空中階段の下から2番目が結局いちばんツライ

ちびまるフォイ

上がある幸せ下がない不幸せ

そこは空中に浮かぶ階段だった。


雲の上に浮かぶ階段は10段ほどで、

それぞれの段には1人ずつ人が住んでいた。


周囲は深い雲に囲まれているので、彼らにはこの世界しか知らない。


「……退屈だなぁ」


下から2段目の男は暇そうにしていた。

上を見上げると、最上段の男が楽しそうにゲームしている姿が見て取れた。


「……はあ、うらやましい」


「僕より上段にいるくせに、なにぜいたく言っているんだ」


「だってさ、下段の人間はいつも上段からのおさがりじゃないか。

 食事も、服も、娯楽もなにもかも! ほんと嫌になるよ」


「そういうお前だって、下段の僕にはおさがりしているくせに」


「少なくとも、俺より上段の人間よりはすぐ回しているだろう?

 それにちゃんと意見だって聞いている。良心的なほうさ」


「どうだか……上段の人間に、下段の気持ちなどわかるはずないさ」


「とにかく、どんなに楽しい気分でもいても

 俺の上段で、その楽しさの上位互換をされていると気分が悪いって話さ」


「そうやって、下段の僕に愚痴をこぼすのは

 下段の人間が上段に上がることはできなくて安心できるからだろ」


「そんなつもりは……」


「僕よりいい思いをしている上段の人間の悩みを語られても

 こっちからしたら嫌味にしか聞こえないよ」


男は単に友達になりたいと思っているだけだった。

上を見上げると、上段の人間が10枚の食券カードを品定めしていた。


そのうち1枚を抜き取り、下段に回される。

下段は残りの食券から1枚を選び、さらに下段へ。


男のところへたどり着く頃には選択の余地なんて残されちゃいなかった。


「またこのメニューか……」


最下段の人間を横目で見る。

"どうせ選ぶことすらできない"と悟りきった顔で諦めていた。


上段へのあこがれと、下段への気遣いの板挟みで

もういっそ最下段のほうが楽なのではとも思ったが決心はつかなかった。


「上段へ行けたらなぁ……」


この階段を這い上がることができれば、

今のように上段から順番に私服を肥やすこともはなく

すべての階段人間たちの声を聞いて不満のないようにするのに。


けれど、上段に上がろうとすると見えない壁にぶつかって上がれない。


食券カードを使うと空から煮干しが落ちてきた。

男はにぼしをかじりながら最上段の食らうハンバーグを見つめていた。


「ちくしょう……」


上段への憧れは日に日に強くなっていった。



ある日のこと、猛烈な暑さを感じて男は飛び起きた。


「なんだこの暑さは……まだ春先だぞ?」


寝るスペースほどしかない天空階段から身を起こした。


普段は雲が立ち込めて視界ゼロで、階段に注がれる太陽の直射日光もなかったが

どういうわけか霧が晴れたように雲が消えて、日光が突き刺さる。


「あっつ!! 肌が焼ける!!」


幸い、上段の人間が日陰となったことでまだマシだった。

最上段の階段に住む男の声は聞こえないが、暑さに苦しんでいるのは顔でわかった。


「いつも良い思いしているからだ。ざまあみろ」


少しだけ不満は薄らいだ。

雲が晴れたことで、空中階段の周囲が見渡せるようになった。


今まで空中階段に住むのは自分たちだけだと思っていたが、

男の周りには他にも10段ほどの、空中に浮かぶ階段がいくつも点在していた。


「他にも階段があったんだ……」


階段が浮かんでいる高さもまちまちで、

男の住んでいる階段よりも低い階段もある。


「これ、もっと低い場所にある階段に飛び移れば

 最上段で暮らせるんじゃないか」


今いる階段よりも高い位置に浮かぶ階段もある。

だが、狙いはあくまでも今の段数より下の階段。


上層に浮かんでいる階段のうち、

最下段に住む人間は決死のダイブをはじめている。

下層の階段に着地すると、最上段の人を押しのけはじめている。


男は思った。

今の環境を変えるにはこれしかない、と。


「うおおお! やってやる!!」


男は覚悟を決めた。

階段から飛び降りた先に、他の階段があることを確認してダイブする。


びゅうびゅうと風を切る音で何も聞こえなくなる。

みるみる下層階段の最上段が目の前に迫る。


「これで俺も最上段生活ができるーー!!」


最上段に着地しそうになったそのとき、春一番が吹いて階段の位置を動かしてしまった。


「うそだろ!?」


男と階段はすれちがい、そのまま自由落下を続ける。


もっと下層の階段に軌道修正して着地できないかと見渡したが、

運良く真下に来てくれる階段などなかった。


男は死を受け入れて、静かに目を閉じた。

真っ暗な視界にはこれまでの記憶が蘇っていく。


どれだけ落ちたかわからなくなったとき、

背中にやわらかな感触を受けてついに落下が終わった。


男は天国ではないことを祈って目を開けた。


階段にたどり着くことなく、男は平たい場所に着地した。

やわらかな地面は落下の衝撃を受け止めてくれた。


「空から人が降ってくるなんて、何かの映画かと思いましたよ」


「こ、ここは……?」


「ここは平面世界。すべてが均一になっている場所ですよ。

 あなたはどこから来たんですか」


「俺はこの上の世界にある、空中階段の世界からやってきたんです」


「ああ、話は聞いていますよ。下段の人は上段のおさがりしかもらえないとか。

 でも安心してください。ここにはそういった階段差はありません。平面です」


「本当ですか! なんていい場所に来たんだ!」


「どこまでも誰もが平等で平面な世界ですよ」


他の階段へのランディングには失敗したが、

こうして平面世界にたどり着くことができて結果的に良かった。


ここには階段のような待遇差はなにもないのだから。


「俺、ここに住むことにします! これこそ、俺の求めていた場所です!」


「そうでしょうそうでしょう。私達もあなたを歓迎しますよ」


平面の人たちはにこりと笑った。




「それでは、この世界の住民になるために

 顔、服、食事、髪型、立ち振舞い、立場、それに所有物。

 すべて均一で平等で平面にしますので、指定されたものだけにしてください」

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