第9話

「大丈夫だろうか」

僕は二階にいる二人が気になる。

今まさに、二階で拓斗先輩が木村先輩の両親に頭を下げているだろう。そんなことは、容易に想像できた。

あんなに、木村先輩の事が好きなんだから、頭何て何度も下げるだろう。

それほど、拓斗先輩は本気だ。

いや、そもそも、高校生が彼女の両親に、「結婚を前提に付き合わせてください」なんて言うのがおかしいのだが、拓斗専先輩は修正部員。仕方がないと思うしかないのかもしれない。

しばらく、鍋の準備をしていると、二階から階段を下りる足音が聞こえた。

どうやら話は終わったようだ。

リビングに入ってきたのは、拓斗先輩と木村先輩だった。

「詩穂ちゃーん!」

詩穂先輩に飛びつく木村先輩。

「お、その様子は」

「許してくれた!」

詩穂先輩の手を握って、ぴょんぴょん跳ねる木村先輩は本当に嬉しそうだ。すでにもう、幸せそうだ。

「お疲れだな、拓斗」

「ああ、突っ走りすぎた」

二人の関係が新しくなったことだから、鍋パーティーの準備を急がないと。

僕は急いで、コンロに火をつけた。

「本当に最近の高校生はすごいな」

とリビングに入ってきた木村刑事。いや、今は木村先輩のお父さん。その後ろには、お母さんも一緒にいた。

「あんな事言われたら、許すしか選択肢がないだろ」

木村刑事は、あ、じゃなくて、ってもう、面倒くさい。

木村先輩のお父さんは呆れていた。

「何言ったんだ」

仁先輩が拓斗先輩に聞いた。

「さっき言っただろ。突っ走りすぎたって」

何となくわかった気がする。

「拓斗君たら、陽那花の好きなところと、今後の話をひたすらし続けたの。だから、あんなに長かったのよ」

木村先輩のお母さんが楽しそうに微笑む。

それに対して、拓斗先輩は耳まで真っ赤にして、

「穴があったら入りたい」

と後悔を混じりの恥ずかしさに、精神がボロボロのようだった。

「じゃあ、みんなで鍋パーティーだ!」

詩穂先輩は拳を真上に上げて盛り上がっている。

鍋はすでに机の真ん中のコンロの上に置いてあった。

「最初から、鍋パーティーをすることは決まっていたんじゃ‥‥‥」

とぼそっと呟く詩織。

全く持ってその通りだ。

テキパキと準備を始める詩穂先輩。それを手伝う唱。

二人とも制服の上からエプロンを着ていた。

「いつ、あんなもの買ったんだ?」

思わず口にしまって、慌てて周りを見る。誰も聞いていないようだった。

「唱、詩穂先輩。制服、匂いとかシミとか付くと面倒なので、着替えてきてください」

「おお、なるほど!つまり裸エプロンだね!」

「誰がそんな事言いました⁉」

おまずツッコミを入れてえしまう。

この人は唐突にこういう事を言うから困るのだ。

「春樹は、そういうエロが好きなのね」

「違う」

今度は冷静に言い返すことが出来た。

「準備は僕がしておきますから、早く着替えてく来てください」

僕は二人の背中を押した。二人は二階へ着替えに行った。

「私も準備、手伝うよ」

「あ、私も」

詩織と、木村先輩が言った。

「そうですか。なら、旦那さんも」

「ふざけるな!」

今までの落ち込みは無くなり、元気のいいツッコミをする。

「旦那の事は否定しないんだ」

詩織も良いツッコミをする。

「木村先輩はこれを、拓斗先輩はこれを」

僕は二人にエプロンを渡す。

二人はエプロンを着る。サイズはピッタリだ。

「これ、手作り?」

やはり女性は鋭い。木村先輩の言う通り、拓斗先輩と木村先輩のエプロンは、僕の手作りだ。

まあ、エプロンごとき2、3時間あればすぐにできる。

「すげえ。俺、中学の時、エプロン作ったけど、何回もやり直しをしたぞ」

「それは、拓斗が不器用すぎなだけ」

今度は木村先輩がナイスツッコミ。

