第8話

「う‥‥‥うぅ‥‥‥」

「うぅぅ‥‥‥」

僕は目を擦る。一睡もしてないせいで、寝不足だ。

お陰さまで、目の下にはクッキリとクマができている。

それは仁先輩も同じようだ。

「二人して、大丈夫?」

「元気がなんてらしくないぞ!」

「辛そうね」

まともに心配してくれているのは高橋先生だけだった。

だが、天然に心配されるってなんか、胸が痛い。

「でも、春樹は元気そうね。てっきり、死んでいたかと思っていたわ」

僕は唱の中でどういう風に死んでいるのだろうか。

「人間は心臓が止まるか、血が無くなったりしない限り死にはしないけど、僕はどうして、死んでいたんだ?」

僕は右隣にいる唱に尋ねる。

「人は、大きな感情を感じた時、治らない傷を負って、死んでしまう。春樹はそうなった」

言っていることは微妙に合っている気がするけど、間違っていると思う。

「僕は、そんな簡単に死なない。わかったな」

「うん、知っている。春樹は強い」

彼女の透き通る瞳に僕は、妙に心臓が跳ねる。

そして、鼓動が少し速くなった気がする。胸に手を当てて確かめたところ、全く変化がしていなかった。むしろ、いつもより遅い方だ。

睡魔が原因なんだろう。

––––辛い。一時間目は確か

「私の授業は寝ないでね。吉田くん」

「はい」

高橋先生の授業だった。

この前、ダンスとかの練習で疲れていて、先生の授業で思いっきり、爆睡してしまったのだ。

そして、先生はチョークを投げられた。ではなく、iPadのペンを投げてきた。

そして、僕の頭に直撃。もちろん、先の鋭い方だ。

お陰さまで、先生の授業で寝ることにトラウマを覚えてしまった。

というか、ほとんどの学校はチョークがないだろ。

科学技術が発達している今、黒板は電子化しているだろう。

時代の差を感じる。

「そういえば、太助後輩はまだ、学校に来てないのか?そろそろ、行くとか言ってなかったけ?」

「俺の存在はそこまで薄いのか?」

この時間帯では聞き慣れない声がする。

修正部の一番後ろに一緒に歩いている坂本太助。

僕より身長は高く、引きこもりのせいか、髪は少し長めだ。

iPadから全く目を離そうとしない。

久しぶりに彼の姿を見た。

「厄介な事件も終わったから、ちょうど良い機会だから、今日から登校する」

「そうか」

僕は彼を見ながら言った。僕は彼をじっと見る。

全く目を合わせさせてくれない彼。

僕は彼を頭から足まで見通した。彼が岸高の制服を着ているとどこか新鮮さが増す。

それより

「カバン、軽そうだな。置き勉していないのに何でだ?逆に何がはいっているんだ?」

僕は彼のカバンをさす。みんなは彼のカバンに注目する。

「僕は、重たいものを持つのは苦手だ。だから」

彼はiPadを持っていない方の手の人差し指で上をさした。

修正部一同、同時にゆっくり上を見る。

嫌になるくらい快晴で、春にしては暑すぎる気温。

そして、僕たちの一M高くに機会が浮いていた。

その機会は、坂本の教科書を持っていた。

ドローンのようなもので、でも形はだいぶ違う。

さすがプログラマー。機会を信じ切っている。

「坂本君、学校に不用物を持ってきてはダメよ」

「どこが不用物なのだ?あれが不用物と言うことは、俺はあなたの授業を受けなくて良いと言うことだな」

「え?」

戸惑い始めた先生。生徒と教師の争いの幕がたった今上がった。

「授業受けなくても、成績は良くつけてくれるのか。それはそれは、嬉しいことだ。これからは、遠慮なく仕事をさせてもらう。もちろん今日からしっか––––

「ご、ご、ご、ごごごごごめんなさい。私が悪かったです」

「K.O 勝者、坂本太助!」

一人で盛り上がっている志穂先輩。楽しそうで何よりだ。

「ねぇねぇ、仁はどこに行きたい?」

と話を急に変える志穂先輩。志穂先輩はいつも行動や言動が唐突すぎて追いつけないことがほとんどだ。

多分、今回の話は修学旅行の話だろう。

二人は、まだまだ先の話で盛り上がっている。

そんなこんなで、学校に到着。

その時、唱が転びかけた。

「見た?」

「何を?」

「何かあったか?」

「何も見てないよ。私、霊感ないですし」

「霊など、そんなものが存在するわけない」

「唱さん、どうかしたんですか?」

「ううん、何でもない」

なるほど、僕以外、あの瞬間を目撃していないのか。

それにしても、何にもないところで––––

不意に足元に違和感を感じた。

僕は自分が今踏んでいる足を退けた。

そこには、地面に窪みがあった。少し大きめの穴。長さは一〇㎝くらいだ。

確か、彼女がさっき転けかけたところがここだった。彼女はこの穴につまずいたのだろう。

それにしても、変な形だな。動物のあしあとみたいだ。

「そういえば、昨日の雨すごかったね」

「え、昨日雨降ってましたっけ?」

「降っていたよ。後輩君、起きていたのに気づかなかったの?」

「はい、全く」

確かに辺りを見渡すと水溜りや、湿ったコンクリートが所々ある。

雨が降ったのは本当だと言うのがわかる。

てことは、この後は、雨が降っている時、又は雨が止んだ後の数時間までにできた。止んだ後だと、穴の形はしっかりしているだろう。

だが、この穴は、形が崩れている。

この事から、この穴は、雨が降ってる時にできたもの。

今思ったが、なぜ僕は、こんな事を考えているのだろうか。

寝不足が原因だろう。速く寝たい。

「あれ、何かあったのかな?」

志穂先輩が人混みを見つける。六十人程度の男女が集まっている。

「見に行ってみよ」

先輩の後をみんなが追って、人混み近く。

人混みに近づくに連れて、皆が何に騒いでいるのかわかってくる。

可愛い、すごい、本物だなど、みんなが口々に言っている。

聞いた感じ動物かなのかだろう。

まさかとは思わないが、僕のペットじゃないだろうか。

「あれって、クマじゃない?」

「いや、犬だろ。こんなところにクマがいたら、みんな襲われてるぞ」

「見た感じ、赤ちゃんだね」

志穂先輩に完全に無視されていた仁先輩。

僕は身長が低いので前へ前へ進む。

前に行くとほとんどの人がスマホを手にして、写真や動画を撮っている。

「春樹後輩!結局何の動物なんだ?」

後ろの方から仁先輩の声がする。

僕はやっとその動物を目にすることができた。

クリクリとした大きな目。丸く小さな耳。全身茶色の毛。体長、八〇cmくらい。

「クマの子どもだ‥‥‥」

まずい気がする。子供クマがここにいるってことは、親のクマもいるかもしれない。

岸高の校舎裏は山だ。山から降りて来たのなら危険だ。

そういえば、唱が転けたところに穴があった。クマの足の大きさが丁度だし、足に土が付いている。

「はいはい、皆さん。そこまで。教室に入りなさい」

高橋先生が集まっていた生徒に指示を出す。

だが、先生の声は誰も聞かなかった。

「もしかしたら、親が山から降りて来ているかもしれない。校舎に避難してください」

僕は小熊の前に立ってこの場にいる全員に言った。

「別に良いじゃねえか」

「そうだ、ちょっと知識が豊富なだけで、調子乗るな」

そうだ、そうだ!と皆が口々に言う。

僕の言葉を聞いたのか、先生の言葉を聞いたのかは分からないが、数人校舎に入ってくが、ほとんどがまだ、小熊の前にいる。

僕が黙っていると、注目は、いや、標的は僕になって、散々言われた。

はっきり言って、全員が一斉に言うから、何も聞き取れない。

「分かった」

僕は響く声でそう言って、続けて

「死にたい奴は、とっとと死ね」

僕はその場にいた全員に言った。

「吉田君の言っている事は正しいと思うよ」

山本が人混みの中から声を出す。皆が山本に注目する。

「そうだぜ、吉田の言う事は聞いておいた方がいいぜ」

大地が山本に続いて言った。

「小谷君の言う通り。それに、そのクマだって、嫌がっているかもしれないでしょ?」

先生も続けて言った。

仕方がない見たいの顔をして、パラパラ人が減っていく。

けど、、まだたくさんの人がいる。

「つまり、自己責任って事だよな。ならここにいても良いって事だろ」

一人の男子生徒の言葉で、惑わされる人が続出。

すごくバカな奴だ。

何で、人が優しく忠告しているのに、言う事を聞かないかなぁ。

「それに小熊だから大丈夫だって」

こいつ人の話を待った聞いていなかったな。

親がいるかもしれないから、校舎に入れって、僕は言ったぞ。

頭、おかしいのか?いや、確実におかしいな。

「そうそう、別に何にも起きねえって」

「––––ッ‼︎おい、触るな!」

もう一人の別の男子生徒が、小熊の頭を撫でようとした。

僕が声をかけた時には遅かった。

小熊は、襲われると思い、彼の手を思いっきり引っかいた。

「いっって!何するんだ!ああ!」

彼に手からは地面に何滴も落ちるほど、出血している。

「おい、そんなに大声で怒鳴ったら––––

「クーーン、クーン、クーンクーン」

小熊が急に鳴き始めた。

何度も何度も鳴く。

一見、可愛味があって甘え鳴きに聞こえるが全く正反対。

親を呼ぶ泣き声だ。

「全員、校舎に逃げろ!クマが来た!」

と仁先輩が校門の方を指す。こうもんから、クマが四足歩行で走ってくる。

わざわざ校門から入ってくるなんて‥‥‥お疲れ様です。

クマの姿が見えた瞬間、ほとんどの生徒が校舎へ走って逃げた。

だが、まさかの事態に足がすくんだのか、逃げようとしない人が一人。

まさかの山本だ。いや、まさかではないか。山本はこの事態になる事が怖くてみんなに声をかけていたのか。

「山本!」

山本に気がついたのか大地が走って戻ってくる。彼が来ても間に合わない。

「大地はくるな!さっさと逃げろ」

大地は足を止めて、しばらく動かなかった。

大地は逃げる事をやめて、僕の元へ走ってくる。

僕の元に着いたときは、クマはすぐ目の前だ。後数秒すれば僕を襲いにかかるだろう。

「策があるんだろ。それとお前はあっち」

と大地がさしたのは唱だった。あいつにしては珍しい。

「唱、こっちだ」

僕の声は彼女には全く聞こえていなかった。

僕は急いで彼女の元へ走る。

足に力をため、曲がっている膝を、ためた力を爆発させるように走った。

そして、僕は彼女を右手で抱いて左手を親熊に向けて

"止まれ"

そうクマに言った。

クマは走る勢いを弱めて、僕の前で止まった。

「大地、今のうちに」

"私の子に何してる"

親熊からそう言われた。

"すまない。岸高の生徒が悪い事をした。本当にすまない"

"そうか。見た感じ怪我は無さそうだから許す。それに、こちらにも責任がある。すまない"

"これで、お互い様だな"

