第四話 悲しみの向こう側
僕の前に立った男はこう続けた。
「下手なことするな。自分に出来ることないなら、大人しく泣いてろ」
その男は戦いとは無縁に生きていた僕でもわかるただならぬオーラと、もう何百年も生きていたとでも言うようなおおらかなオーラを兼ねていた。
彼に任せれば助かるかもしれない。そんな僕の淡い期待を背負い、彼は少し離れた鬼の方を向いた。
そして、ポケットから黒い粉を取りだし、
振りかぶって
投げた。
はずした。
僕の目から再び涙が流れた。冷やかしかよ。
「おいおい、まだ泣くのは早いぞ君。この桃太郎が来たんだから」
「え?桃太郎は僕なん…」
返事をすることは出来なかった。なぜなら彼は一瞬の瞬きの隙に鬼の元まで移動していたからである。
早かった。
よくある、消えたと思ったら遠くにいたとかいうようなレベルじゃない。
まるで先程までここにいなかったかのような、遠くにいるのが当然だったかのような、そんな事さえ僕に思わせる程だった。
彼は鬼のすぐ近くでも、同じ行動を起こした。
ポケットから黒い粉を取りだし、投げた。
あたった。
あたり前だ、距離が距離だ。
ここからは驚きの連続だった。鬼の体は黒い粉が当たったところから花が咲き、しまいには花びらとなり、
散った。
そんな鬼の変化を待つことなく、男は次の鬼の近くまで移動していた。先程と同じ刹那の移動だ。考えてみれば、最初に登場したのもこの移動でかも知れない。彼はどこからともなくそこにいるのが当然のように現れたのだから。
そしてまた男は黒い粉を投げ、
鬼は散った。
男はさらにペースをあげる。そのスピードは既に目で追えないほどになっていた。僕の目からはたくさんの鬼が同時に、花びらと散っていくようにしか見えなかった。
鬼が全て散ると、男はまた僕の前に現れた。
「ギリギリだったな。」
息切れ1つせず、男は言う。
「鬼がやられたところで、喰われた人達は戻らないんだよ…
こんなはずじゃなかったのにさ」
「自分一人でどうにかなるとでも思ってたのか?」
「いや、そうじゃなくてさ。村の人達が居なくなったことに対して、僕がこんなに泣くなんて自分で驚いてるんだよ。
居場所が無いから仕方なく。そんなつもりで生活してたのにさ。
あの人達がどうなろうと僕はどうでもいい。なんて思ってたのに。
いざ、こうやって居なくなるとこんな辛いんだな。」
「大切な物は失ってから気づく。
結局、失わないとその大切さなんて気づけないのかもな」
「こうなる事がわかってれば、僕もっとお爺さんとお婆さんとしたかった事が…。
お爺さんさ、仕切りに言ってたんだよ。
こんど草笛教えてやるって
あの時、めんどくさいからまた今度ねなんて言って避けてた自分に後悔してる。
お婆さんはさ、私がいなくなったらお爺さんどう生きてくつもりなのかねぇなんて言ってたよ。あんたに世話頼もうかねなんて冗談混じりに言われたりもしたっけ。
ははっ、今じゃ二人とも居ないよ。お婆さんん…ごめん」
「おい、家入ってみろよ」
「入ってどうしろって言うんだよ」
僕は八つ当たり気味に返事をし、家の引き戸を開ける。
…そこには、おばあさんが作ったのであろう
吉備団子が積まれていた。
内側から熱いものが込上げる。
しかし泣かなかった。
泣いてる場合ではなかった。
すぐにでも吉備団子を持って、鬼退治に行く覚悟だった。
「いや、吉備団子の事じゃなくてさ。その隣。」
「隣?」
よく見ると吉備団子の近くに豆粒サイズの何かが動いている。
「言いにくいんだが…生きてるぞみんな」
「はぁぁ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます