第8話 村での一日を過ごして
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
日暮れ時、村広場にある唯一の酒場にて。
ルドルフに頭を下げるのは、先ほど山賊一味の被害に遭った男であった。
どうやら王国の商会組合に属する商人らしく、商いの帰り道に山賊の襲撃にあったらしい。
あの後、すぐさまダンデのもとへ彼を運び、教会にて治癒魔法と薬草が効いたのか、いまはもうすっかり回復した様子であった。
「幸いにも馬は軽傷。荷台は半壊状態ですが、こちらで修理して下さるとのことで。それもこれも、すべては貴方のおかげです。ささ、せめてものお礼です! ぐいっと行ってください、ぐいっと!」
「いや、オレは……」
「なんだノリが悪いな! ほれ、このようにぐいっとー!」
「行くな、阿呆が! 色々中身は知っとるが、見た目的にアウトじゃから貴様は飲むなっ!」
ラストが手元にあったジョッキを搔っ攫って口元まで運ぼうとしたところで、慌てて阻止する。
普通の人間として振舞うのであれば、もう少し倫理観念も気にしてほしいものだ。
「それにしても、ルディさんが彼を抱えて戻ってきたときは驚きました」
そんな騒がしい席には、当然とでも言うようにダンデの姿があった。
聖職者然とした姿に囚われることなく、ダンデは酒に手に口にする。
「まさか山賊がこの村に押し寄せていただなんて」
「私も驚きましたよっ! 街道を進んでいたら集団で襲われて、馬車を乗っ取られたかと思いきや、門に向かって突撃するだなんて!」
「ああ、思い出しただけでも腹立たしい!」とふくよかな腹と頬をぶるるんっと震わせて憤りを露にする商人の男。
「門番の娘がやられたときはもうダメかと思いましたが……いやはや、ルディさんは大変強くあられますね」
「いや、そんなことは……」
「いやいやいやいや! 何を謙遜なさることがありますか! 私はいまもこの目に焼き付いておりますぞ! あの偉そうな大男が間抜けな声を鳴かせて吹き飛ぶ様を! いや~実に気味がいいっ!」
「へぇ。そんなにもルディさんは勇敢であられたのですね」
「ええ、それはもう! 痺れましたぞ!」
酒の席ということもあるのか。
大変、盛り上がる様子の商人の演説にこれまた生臭坊主の聞き上手さが合わさって、話はより熱を帯びていく。
「ホントに! ホントォ~~に! 貴方には感謝しかありません! ルディさん、貴方は私の英雄だぁっ!」
「そんな大したことでは……」
「そうらろぉ~。おにゅしは余のはいらにして、のちの英雄とにゃるおとこにゃのらぁ~。もっと胸を張らんか、胸を~っ!」
「貴様はもう少しその貧相な胸同様、慎ましやかに……って、いつの間に飲んだのだ、貴様⁉ しかもベロベロに酔って!」
「うえへへ~、ひっく。よのえいゆ~」
「ええい、ウザい! まとわりつくな!」
対面座席からは泣き上戸な商人から手を握られ、隣からは小さな少女然とした魔王から甘えるように身をすり寄せられる、暑苦しい状況が続き。
しばらくすると、ぐごーっといびきを掻いて、騒がしい二人は眠りこけてしまう。
「……まったく、面倒な」
「ははは、仕方がありませんね」
その様子を見て、悪態をつくルドルフと温和な表情を浮かべるダンデ。
静かになったところで、ルドルフはふと店内を見渡す。
「……結局、あいつは来なかったか」
「クライさんのことですか?」
ルドルフのつぶやきに、ダンデが反応した。
「あの子はこういった場には姿を見せませんから……。特に今回のことは彼女にとっては相当ショックだったことと思われます」
ダンデの言葉に、ルドルフは目を伏せる。
聖剣の力を失った、剣聖。
具体的に何が起こって、何があったのかは想像もつかないが。
彼女自身が語っていた、パーティーの解散やここの門番をしていることは、おそらくそれに由来するのであろう。
「あの子は、いまのあの子なりにできることを懸命に励んでいると思います。ですが、それと同時に。その環境に甘んじてしまっている今の自分を許せないのだと思います」
「……剣聖の力を失ったから、か?」
「ご存知だったのですね」
「山賊たちがそう言っていた」
「……なるほど」
そう短く理解を示して。
ダンデは再び、口元へジョッキを運び、傾ける。
「四年前、魔王レグルスとの戦いを終えて戻ってきた時には、彼女は力を失っていました」
「どうして、そんなことに……?」
「わかりません。ただ、そのせいで彼女を取り巻く環境は一変しました」
酔いに任せなければ口に出来ないのか。
話しながら、ダンデの酒を運ぶ手がだんだんと早くなっていた。
「剣聖クライネス・クライノートを失った勇者パーティはあえなく解散。彼女は王国を救った救世主として下位ながら爵位を与り、この村を中心とした東部域の一部の領主を任されることになりました。が、それはあくまで、体のいい表向きの話です」
「……その実は追放、か」
察しの良いルドルフの言葉に、「はい」と静かにダンデは首肯した。
「それに気づいていない彼女ではありません。ですが、それでも。彼女は何一つ弱音を吐くことなく、今できることを、ただただ懸命に殉じているのです」
かつての栄光というよりは使命がそうさせるのだろう、と、ルドルフは背景を察した。
彼女は十歳という若さで聖剣に選ばれ、剣聖として生きる道を選ばされた。
それからは国のため、民のため。
集まり高まる期待に応えるために、どんな状況であっても、どんな心境であっても。
最前線で、魔族と戦い続けねばならなかった。
そして、残念なことに。
彼女は、その重すぎる責務を担える器量を持ち合わせていた。
だからこそ、いま無力であり続ける自分がどうしようもなく許せず、何かに取りつかれたように、没頭しているのかもしれない。
「そんな痛々しい彼女を見ているのが、私は……心苦しくて、たまらない」
「だから」、と。
ダンデは前置いて、丸眼鏡の奥から、ルドルフの目をまっすぐに見詰める。
「お願いがあります、ルディさん。あの子をどうか、救ってあげてはいただけませんか?」
「……オレが、あの子を?」
ルドルフは片眉を曲げて、疑問を露わにする。
「商人さんを連れて、あなたと共に戻ってきたとき。あの子はずっとあなたを気にしている様子でした。おそらく何かしら思うところがあったのでしょう」
「そんな理由で、素性の知れない男に頼むと? 少し不用心すぎるのでは?」
「そうですね。ただの奇特な旅人さんであれば話は別ですが。貴方は少なくとも、この村を守ってくれた恩人なのです。それだけで信用に値するかと」
「どうですかね。自作自演ということも考えられるかと」
我ながら面倒で穿った捉え方だとは思う、が。
それでも、この人の良すぎる村のことを思えば、これくらいの楔は打っておくほうがよいと思った。
「そうですね……確かに少し軽率だったかもしれません。すみません」
ルドルフの頑なな対応に、ダンデは己の言動を省みたところ。
「その上で、やはり貴方は信頼できるお方だと、私はいま判断しました」
「ちょっと、話を聞いていましたか?」
「はい。有難いご助言に感謝いたします。おそらく本当にそういったことを企んでいるお方であれば、そろそろ態度に表れる頃合いかと」
そうだ。
そういえば、この男は涼しい笑顔で簡単に人を勧誘する、宣教師でもあったことをルドルフは思い出す。
「……結構、悪知恵が働くみたいですね。神父さんは」
「お褒めの言葉として受け取っておきますね」
そう微笑みを貼り付けたままのダンデに、ルドルフは目を細めて応じる。
「それになんと言いますか……貴方からはどうも懐かしい雰囲気を覚えます」
「懐かしい雰囲気……?」
「はい。どことなく……頑固で偏屈で、だけど一本の太い芯を胸に宿した、いつかの門番さんによく似た雰囲気を覚えるのです」
そう遠目に語るダンデに、ルドルフもまたフッと小さく微笑んだ。
「それはさぞかし、面倒な老人だったのでしょうね」
「それはもう、面倒で手間のかかる頑固なお爺さんでしたよ」
「ハハッ。おっと、手が滑った」
「うわぁぁ、ちょっとルディさん⁉ 私の祭服にエールがぁぁぁッ‼」
そうこうして、ルドルフたちは散々飲んだくれた後。
ダンデの有難い申し出により、教会で宿を取らせてもらうこととなった。
「うぅ、頭が割れそうだ……」
「馬鹿な飲み方をするからだ、阿呆が」
その夜。
悪酔いしたラストが、両手で頭を抱えながら、呻いた。
「あのエールが悪い……麦の濃厚な味わいにシュワッとした爽快な炭酸が、余の我慢を容易く打ち砕いてきよった」
ぐぬぬぬ、と、相変わらず非を認めぬ傲岸な振る舞いで、ラストは言い訳する。
「それにしても、アテが外れてしまったな。まさか剣聖が、聖剣の力を失ってしまうとは……どうしたものか」
「一応聞くが。失った力は取り戻せるものなのか?」
本題となる話題にルドルフの問うと、ラストは「むぅ」と顎に手を当てて、小さく唸る。
「わからん。剣聖がいまだに聖剣を所持しているということは、適合者としての所有権はまだあるということだろうが。そもそも中身がまだ在るのかどうか」
「中身……?」
「以前にも話したであろう。聖剣や魔剣も
そういえば、そんなことを言っていたなとルドルフは思い返す。
星遺物はかつての神々の魂が宿った依り代。確かな存在が宿っていることになる。
「つまり、その神の魂が消失したということか?」
「その可能性があるという話だ。そもそもどうして消失などするものか想像もつかんが」
おそらく、この場において最も詳しいラストがそう言うのなら、いまわかることは何もないのだろう。
「ともかく、聖剣の件は保留として。今後のことを考え直さねばな」
「そうじゃな。方向性が定まるまでの間はこの場に滞在して、聖剣とあの子の動向を窺うのもアリじゃろう」
「くくっ、そんなことを言って。愛弟子のことが気になるだけじゃろう、おぬしは」
「……悪いか?」
「くはは、何も悪いとは言うとらん。よいぞ? おぬしの好きなようにせよ」
「言われなくともそうするさ」
「あの生臭坊主との話もあるしな」とルドルフはぶっきらぼうに言う。
「では、余はもう寝るぞ。頭が響いて敵わん」
「ああ、久々にベッドで眠れるのだしな。ゆっくり休むとしよう」
「……余があんまり魅力的だからと言って、夜這いはするなよ?」
「安心しろ。幼児体型に興味はない」
「おぬし本当に覚えていろよ⁉ 余が元の身体に戻ったらおぬしなんてイチコロなのだからな⁉」
「はいはい、わかったから。さっさと寝ろ」
そうこうして、村での最初の一日は過ぎていった。
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