僕たち四人は、鍋の準備をした。そして、拓斗先輩のどれほど不器用なのか、嫌というほど分かった。

そして、拓斗先輩と木村先輩は親の前なのに気にせずイチャイチャ、キャッキャウフフと楽しそうにしていた。

この光景を一般非リヤたちは、羨ましがるだろうと僕は思った。

でも、僕から見れば、微笑ましい光景だ。

「おー、アツアツだね。火傷しそうだよ」

と着替え終わった詩穂先輩と唱が私服でリビングに戻ってきた。

しかし、詩穂先輩の言葉を全く耳にしない二人。

これ以上イチャ疲れると、怒るとかを通り越して呆れてしまう。

「これは、ブレーキが利かなさそうだな」

僕以上に呆れている仁先輩。

「二人とも少し、落ち着こうか」

僕のお母さんの何気ない一言だが、溢れ出すオーラと威圧が背筋を伸ばす。

「はい、鍋で来たよー!Complete!」(完成!)

「おー、美味そう」

鍋の中を覗き込む仁先輩。

「それでは!」

詩穂先輩の掛け声の後に

「「「「「「

   「「「「「「いただきます(!)」」」」」」

                     」」」」」」

賑やかな夕食が始まった。

なんせ、この場には12人もの人がこの狭い空間にいるのだ。

「こういうのはちゃんと参加するんだな」

「当たり前だ」

坂本は表情一つ変えずパクパクとネギまを食べていく。

なんか、最近ネギ鍋率が高い気がする。今度はネギ以外の鍋を考えておかないといけない。

「智菜、この時期におすすめの鍋を調べくれ」

『了解です』

僕はスマホをポケットにしまった。

その時、どこから視線を感じた。

「どうした?」

坂本が手を止めて僕を見ていた。

「いや、春樹がそんな事で機械を使うなんて、珍しいと思っただけだ」

「もしかして、僕の頭の中にレシピが全て入っているとでも思っているか」

「そうじゃないのか?」

「当たり前だ」

そして、会話は途切れた。

話す気がないなら、最初から話しかけるな。

僕の食事をツッコミなどに時間を浪費させるな。

この引きこもり!

「俺は客観的に引きこもりだと自覚している。だから、その言葉は何の嫌味も悪口にもならないぞ」

「僕、何も言ってないぞ」

思考を完全に読まれたが、全力でツッコミを入れた。

「——ふッ」

僕は見逃さなかった。彼が笑ったことを。

今も口元が緩んで、口角が少し上がっている。そんな彼を見た僕は思わず

「笑った?」

そうつぶやくと彼はすぐにいつもの冷たい表情に戻した。

「何を言っている」

「笑ったよな」

「笑っていない」

「いや、絶対笑ったって」

「しつこいぞ。笑っていない」

彼は意地を張って、否定をしてくる。僕は彼が笑っているところが見れて、何らかの感情が込み上げてきた。

「まあ、良いけど」

結局、僕が諦めることになった。

いつの間にか、半分以上無くなっている鍋。

僕は急いで具材を追加した。

12人だと減りがいつもより、何倍も速い。

「Oh,yeah. There's something I want you to see!」

(あっそうだ。見て欲しいものがあるんだ!)

詩穂先輩が突然そう言って二階へ行った。

そしてドタドタガシャンダダダガシャンドタドタと地響きがここまで響くほど賑やかに何かをする詩穂先輩。

はっきり言って、嫌な予感しかしない。

そして、慌ただしくリビングに戻ってくる。

勢いよくリビングの扉を開けて

「これだよ。私が作ったアニメだ!」

「「「Never stop during a meal!」」」

(食事中に絶対やめろ!) 

僕と仁先輩、拓斗先輩は声を揃った。考えていることは同じようだ。

なんでまた、アニメなんだろう。

というか、一人で作ったのか?