そうして、親子のクマたちはちゃんと校門から出て行って、山へ帰っていった。

何か、久しぶりに動物と話した気がする。

「大丈夫か?」

僕は今も抱きしめている唱に聞く。

「いろいろな意味で死にそう」

「そうか」

いろいろが気になるが、聞かない方が良さそうだ。

「ちびってないか?」

「大丈夫。それと、変なこと聞かないで」

そして、しばらく沈黙が流れた。

「おーい!大丈夫か」

その声に反応して、何故か彼女から距離を少し取った。

「何とかなったみたいだな」

大地が僕に聞く。

「ああ、何とかな」

僕はそう言い返す。ただでさえ寝不足なのに、動物と話したせいで、体力の消耗が激しい。

「ちびってないか?」

大地が唱に、僕と同じ事を聞く。

「してない」

即答する彼女。大地がそんな事を聞くって事は

「山本、やったか?」

僕が大地に聞くと

「ああ、完全に。というかあれは仕方がないって、って、誰にも言うなよ」

「分かっているよ」

本当にな、絶対に言うなよ。絶対だぞ。と何度も念を押してくる大地。

「吉田君〜、大丈夫?」

高橋先生が長い髪を揺らしながら、走ってくる。ああ、上半身は何の揺れもない。

だが、そんな先生に惚れている人が一人。

まさか大地が年上好きとは意外だ。しかも、その相手が先生なんて凄い組み合わせになりそう。

だが、そんな気持ちに全く気がつく気配すらない先生だ。

「ん⁉︎ぎゃ」

先生は何もない平坦な道でつまずいて転けた。

その転けかたはまるで

「唱と同じような転け方をしてるし」

そう呟いた瞬間、視線を感じた。

視線は彼女からのものだった。

「見てたの?」

彼女には似合わないキョトンとした顔で僕を見ている。

「見ていないとは一言も言っていない」

「バカ‥‥‥」

彼女は頬を赤く染めた。だが、それを誤魔化すかのように頬を膨らました。

「大丈夫ですか?」

「ありがとう。小谷君」

先生は小谷の手を取って立ち上がった。

「少し汚れてますよ」

と小谷が先生の服をパンパンとはたき、汚れを落とした。

こんな分かりやすいアピールは初めて見た。

それを全く気がつかない人も初めて見た。

「吉田君、大丈夫ですか?」

「はい。先生はちびってないですか?」

「私は教師です。それとそんな事は聞いてはダメですよ」

冗談のつもりなのに、怒られてしまった。確かに、聞いている事はよくない事なのは分かっている。

でも、なんとなく聞きたくなってしまう。

「先生、寝たいです」

「ダメと言いたいけど、その様子じゃ、逆に休みなさいと言わなければなりません。保健室まで一緒に行きます。二人は教室に行ってね」

二人は自分の教室へと向かっていった。

僕と先生は保健室に向かった。

「先生は恋に興味ありますか?」

僕は沈黙が流れる中、さっきの光景を見ていると聞きたくなる。

「もちもちろんろん」

「時代の差を感じます」

今時、もちもちろんろんとか、最&高だとかそんな感じの事を言う人は少ないぞ。

母さんが僕が小学四年生くらいの時に言っていたのを思い出した。その時に初めて僕はその単語を知った。

「とても傷つきます」

「保健室まで、後少しですよ」

と適当に返事をする。

「逆に聞きますけど、吉田君は恋とかに興味あるの?」

「感情がないので、わかりません」

先生の質問に僕は即答する。

「吉田君、私は興味があるかないかを聞いています」

言われてみれば、さっきの返答は間違っているな。

「興味はあります。恋愛小説のネタになるので」

「吉田君自身は恋をしたいと思わないの?」

次から次へと質問を重ねる先生。

「好意を知らない僕は、恋をしたくないです」

僕はそう言った。感情がない僕には、当然、好意を知らない。

好意も知らない人間が誰かと恋をするのは間違っている。

それはあってはならないものなのだ。

「先生は早く結婚しないといけませんよ」

「結婚どころか、彼氏すらいないよ」

と落ち込む先生。

そんな話をしているうちに保健室に到着した。

「失礼します」

