第5話 初討伐

今日もやっと学校が終わった。昨日「MSQ」をやりすぎたせいで、寝たのは夜中の三時。そのせいで今日の授業は全く集中できず、だらだらと時間だけが過ぎていった。昨日は死に戻ったから切りよくログアウトすることができたが、もし昨日死に戻ることがなかったら、今日の学校は遅刻していただろうし、授業はぐっすりと寝ていたことだろう。死に戻り様々だ。VR世界の中では「眠気」はほとんど感じる場面はなく、感じるのは「MSQ」だと敵の攻撃や能力、またはアイテムの効果などだ。以前は眠気などを感じないためゲームを続け、栄養失調になり病院に運ばれる人などが続出して、今は一日のゲーム時間に制限が掛けられ、連続でゲームができないようになったらしい。以前そんな内容をテレビが取り上げていた気がする。陸斗はそんなくだらない事を考えながら帰路についた。


僕は家に帰ると、すぐに夕飯の準備を始めた。今日の夕飯はお手軽なカレーにするつもりだ。カレーはもちろんレンチンの安い奴だ。レトルトカレーをレンジで温めている間、僕は浴室の掃除を始める。浴室の掃除が終わると同時にレンジの温めが終わり、これまたレンチンのご飯の上に温めたばかりのカレーをかける。


「いただきます」


味の方は可もなく不可もなく、普通の味だった。食べなれた味だ。

夕飯を食べ終わった僕はささっと風呂に入り、すぐにVRの世界に旅立った。


◆ ◆ ◆


ログインすると突然目の前に女の人の顔が出現する。


(うわぁ、びっくりした!)


僕は声に出ない驚きを押し殺して、僕の突然の出現によって尻もちをついて転んでしまった女の人に手を差し伸べる。しかし、女の人はその手を払って起き上がると、そのまま何も言わずに去って行ってしまった。俺はまずいことをしたかな?

周りの人たちの視線を痛く思い、僕は足早にその場を離れた。

きちんと宿屋でログアウトをしないと、先ほどのような事件が起こるため運営は宿屋でログアウトすることを推奨しているのだと、身に染みて実感した。

しかしなんだったのだろう。何も言わずに立ち去ってしまうなんて。結構美人だったから気になってたんだけどな。そんなくだらない事を考えながらポータルエリアを目指す。今日は昨日と比べると比較的空いていた。並び始めて五分。思ったよりも早く僕の番が来た。僕は昨日と同じく『始まりの森』を選ぶと、体を青白い光に包まれた。


僕は『始まりの森』につくとすぐにその場を離れる。僕は学習する子なのだ。同じミスはしない。すぐにポータルエリアから出ると、昨日とは逆の北側へ向かう。流石に南側はまだ僕には早かったようだ。もう一度死に戻りするのはごめんなのだ。痛みはないんだけど、あのオオカミに引っ掻かれた感覚と恐怖はしっかりと覚えている。思い出したら身震いしだした。

北側は『始まりの草原』というらしく、初心者は普通こっちから攻めるらしい。僕はすぐにお金を稼ぎたかったから『ドーラの草原』を目指したけど。まぁ、そのせいでマッドウルフと遭遇して死に戻るはめになったんだけどさ。

『始まりの草原』には多くのプレイヤーが他のプレイヤーと交流を諮っている。そして草原の中にある丸太小屋は軽い道具屋になっていて、ここで冒険の装備を整えることもできるらしい。

草原にはのどかな温かい風が吹き、本当にゲームの中とは思えない再現度だ。

今日は『ドーラの水源』を目指し、ポーション用の「ドーラの清水」を手に入れる。「ドーラの清水」はポーションを作る人に渡すと結構な額で買い取ってくれるらしい。とりあえず「ドーラの清水」を組む容器を持っていないので丸太小屋の道具屋で購入することにする。


カランカラン 店に入るとドアベルが鳴り、店内のお客さんの視線が一瞬こちらを向く。がすぐにまた自らの手に取った商品の品定めに戻っていく。この道具屋はNPCがやっているため値引き交渉をすることができない。そのためかプレイヤー達は自らの買う商品はしっかりと品定めしてから買うらしい。武器や防具はなおさらで、稀にひどい品質の商品も交じっているらしい。

水差しはポーションなど、製作したものを仕舞う容器の隣にあった。大きさは2ℓから1ℓ間隔で30ℓまである。


(うーん。どのサイズにしようかな)


なんて考えても所持金はログインボーナスでもらった100Gしかないから6ℓまでのやつしか買えないんだけどさ。でも、ここでなけなしの100ℓを使って6ℓの水差しを買ってもいいが、うーん。どうするか……。


「ありがとうございました~」


間延びした声に背中を押され、僕は6ℓの水差しを買って店を出た。よーく考えてみれば、汲んできた水の分だけポーション作る人が買い取ってくれるわけだし、損はないかなって思って。しかもこれは消耗品じゃないから、最初から大きい方が得な気がする。そんなことを考えながら、残り少ない残金のことを頭の片隅に追いやる。


「よし!行くか!」


僕は気を取り直して大声を出したのだが、その声は周りの人に聞こえたらしく……。草原にいた人たちの視線がこっちを向き、「クスクス」といたるところから笑い声が聞こえてきた。恥ずかしい……。僕は急ぎ足で草原を立ち去った。