「それ一人で作ったのか?」

仁先輩が尋ねる。

「そうだよ。でも、主人公と親友役の声が入っていないんだ」

何となくそのアニメのジャンルが分かった気がする。

主人公と親友役、つまり男声が入っていない。

という事は女性役は全て入っている。

そう考えると恋愛かラブコメだろう。

まあ、僕には全く関係ないけど‥‥‥。

「てことで、仁と後輩君手伝ってね」

なんで寄りによって僕なんだろう。僕は声に関しては自信は全くないのだ。

仁先輩は、大人っぽい低めの声で響きがいいが、僕に関してはごく普通で、プロなら僕みたいな声は簡単に出せるだろう。

それぐらい、普通な声だ。

そんな僕に声優何て物が務まるのだろうか。

「これ、台本ね」

と薄めの冊子を受け取った。僕はパラパラと内容を軽く見る。

ジャンルは予想通りラブコメだ。

僕が演じる主人公のセリフは沢山ある。それに比べて仁先輩はセリフが僕の二分の一くらいしかない。

少し台本にしっかりと目を通す。

――あれ?これって‥‥‥

「詩穂先輩、これって」

「お、気が付いたかな?」

やっぱりそうだ。この物語、ものすごく想像しやすい。

どこかで、見たことが有るような物語だ。

それもそうだ。だってこの物語は

「その物語は、後輩君が書いた小説だよ」

僕がネットに公開した小説だ。小数人から評価をもらうくらいの、そこそこの自信作だ。

「このアニメはしっかりとネットに公開させてもらうよ」

「なるほど、名売りにはちょうどいいな」

「僕たちすでに世間に名を知られていますよね」

「良いじゃん、良いじゃん」

「どの道、有名人になるのは変わりはないしさ」

と会話は弾み、僕は結局、主人公の声優をすることになった。

「春樹があれを書いたの?」

「そうだよ」

「あれ、私恥ずかしかったんだよ」

とすでに経験済みの唱と詩織が顔を赤くしている。

確かにあの作品は、推敲をしているとき恥ずかしくて、穴を探してしまうほどだった。

「しおりんはやり直しを十回くらいしたもんね」

「へぇ、ちなみにどんなセリフなんだ?」

拓斗先輩が詩織に茶化すつもりで尋ねていた。

「お、それ俺も聞きたい」

仁先輩が続けて言う。

「さあ、頑張るんだしおりん」

詩穂先輩が詩織を応援する。詩織はさらに顔を赤くしていた。

「私は、はるきが好き!」

僕はぎょっとする。僕が書いた作品の主人公の名前は翔祐だったはず。

僕は慌てて台本を見直す。

主人公:はるき ・・・後輩君

と書いてあった。

ちなみに仁先輩が演じる親友の名前は栄一だったはず。

親友:じん ・・・仁

と書いてあった。

ヒロインは智花だったはずだ。

ヒロイン:うた ・・・唱たん

ヒロイン二は確か静江だったはずだ。

ヒロイン2:しおり ・・・しおりん

・・・・・・。

完全に言葉を失った。

名前が全て僕たちの物になっている。

これはこれで結構きつい気がする。

それに、主人公は最後にヒロインに告白する。

つまり、僕は唱に告白する。

だが、僕には感情がない。こういうときって感情がないときすごく助かる。

「だから、いつでも振り向いていいよ」

「すげぇ」

「現実感があっていいよ」

「でしょ、でしょ」

「なんで、詩穂が喜んでいるんだよ。俺は詩織ちゃんを褒めたんだぞ」

「それは私が見込んだ上だからだよ。だから、私も褒められたも同然」

と詩穂先輩は胸を張る。その時に上下に大きく揺れる。

それを見ていた、唱と詩織は詩穂先輩の胸を睨む。

どこに対抗心燃やしているのだろうか。

僕は呆れてしまった。

ちなみにこの後にはるきはうたに告白するのだ。

「さて、本番は晩御飯の後だよ!あむっ」

詩穂先輩はネギを口の中に入れて、あふ、あふ、と言っていた。

今日は本当に鍋の減りが速い。

そのせいで僕は、全く手に付けることが出来ていない。

お腹は合唱を繰り返す。

僕はそんなことを気にせずに具材を追加していく。

「吉田」

隣から声がした。その声は僕しか聞こえていなかった。

「俺がやっておく。お前は食べろ。小説に影響出るぞ」

そう言って、いつの間に僕の受け皿に具がたくさん入っていた。

「そんなんだから、痩せていくんだ」

僕にとって痛いことを言う坂本。でも正論なため何も言えない。

僕は彼が持つ受け皿を手にした。

「というか、坂本ってこういうの出来るの?」

「バカにするな」

そう言って、てきぱきと具材を鍋の中に詰め込んでいった。

慣れた手つきだった。

「こういうの慣れているんだ」

「だから、バカにするなって」

「それにしても美味いな」

「自画自賛かよ」