僕は保健室のドアを開けて入った。

「あらあら、吉田君じゃない。今日もサボり?」

この先生は口が軽すぎる。

「吉田君、何回ここでサボりましたか?」

「一週間に一回程度。酷い時は三回です」

「確か、今週は初めてね」

保険の先生が記録用紙を見ていった。

「そりゃあ、今日が月曜日ですからね」

僕が軽くツッコミを入れる。

「あ、そうだったわ」

この天然バカの先生は、岸本澄恵先生、二八歳。大型IT企業で働く旦那さんと二人暮らしをしている。

天然の度は高橋先生と良い争いをしている。

「今日は、ベットで寝させてあげてくれますか」

「そのつもりだよ。そんな顔色じゃ、授業を真面に受けれないでしょ」

「ありがとうございます」

そう言って、僕は保健室の奥へと向かう。

保健室には何人かいるのが見ればわかる。

椅子に座っている人は怪我をしたのだろうか。

「あ‥‥‥」

僕はその人が誰かわかった時に不意に声を漏らしらしてしまった。

「テメェのせいでこんな怪我したんだぞ。責任とれよ!」

いつの時代のDOQだよ。

というか

「知りませんよ。僕には関係ありません」

僕は彼に言い返した。面倒くさい。早く寝かしてくれ。

「テメェなめてんのか!」

僕の胸ぐらを掴む彼。僕は動じず、彼から目を逸らずさじっと見た。

『小谷君の言う通り。それに、そのクマだって、嫌がっているかもしれないでしょ?』

僕のスマホからあの時の会話が流れる。

『つまり、自己責任って事だよな。ならここにいても良いって事だろ』

『そうそう、別に何にも起きねえって』

『––––ッ‼︎おい、触るな!』

『いっって!何するんだ!ああ!』

そして、僕はそこでスマホをタップして、録音を止めた。

「僕には関係ありません」

もう一度彼にそう言った。

彼は悔しそうな顔で、僕の胸ぐらから手を離した。

「チッ」

彼は舌打ちだけして行って保健室を出て行こうとした。

「自業自得の怪我を手当てしてくれた人に何も言わずに出て行くんですか?」

僕は彼に言う。彼は僕の言葉で足を止める。

「飛んだクズだな」

最後に一言、彼にぶつけてやった。

「ありがとうございました」

「はい、お大事に」

空気の読めない返事をする岸本先生。

そう言う所は、天然はすごいと思う。とても尊敬する。

「では、僕は寝させてもらいます」

「はい、ゆっくりしてね」

僕はベットに横になって数秒もせずに夢の世界へ飛び込んだ。


「いや〜、大変だったね」

白いワンピースに長い髪を揺らす彼女。

「人の夢に毎回出てくるのやめてくれないかな」

「却下します」

即答された。

「ねえ、君は今、どうなりたい?」

「唐突だな」

「まあね。それでどうなの?」

僕はしばらく考え込む。何も出てこない。どうなりたいと言われても分からない。自分の未来など予知できないのに、何になりたいだなんて、無茶だ。

いや、それが僕の答えなのだろう。

「なんでもいいと思う」

「未定なんだ」

「そうだな。僕は何かになれたらそれでいい。一人の人として生きていればそれでいいと思うよ」

僕は彼女目を合わせて行った。

唱に似ている透き通った目。小顔で茶髪のロングヘアー。

「君は僕の親戚かい?」

「そうとも言う」

「珍しく答えてくれるんだ」

僕は彼女が僕の質問に答えてくれる事に驚いた。

これを機に、彼女の事について知ることができるかもしれない。

「私の事を詮索するのは良くないよ」

僕が考えている事を完全に見透かさされている。

「なぜ僕は君の事を知ったらダメなんだ?」

彼女に詮索をするなと言われて、素直に「はい、詮索しません」なんて言えない。

詮索してはいけない訳がある。

その訳だけ、僕は知りたい。

「そりゃあ、私のためでもあり、春樹君のためでもある」

大雑多すぎだが、何となく納得はできる。

世の中には知らない方が良い事がある。

僕にとって知らない方が良い事が、彼女の事なのだ。

ここは大人しく彼女の言う事を聞いておく。納得もしたし。

「それで、今度は何しに僕の前に来たの?」

