第二話 ももも太郎

 信じ難い今の状況について焦りつつ状況整理をする。僕は神様と話して、異世界転生することになったと。「いってきまーす」って言った後、気づけば桃の中。そしてこの桃は流されている。


「冗談じゃないぞ、待てこれ桃太郎じゃないか幼稚園生大好き昔話の桃太郎じゃないか! 異世界の定義を確認しとくべきだったぁぁ!

果たして桃太郎の世界は違世界なのか?

異世界って言ったら中世、ヨーロッパ、王都、二足歩行爬虫類じゃないのか? 

中世、日本、田舎、犬雉猿でどうしろって言うんだよ!

桃太郎の世界になんの魅力があるんだ?」


「…いや、待てよ。これで桃の外はヨーロッパって可能性が残されてる…!」


「おやおや、川上から大きな桃が、これは爺さんも喜ぶわい」


「くっそぉぉーー!」


確定じゃないか、桃太郎じゃないか僕。これからお爺さんとお婆さんの家に連れてかれるのか?せめてこのまま流して、海へ連れてってくれよ。そしたら、ヨーロッパまで……無理か。

僕、ついに諦める。


「ここまで大きいと、運ぶのにも一苦労じゃな」


「あーはいはいはい僕手伝います」


全てを諦めた僕はウォーターバルーンの要領で、桃を前に転がす。


「おやおや桃がひとりでに。」


まずい、さすがに不自然に思われるか


「この歳になると不思議な力が使えるようになるんじゃな。こう、お天道様と一体になれるのかもしれないの」


頭悪くて助かった。若干、怪しい宗教じみてるところが怖いだが、耳を塞いどこ。


「さて、わしのうちの方角は真逆なんじゃが、どうしたものじゃろか」


「…こ、このババア」


僕は全力で、逆方面へ回らせ始める。

 やっと着いたらしい。このお婆さん。毎度毎度まるで嫌がらせのように、方向転換するべき場所を過ぎてから、方向違うななどと呟くからたまらない。


「さて、お爺さん帰ってけえへんが、割ってしまおうかね。その方がわしの取り分が増える」


最低なのかこいつ


「包丁はどこじゃろか」


……僕、包丁に刺されんじゃね?

地味にピンチじゃね?

しかしそれが分かったところで逃げ場はない。くだらない死線を前にして、僕は一度抑えた不満がまた込上げる。

どうして僕、桃の中で包丁向けられて焦ってるんだろ。ついさっきまで学校に向けて歩いてたのに。

そりゃさ?

異世界って言われて憧れたよ?

行きたいと思ったよ?

でも想像してたのと違うじゃん。

これからどうするのさ鬼退治?

したくないよそんなもの

僕が想像してたのは圧倒的な力を持ってて、美少女がいて…だよ?に対して今の現状は何よ?桃太郎なんて大した力持ってないし。第一、美少女いたか?もうヤダ。

シュッシュッシュッ

あ、おばあさん、包丁擦って果物きるタイプの人か。僕のお母さんと同じだ。きっと自分の指切らないようにだな。

でも、これも結局、刃が当たるな。むしろじわじわ切られるから痛そう。ある程度まで来たら自分から出よ。「パッカーン!」とか言いながら。桃がひとりでに転がっても大して驚かないおばあさんだからな。不自然に思われたりしないだろう。

 そろそろ頃合か。

「パッカーン!」

僕は桃を内側から割り、お婆さんと対面する。

…お婆さん沈黙。驚く訳でもなくただ沈黙。

やめてくれ、僕がスベったみたいじゃないか。

「あー、そう言う感じか。だったら、お爺さん帰ってくるまで待機でお願いしまます」

先程までの口調とは打って変わり、現場監督のような雰囲気でそう言った。僕はお婆さんと目を合わせて


「なんか…すいませんでした」


と思わず言う。命令に従うためか気まずさからか、ゆっくりと二つに割れた桃を閉じて、中に入った。桃が完全に閉じ、先程までと同じ状態になるとお婆さんが口を開く。


「お爺さんが来たら、私がまた桃に包丁を入れるんで、そしたらさっきみたいに自分から出てきて貰えますか?」


「は、はい。」


何このお婆さん怖すぎ


「帰ったどー」


「あら、お帰んなさいお爺さん。さっき川で大きな桃が流れてきたんじゃ、私その桃家まで持って帰ってきたから一緒に食べましょう」


「ひゃーー、これはこれは立派な桃じゃのう」


シュッシュッシュッ

桃太郎の登場二回目を行うという展開に、混乱と緊張でお腹が痛くなる僕。一度、ウケなかったギャグをもう一度、何事も無かったかのようにやるほど辛いことは無い。さて、出るしかないか


「パッカーン!」

「ひゃーー!桃から子供が出てきましたよお爺さん」


さっきと全く違う態度に白い目をする僕。


「ワワワっ、もももっもから、こここっこここここここどもぉがぁぁあぁぁ!」


驚きすぎだろお爺さん。ゲームのバグみたいになってるぞ。


「名前はどうしましょうかお爺さん」


「ももももから生まれたからもももたろうぅぅうぅ!」


お、お爺さん…


「そうしましょう。貴方の名前はももも太郎」


おちょくってるだろこのお婆さん。

ただでさえダサいのにそんな名前で呼ばれたらたまらない。


「ダイアでお願いします」

僕は自分の名をキメ顔で口にする。

「喋ったヨ」

ついにテンションがおかしくなるお爺さん。


「ダイアですか。変わった名前ですけど事情があるんでしょう」

随分と物分りの良いおばあさんだった。


「それでは早速ですがダイアさん。早速だけど畑仕事を手伝って貰えないかのう」

そのお婆さん口調と敬語とを混ぜてくるの止められないのだろうか。というか、会って間もない子供に畑仕事頼むってどういう神経してるんだろうか


「婆さん婆さん、腰が抜けて、立ち上がれないんじゃが」

ようやく正気に戻るお爺さん。


「あんた、立ち上がったところで特に何もしないんじゃから、そうやって座っとくくらいがちょうどええと思うんじゃが」

このお婆さん、とんでもない毒舌である。自分の唯一の家族に冷たすぎないか。


「ほれ、畑仕事教えたるからこっちへ来なはれ」

 僕は渋々、老夫婦家族の一員となるのだった。

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