そういえば、ここにある具材の四割は家で取れた野菜だった。

そうなると、彼の言う通りだ。

「そういうつもりは全くなかった」

「だろうな」

鍋はパンパンに具材が詰め込まれ、彼は一息ついた。

「二人ってなんか仲いいよな」

突然、拓斗先輩が僕たちに聞く。

「確かに、なんか怪しい感じがするな」

「どんな感じだ」

仁先輩の発言に即答でツッコミを入れる坂本。

「二人ってホモなの」

「んなわけあるか!」

詩穂先輩の言葉にも即答で言い返す坂本。

大変そうだった。

「それじゃあ、どっちが入れて、どっちが入れられるんだ」

と僕のお父さんまで乱入してきた。

「「どっちもいやだわ!」」

お父さんの発言に対しては僕は聞き逃せなかった。

「「いや、そこ重要だろ」」

拓斗先輩と仁先輩のダブルで僕たちにツッコミを入れる。

「そもそも、なんで僕たちがホモ前提で話が進んでいるんですか」

「え、違うのか?」

仁先輩の質問に僕は

「違います」

即答で言葉を返す。

「というか、父さんも変に話に割り込んでくるな」

「それより、どっちが子供を産むんだ?」

「話、聞け」

なんか、怒鳴る気力がなくなって、僕は軽く返す。

「僕たちは男。子供を育てる器官もないし、卵すら持たない生物だ」

「そんな細かいことをは気にするな」

「細かくないわ」

なんで僕の親はこんなに変態なのだろうか。

「ああ、そういえば。私、妊娠したから」

突然の母さんからの報告。

空気が凍り付くように沈黙が流れた。

僕たちは口だけでなく、体の動きまで止まってしまった。

そして、視線はみんな、母さんの元に集まる。

そして、僕の頭は突然の発言に思考が停止してしまった。

「それ、今言っちゃう?」

「ちょうどいいじゃない」

「確かにそうだな」

「そうでしょう。こういうのはなるべく早く言ったほうがいいと思うし」

勝手に話が進んでいるが、僕の思考はやっと動き始めた。

「母さん、それ本当に行ってる?」

僕は恐る恐る母さんに聞く。

「あら、冗談に聞こえる。それにちゃんと言っておいたよね」

笑みを零しながら僕に言う母さん。

確かに少し前に、「妊娠するからよろしく」的な事を言っていたことを思い出した。

「あの後、本当に行ったの?」

「どこに?」

「そ、その‥‥‥あの‥‥‥ええっと‥‥‥ホテルに」

「しおりん!そこは、ラブホって言うのが正しいよ」

「余計な事を言うな」

坂本が詩穂先輩を黙らした。いや、黙らせていないが‥‥‥

「ああ、あの後、河川敷で、やったわ。外の風を感じながらいっちゃたわね」

母親とは思えない発言をする。僕はこんな人を母親として認めたくない。心の底から。

「冗談よ」

その言葉で、どっと、空気の重さが無くなった気がした。

「ちゃんとホテルでさせていただきました」

「ちなみに、何回いきました?」

仁先輩が調子に乗って余計な事を聞き始めた。

「えーと、つい浮かれちゃって、四回いっちゃたわ」

正直に答える母親はもう、母親として見れない気がしてきた。

「さて、冗談はこの辺にして」

母さんがそう言いながら立ち上がった。

――と、言う事は妊娠したと言うのは嘘という事か。

僕は安心して一息つこうと、冷えた烏龍茶を喉に通す。

「あ、妊娠したのは本当だから」

母さんからの言葉で僕は、喉にお茶を詰まらせ、

「ブーーーーーー」

盛大に吹いた。

「これ、検査結果に、母子手帳」

と妊娠したことを完璧に照明された。

というか、人様の前でよくこんな話が出来たな。

僕はそう思って、木村家を見た。

だが、木村家両親は全く動揺していなかった。

というか、当然かのように僕たちを笑っていた。

「最近の高校生は面白い反応をするな」

「そうだね。私なんて、一目見ただけ妊婦だってわかったわ」

なんか、あっさりと僕たちの驚きを否定された。

大人はやっぱ尊敬するわ。‥‥‥いろんな意味で。

「だって、春樹君と並んでみれば一目瞭然」

僕の名前が出てきて驚いた。

「二人は身長が近い。だから、春樹君は母型の血が濃いのだろうね。だから、体型もそこそこ似てくるんだよ」

急に二人の説明が始まった。

「だから、春樹君。ちょっとお母さんと並んでみて」

そう言われ、僕は母さんの横に立つ。

「お母さん。悪いけど立ってもらえる。きつかったら良いけど」

「ああ、まだ大丈夫ですよ」

そう言って、母さんが僕の横に立った。

「二人をよく見てごらん。特に腰。女性は体が発達するに連れて、骨盤が広くなるの。それは赤ちゃんを出産しやすいようになるため。けど、お母さんの方は、大きく腰が広くなっている。

