第三話 悲劇は突然に
三日後。予想外、この田舎生活結構楽しい。お爺さんとお婆さんと暮らしている。もちろん不便もあるが、その不便すら何か新鮮で楽しい。楽しみはご近所からのおすそ分けである。前の家の人は釣りが趣味らしく、魚をつってはおすそ分けしてくれる。
ん?
鬼退治?
桃からでてきたお前の使命だろって?
してたまるか!隣町では鬼の被害があるというが、この町での鬼の被害は、一度もないという。そうなってくるとなぜわざわざ僕がしなきゃならないのか分からない。別に特殊な能力がある訳でもないし。犬雉猿も見かけるが、そいつらもとても鬼と戦えるとは思えない。
よって僕は、ヒロイン不在という遺恨を残しながらもこのお爺さんお婆さんと残りの異世界生活もどきを全うすることに決めた。
…この判断が悪夢を呼ぶこととなる
一年後。明日は中秋の名月らしい。つまり、僕がこの世界に来る前夜が中秋の名月だったということだ。太陽の位置から分かるのだと言う。前の世界では既に失われていた古代の知識に驚嘆する。そんな異世界に来て初の中秋の名月を無事に迎えられることは…無かった。
「お婆さーん、この月見団子縁側に置いといていい?」
「味覚の衰えた爺婆は気にせず先に全部食べてしまいなさい」
「え、あー要らないよ。それと味覚なんて変わらないと思うよハハハ」
年配の自虐ネタってどう返すのが正解なのかという問に答えが出る日は来るのだろうか。
「要らないのかい。だったら私が食べてしまいましょう。きっとお爺さんよりは味覚がマシでしょうから」
そう言うや否や、綺麗に積み上げられた月見団子を両手で休むことなく食べ始めた。
「夕焼け見団子ってとこじゃの」
…この人、毒舌なんじゃなくてただ道徳観念がないだけなんじゃなかろうか。
「食うのはいいけど、月が出た時何食べるんだよ」
「そうさねぇ、吉備団子でも作るかね。この辺りじゃきびなんて腐るほど取れるし、さっと作って誤魔化すかね。さ、そうと決まれば作業作業」
なんか、前半に桃太郎において知りたくなかった事実をサラッと言われた気がするのだが。
「そういえばお爺さんはどこに行ってるんだ?」
「さあね、平均的なお爺さんらしく見えるよう芝刈でもしたふりしてんじゃないのかね。どうせまた、疲れたからおらぁ休むとか言いよるんよ。家の周りでうろちょろ暇を潰してただけじゃろうに」
平均的なお爺さんってなんだ。そして後半の毒舌、今日調子いいな。
「せや、家の周りを見てお爺さん連れて帰って来てくれるかの。どうせあんた吉備団子の作り方も知らんじゃろし、そこ突っ立っとるだけやろ。そんなん桃入ったままでも出来るって話じゃからな」
ついに毒舌が僕の方まで回ってきちゃったよ
「そうだね、お爺さんの様子見てくる」
そう言って僕は家の引戸を開けた。
開けてすぐ、家の前のあぜ道に
人間の二倍はあるであろう大きさの生き物が
こちらに向かって歩いてきていた。それは見た事のある生き物だった。見た事あると言っても本当に見たことがある訳ではなかった。物語の挿絵や絵本の中でである。そう、特に昔話なんかで。
幸せは突然訪れると言うが、それは一概に幸せの話だけではない。むしろそう、惨劇の方が突然訪れる。
……鬼襲来
大小様々な鬼が、平和であったはずの、いやあるべきだったはずの畑や家々を蹂躙する。僕は家の前に立ち尽くしていた。鬼は海方面から五匹ほど来ている。サイズは人間ほどのものから、人間の三倍程のものまでいる。今は家や畑をぐしゃぐしゃにすることに夢中らしく、人を襲うことは無かった。家を壊すスピードも早い訳では無いので、村の人々はなんとか逃げ延びているような状況だった。問題は壊せるものが全てなくなった後である。人の一人や二人喰らって行くのかもしれない。それまでに何か考えなければならない。かと言って鬼攻略の方法など思い当たるはずもなかった。いや一つ、思い当たるところがあった。
犬雉猿。
この三年で何度も目にしている動物達だった。初めはその三匹を見る度、本当ならこいつらと鬼ヶ島まで行っていたのだろうかなどと考えていたが、ここ最近はそんな事は忘れて生活していた。辺りを見回すが、逃げたか食われたか、既に動物達は姿を消していた。
そこへおばあさんいわく自称に過ぎない働き者のおじいさんが帰ってくる。
「林に動物がたくさん集まってきたから何かと思えば、なんの騒ぎじゃ」
僕は条件反射で口を開く
「おじいさん今、動物が林に集まっているって言った?」
「そうじゃがそれがどうかしたのかの」
「それって犬雉猿もいるかな」
「いただろうねぇ、なにせ町中の動物が集まってたからの」
「僕、少し林に行ってくる!」
僕は走った。もう何キロも全力疾走だった。本来であれば息切れで倒れていたであろう。しかし今は倒れている場合ではなかった。
自分の出せる最速で林に着いた僕は絶望する。動物は既にさらに遠くまで逃げた後だった。鬼退治に行かなかった埋め合わせを鬼が来てたった数分の時間にしようだなんて無理だったのだろう。そんなことを考えている折、
ケーーンケーン
雉の鳴き声が聞こえた。一度はしぼみきった期待をまた膨らませ、声のする方へ向かうと、そこには罠にかかって動けなくなった雉がいた。
やるじゃないかおじいさん。
さあ、一刻も早くこいつと鬼の元に戻らねば。
足は既に限界だった。何度か転びもした。雉が暴れて何度か立ち止まった。
しかし、戻ってきた村には既に人間の姿は無かった。代わりにいたのは、先程は見なかった人間の六倍ほどあるであろう、大きな鬼だった。死ぬ思いをして捕まえてきた雉はすっかり力の抜けた手を抜けて虚しく飛び去っていった。雉には期待していたような能力は無かったと言う事だろう。
大きな鬼は僕を見るなり雄叫びをあげ、こちらに近づいてくる。スピードこそ遅いが着実に六十メートルほど先から近づいてきた。
激しい後悔が、満身創痍の青山大空の身を襲う。僕が…鬼退治に行けば事は変わったのだろうか。無実の人間がここまで無造作に鬼に食われるなんてことは無かったのだろうか。それは想像を絶する程、綺麗な丸呑みだった。証明に辺りに血が一滴も見えない。
そんな惨状を見ているうち、ダイアの右手の甲に雫が落ちる。
「なんで、泣いてんだよ僕。泣いてる暇があったらやれること探せよ」
そんなダイアの言葉とは裏腹に涙はとめどなくで続ける。
「泣くなよ…立てよ!出来ることしろよ!」
自分に言い聞かせ、再び立ち上がろうと
した矢先、聞き覚えのない声がした。
「泣けよ」
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