何にかはせん
:※前述
と返した。その歌に感応した崇徳院の墓は三度振動したという。
※「みがかれし玉の台を~」の歌は「近衛院の御墓に人々具して参りたりけるに、露の深かりければ」という詞書と共に「西行上人集」に収録
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『沙石集』
西行は崇徳院に対して
よしや君 むかしの玉の 床とても かからん後は 何にかはせん
:※前述
と詠んだ。すると、崇徳院の墓の下からかすかな声で
浜千鳥 跡は都へ 通へども 身は松山に 音をのみぞ泣く
:手紙は都へ通っていったとしても、この身は松山で声をあげて泣いているばかりだ
という返歌があった。
※「浜千鳥~」が西行への返歌として扱われるのは『沙石集』だけであり、『平家物語』や『保元物語』等では、崇徳院が五部大乗経を写経した物を都に送った際にその奥に書きつけたとされる歌。
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明確に返歌があったことを記しているのは上記の二つである。
しかし、文明本『西行物語』においては「松山の浪に流れて~」を西行の詠んだものとして記述しているが、注記として、「これはよしや君の歌を詠んだ時の崇徳院からの返歌なので、間違い」との旨が記載されている。
また、返歌の記載のない半井本『保元物語』でも、地の文に「怨霊も鎮まりなさっただろうと言われている」というような記述がある。
『古事談』と上記の返歌があった、返歌があったと認識している、あるいは崇徳院を鎮めただろうとする書物の意識の違い。
そこにあるのは「崇徳院が無念/恨みを遺している」という認識の有無と思われる。
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