普通に考えて見ればおかしな感じだわ。考えられるのはただ一つ。お母さんは妊娠している」

「そういう事だ」

木村先輩のお母さんの説明の後、うんうんと隣で頷きながらお父さんは言った。

「まあ、これは慣れなんだけどね」

「慣れですか?」

仁先輩が話に食いつく。

「ええ、私は元看護士。総合病院で産婦人科がある病院だったから、見分けが着くようになったの」

「私は、警察だから、常に洞察力を働かせている。それくらいの判断は分かるさ」

さすがだ。

やっぱ、大人はこういうところがカッコいい。

どこの親と違って。あえて誰の親とは言わないが‥‥‥

「なんか、春樹からとげが飛んできたような気がするな」

「気のせいじゃない」

僕は図星を突かれ、冷静に誤魔化した。

僕はなんだかんだ言って、この現状を受け止めていることが出来ていた。

詩穂先輩は、そんなことを気にせず、口いっぱいに食べ物を詰め込んでいた。

坂本は呆れていて、仁先輩は、拓斗先輩と盛り上がっていて、木村先輩は、盛り上がる拓斗先輩たちの話に入り込んで楽しそうにしていた。唱は、耳まで赤くして僕を見ていた。

「どうした?」

「春樹は、ホモだったのね」

「まだその話、続いているのか⁉」

あまりの発言に素で驚いてしまった。

「違うの?」

「違う」

きっぱりと言い切った。

「そう、よかった」

僕は彼女から、よかったと言われたが、言っている意味が全く分からなかった。

「何がよかったんだ?」

「——ッ‼なんでも‥‥ない」

僕から目を逸らして、今も耳まで赤くなっていた。

僕は元の席に座って、食事の続けた。

「おい」

坂本が僕に声を掛けてきた。

「何だ?」

「あれを何とかしろ。重症だぞ」

そう言って、彼が入っている「あれ」を見た。

なんという事だ。詩織が完全に口から魂が抜けたように灰になりかけていた。

「詩織!大丈夫か!」

急いで詩織の元へ駆け込む。

「わたいに、おとうりょがでひたの」

言葉が揺れていてはっきりと喋れていない。

「安心しろ。妹の可能性もあるぞ」

現状に脳が追い付いていない詩織は、弟が生まれと勘違いをしていた。

とりあえず、詩織を速く寝かしたほうが良さそうだ。

僕は気力を失った詩織を抱き上げて、二階へ登り詩織の部屋に入った。

僕は詩織をベットに寝かして、そっと部屋を出た。

「天才に変態の話は無理だな」

なんて反省と呆れ混じりのため息をついた。

リビングに戻ると、未だに騒がしさは収まる気配はなかった。

「ああ、そういえば。警察から賞を渡すから、覚悟しておきな」

と木村先輩のお父さんから言われた。

木村先輩のお父さんは、少しお酒が入っていた。

ちなみに僕の父さんはデロデロによって、寝ていた。

「詩織は大丈夫だった?」

「今はダメだ。明日になれば、大丈夫だと思うよ」

詩織を心配する母さん。

「そうだといいけどね」

「そんなに心配なら、明日、しっかり話をしたら」

母さんも少し反省をしているようで、何となくそう言った。

悪い報告ではないが、タイミングが悪いせいで、良い報告とは言えないだろう。

それは母さんも分かっているはずだ。

それを理解している母さんを詩織も知っている。

なら、話は簡単。二人で話し合えばすべてが解決する。

それしか、僕の役目はない。

「さて、アニメの仕上げをするよ!」

詩穂先輩が急に立ち上がって、斜め前に指を指す。

僕たちから見れば、どこを指しているのかまったくわからない。

先輩は一人で二階へ登っていった。

僕と仁先輩はその後をゆっくり追った。

「元気のいいやつだな」

「そうですね」

仁先輩は詩穂先輩に呆れているのだが、どこか感心しているように見えた。

「仁先輩は、詩穂先輩をどう思います?」

「なんか、それ前にも聞かれた気がするのだが」

「そうでしたっけ?」

僕の中では全く覚えはない。