◆ ◆ ◆


『ドーラの水源(上流)』は『ミクロ山』を越えた先の谷間にある。僕はそのために『ミクロ山』の山頂を目指しいるのだが……。


はぁはぁ、ぜぇぜぇ


僕は今必死に山を登っている。僕のレベルはまだ1。レベル1のスタミナじゃすぐに疲れ切ってしまい、「MSQ」では疲れ切った状態で体を動かすとHPを消費するのだ。しかも、そのHPもレベル1じゃたかが知れており、【体力UP(Lv1)】が付いていてもあまり変わらない。登り始めてからすでに2本のポーションを飲んで頑張って登り続けているが、まだ山の半分ほどしか登れていない。視界の端のHPバーがまた赤色に点滅(HPが残り2割に到達したことを知らせる信号。通称レッドゾーン)し始める。

ゴクッ ゴクッ

ポーションは決して美味しいものではなく、苦みが強い漢方のような味がしている。それもそのはずで、薬草を磨り潰したものを水に溶くという作り方なので、とても甘くなったりするようには思えないのだが。ゲームの中なんだからそこは美味しくしてくれてもいいじゃんよ。僕はそんな苦情を胸に秘め、本日三本目のポーションを胃の中に収める。このポーションの苦みが、ただでさえ少ないHPをさらに減らしている気がする。

HPがポーションのおかげで全回復したので、また山頂を目指して山を登り始める。


四本目のポーションを飲み終わったときに、すぐそばの草むらがガサと揺れるのに気づいた。僕はマッドウルフの時のような失敗はしないために少し草むらから距離をとると、腰の剣を両手で持ち、構える。出てきたのは小さな角を生やした茶毛のウサギ。ウサギの体長は50センチほど。明らかにこちらを威嚇している。


「鑑定!」


一角兎ホーンラビット】 Lv:5 

―――――――――――

■ウサギの姿をした魔物

ドロップアイテム /??? ??? ???

―――――――――――

鑑定をすると、白い半透明なプレートが【一角兎】の頭上に出てきた。プレートには【一角兎】という名前とHPバーが表示された。俺は剣の切っ先を【一角兎】に合わせ、タイミングを見計らう。【一角兎】が角を向けて跳びかかってきた。僕は体を反らし回避を試みるが、【一角兎】の角が二の腕を掠りダメージを受ける。幸いついさっきHPを最大まで回復していたため痛手にはならなかったが、それでもHPの十分の一は削られた。攻撃をくらった二の腕からは赤紫色のパーティクルが飛び散る。「MSQ」では痛覚はほとんどカットされるためあまり痛みは感じない。僕は怯むことなく再び剣を構えると、再度跳び込んできた【一角兎】を横に動いて躱し、剣を大きく振りかぶり、その横っ腹を叩き切った。【一角兎】はそのまま地面に急降下し、地面を二三回跳ねる。HPバーが見る見るうちに減っていき、ゼロになる。

パリンッ

【一角兎】は割れたガラスの破片のようなパーティクルを残し、そのパーティクルも空に昇って消えていった。

ピロリンッ

聞き覚えのある音が聞こえ、僕はシステムウィンドウを開いた。


『初討伐おめでとう!報酬:500G・称号【初心者ビギナー


システムウィンドウにはそう表示されていた。ステータスを見ると確かに500G増えており、合計で521Gになっていた。これで今日は宿屋に泊まることができる。

【一角兎】を倒したところに何かが落ちている。

一角兎ホーンラビットの角】 ☆

一角兎ホーンラビットの毛皮】 ☆

一角兎ホーンラビットの肉】 ☆

が落ちていた。ドロップアイテムのようだ。アイテムには一部を除いてレア度があり、レア度は星一つから星六つまである。一角兎ホーンラビットはすべて星一つだった。僕はそれを拾ってアイテムボックスに仕舞う。

―――――――――――

■アイテムボックス(5/30)

【ポーション】×6

【水差し(6ℓ)】

一角兎ホーンラビットの角】×1

一角兎ホーンラビットの毛皮】×1

一角兎ホーンラビットの肉】×1

―――――――――――

ドロップアイテムを全部しまい終わると、システムウィンドウで地図を確認する。山頂まではあと三分の一ほど。山頂まで登ると、山頂に広がる草原を横切り、少し下に下がったところに『ドーラの水源(上流)』がある。ん?『ドーラの水源(上流』」の近くに赤いスポットがある。僕はそのスポットをドラッグしてヘルプを開いた。ポンッ


「はいはーい。どうしましたですわ」


出てきたのはキャラメイクの時にいろいろ教えてくれたルミアさんだ。


「この赤いスポットが何かわからないんだけど」

「これは帰還用のポータルですわ」

「帰還用?」

「ええ、そうですわ。帰還用ポータルは、すでに登録されている場所に転移することはできても、他のポータルから帰還用ポータルには転移することのできない、一方通行のポータルのことですわ」

「そうなのか、ありがとう」

「どういたしましてですわ!」


ルミアさんはまたポンッと消えていった。なるほど。帰還専用のポータルか。たしかにここまでの遠いと帰るのも大変だしね。あって当然か。

また僕はポーションの手助けを借りて、無言で山頂を目指して登り始めた。

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