彼女は僕の前に姿を見せるのは、僕が困ったとき、僕の身に何かあるかもしれないとき、などに、何ならかの訳があった。

「理由なんている?」

首を傾げて言った彼女。可愛らしい仕草なのは分かるのだが、僕の心は全く動じなかった。

「本当に冷たいねぇ」

僕の反応を見て、彼女は不満げの顔をして僕を見る。

「春樹君のあだ名は、ドライアイスだね」

「そのあだ名は初めてだな。悪くないが、僕は気体でもないし、人を死に追い込む力もないよ」

「なんで、そういう考えになるかなぁ」

僕の言っている事は間違っていない。ドライアイスは二酸化炭素を固体化、つまり凍らした物体だ。

それと、実際に、ドライアイスで死の寸前まで、追い込まれた事故が起きたことがあった。

そんな数年前の事故を思い出す。

「冗談が通じない人だね」

「冗談で傷つく人が出るし、常に冗談しか言わない人たちに囲まれていつから、仕方がない」

「それもそうだね」

彼女はあはははと僕をバカにして笑っていた。

「じゃあ、本題に入ろう」

彼女は笑うのをやめて真面目に話を始めた。切り替えはすごい。

「しばらく大きな事件は起きないと思うよ」

「君は未来から来たのか?」

「どうだろうね」

彼女は僕の質問を誤魔化した。余計な詮索はやめておこう。

「それで、地域掃除に参加するといいよ」

「意味が分からない」

「何が?」

首を傾げる彼女。

「しばらく事件が起きないのは分かった。でもなぜ、地域清掃に参加する話になる」

「それは知らない」

それは無責任にもほどがある。なぜそんなっ事に参加しなければならない。

いや参加するけど。暇だから参加しますよ。毎回、地域清掃には参加してるよ。参加賞の飲み物が、僕の目的だ。

たかが、地域清掃に参加するだけで、飲み物をもらう事が出来る事は、凄い得だと僕は思う。

「つまり、何かしらの意味があるっていうことか?」

「そゆこと」

その言い方だと彼女は、過去から来た人になる。

その単語は今も使われている事は使われているが、最近はあまり聞かない。

「そういえば、君の名前は?」

「今それ聞きますか⁉」

「聞きます」

僕は即答する。今まで彼女の事を君と呼んでいた。

彼女とは何回も話をしている。謎の少女なのは良いのだが、名前が無いといろいろと不便なのだ。

「じゃあ、春樹君が、もし誰かと結婚して、女の子が生まれた時、何て名前にする?」

また、変な質問をしてくる彼女。将来子供につける名前は?なんて昔のプロフィール帳みたいな質問は、僕はあまり好きではない。

でも、女の子か‥‥‥何て名前にするだろうか。

「——智夏‥‥かな」

僕が彼女の質問に真剣に答える。

だが、彼女は何も言わなかった。彼女は驚いている表情の後、クスリと笑い、何も無かったように

「これからは、私は智夏です」

また、面倒くさいことにするな。でも、なんか嬉しい気もあるような気がすると思う。

感情が無いって、どこか不便だな。

だが、僕には彼女が何ていたようにも見えた。

極わずかに、目元が潤んでいるように見えた。だが、決して悲しそうではなかった。それどころか、嬉しそうにも見えた。

この事に関しては何も聞かない、いや、見なかったことにしよう。

「じゃあ、改めて、これからよろしく。智夏」

「なんか照れますね」

「間違えた。君、よろしく」

「え⁉酷い!」

「ふざけたのはどっちだ?」

「すいません」

彼女はしょんぶりをうつむく。

そんな彼女に僕は手を伸ばした。

彼女は僕が伸ばした手をゆっくりと握った。

「よろしく、智夏」

「よろしく、春樹君」


見覚えのない天井。ここはきっと保健室だろう。保健室の窓からは、夕日が差し込んでいる。僕は体を起こした。

「明日は晴れか」

夕日を見ながら僕はそう言った。

「すぅ‥‥ふぅ‥‥すぅ‥‥ふぅ」

「なんでここにいるんだ?」

僕の声を全く本人には聞こえていなかった。その本人と言うのは唱だった。その唱は椅子に座って寝息を立てていた。

僕はベットの下にある靴を取って履いた。

そして彼女の体を揺する。