「俺の勘違いかな」

「それより、質問に答えてください」

誤魔化して逃げようとしていた仁先輩は僕は逃さなかった。

「まあ、簡単に言えば、近くにいるのに、遠くにいる存在。俺の隣にいるのは、詩穂であって、詩穂ではない。

つまり、憧れみたいなものだと考えてくれ」

そう言った仁先輩だが、僕には憎い存在のように思っている仁先輩がいるように見えた。

本当に謎だらけの先輩だ。

「じーん、後輩君!早く~」

二階から詩穂先輩の声が聞こえた。

詩穂先輩は何でも仁先輩が一番なんだ。それはさっき僕たちを呼んだ時に分かった。


「つ、つかれた‥‥‥」

現在の時刻は深夜二時三八分。今まで詩穂先輩のアニメの声をやらされていた。

それが数分前にやっと終わったのだ。

「おやおや、お疲れだね。春樹君」

「なんで人が疲れているときに出てくるかな。智夏は」

「良いじゃない」

「よくない」

「えー、冷たいなー、春樹君は」

「僕はいたって平熱の三六・七度だよ」

「よく分からない返答だね」

「だな」

白いワンピースをひらひら揺らしながら僕の部屋を歩き回る智夏。今も謎の少女のままだ。まあ、僕がただ知ろうとしないだけだから、彼女は悪くない。

「それより、地域清掃には参加するの?」

「するって言わなかった?」

「言ってたかな?」

「言ったよ」

「そうだったかな。まあ、いいや」

「いや、よくないだろ」

体は疲れているのに、楽になっていくのを感じる。

彼女との会話は良く弾む。それも謎だ。

「それより、何しにここ来たんだ?」

「理由は必要?」

なんか、この前会った時もこんな会話をしたはず。

「いや、別にいいや」

「だよね」

と嬉しそうに僕が寝ているベットに座った。

「一つ聞いていい?」

「何ですか?」

「智夏は子供産めるの?」

沈黙が流れた。まあ、こうなって当然だ。

男子から子供産める?なんて聞かれて動揺しないはずがない。

「な、な、なな、な、何を聞いているんですか」

「いや、智夏は人間とは言えない存在。まあ、幽霊みたいなものと僕は解釈しているのだが、幽霊は子供産めるのかなって、思って」

「ああ、なるほど」

急に落ち着きを取り戻した。

「私は幽霊ではありません。だから、子供を産むことはできますよ」

「真剣な目で言われるとなんか気持ち悪い」

「質問に答えさせておいて、その反応⁉」

また、沈黙が流れた。

「性欲でも芽生えました?」

「んなバカな事があるのか」

「とか言っちゃって。本当は私としたいんですか?」

「今すぐ消えろ」

「ご、ごめんなさい。調子に乗りました」

また沈黙が流れた。

これでなっ回目だろうか。

だが、この沈黙の間は気まずいとは思わなかった。

「これから、気を付けてね」

「それは、どういう――」

彼女の姿はもう消えていた。

何もかも唐突すぎる。

「春樹」

「うおっ!」

急に声を掛けられて、背筋が伸びた。

「なんだ、唱か。どうした?」

「何にもない」

「え?ならなんでここに?」

「特に理由はないわ」

「そうですか」

彼女もいたって謎の人種だ。

彼女の頭を割ってみてみたい。

「僕は、寝ていいの?」

「うん」

「そうか」

僕はそれからの記憶は全くない。

僕は深い深い眠りにつき、明日のためをエネルギーの充電をした。

今回の事件は、修正部に怪我人は出なかった。

それはただ、運がよかっただけかもしれない。

怪我人をだすことは許されない事だ。大きな事件に巻き込まれての上ならば、余計にダメだ。

僕たちが怪我をすれば、責任は全て先生が負う事になる。

それだけは、避けなければならない。

しばらくは、おとなしくしておこう。

僕たちは、高校生なのだから‥‥‥







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