「おい、起きろ」

「すぅ‥‥ん‥‥‥」

彼女は眠りの世界から帰ってきた。

「おはよう」

「そのセリフは、自分が起きていた時に使えるんだぞ」

つい、アニメやゲームのシチュエーションを想像してしまった。

だが、現実は厳しい。

「それより、部活」

確かに、この時間帯だとまだ部活に参加することができる。

なるべく、部活に参加するのが、部員の義務である。

「ああ、もちろん行くよ」

僕たち二人は、保健室を出て、部室へ向かった。

「春樹は今、欲しいものがある?」

突然の質問。

彼女の質問はいつも唐突すぎて答えるまでに時間がかかる。

「今は、特にないかな?」

「そう。じゃあ、好きな色は?」

「黒と赤と青」

何の質問だ?目的が全くわからない。そんなものを聞いて

「春樹は大不倫ね」

「人に質問に応えさせて、それはないだろ」

というか、色に不倫解かないだろ。

というか、本当に何なんだ?

「それより、春樹は欲なしね」

「逆に欲しいものがあったら、自分で努力して手に入れるよ。それが、一つの楽しみかな」

「感情が無いのに、楽しいの」

「痛いことを言うな。そうだよ。楽しいさ。たぶん」

彼女が余計な事を言うから、自信が無くなってきたじゃないか。

昔から、僕はこういう人種なんだから仕方がないだろ。

お金に厳しいお父さんに必死になって頑張った貰った、僕のアセト涙の結晶のお小遣いで買うものは、本当に嬉しくて楽しいのだ。今は分からないが。

「なら、お金が欲しいのね」

「それは違うな」

「難しいのね」

そこまで、難しいことを言った覚えは全くないのだが、そう思うのは僕だけだろうか。

彼女と話をしているうちに、部室に到着した。

「あ、春樹後輩。始まってるよ」

「何がです?」

久しぶりに顔を見た拓斗先輩。

拓斗先輩は重そうな段ボール箱を持ち運んでいた。

「久しぶりね。吉田君」

「あ、どうも。お久しぶりです。木村先輩」

木村先輩も、拓斗先輩と同じように段ボール箱を持って運んでいた。

それより

「この前、先生と勝負して勝っただろ。部室革命だ」

「あー!」

それは一大事だ。急いで手伝わないと。

僕は急いで荷物を置いて、積み重なっている段ボール箱を運ぶのを手伝った。

「かっくめい、かっくめい」

僕は鼻歌のようにリズムに合わせて言った。

ついに、あのボロ部室に革命が‥‥‥

そう思うと、心が躍る。

僕は綺麗好きで、ここの教室は全く掃除をされていないボロ部室。そんな部室に、長時間いるのは身が持たない。

「そういえば、二人は相変わらずですか?」

「ん?もちろん。毎週、デートだよ」

照れくさそうに言う木村先輩。

「噂に聞いたのと全然違う」

「当たり前だ」

「確かに、私たちすごく悪く言われているよね」

凄い噂が立っているのにすごくマイペースというか、まったく気にしない様子だ。

「でも、この前お父さんがあんな事っていたから、事実なんですよね」

「え⁉」「は⁉」

二人は声を合わせて驚いていた。

だが、二人の表情は全く違う。

拓斗先輩はすごく怒ってそうな顔で、木村先輩は、頬を赤く染めて、照れていた。

「だはははははは。事実だって。あははははははは。はら、はらいてぇ」

近くで話を聞いていた仁先輩がお腹を抱えて爆笑していた。

「じゃあ、休憩&恋バナにしよう!」

すごく楽しそうに盛り上がる詩穂先輩。

この様子だと、二人は本当の事を知っているようだ。

他に掃除をしていた、唱、詩織、坂本も休憩するために椅子に座る。

「ええっと、まず私たちが付き合ったのってつい最近なの」

「そうだったんですか⁉」

一番驚いている詩織。あの噂は一年のフロアにも響いているようだ。

「それでね、私が、大学生の男の人たちにナンパされ、断っても帰らせてくれないし、夜遅かったの。

その時、たまたま通りかかった拓斗が助けてくれたんだけど、それが暴力で争い始めて、警察沙汰になったの。その時、お父さんが担当になって、それで全て拓斗が悪いことになったの。

だから急いで私がお父さんを説得したの。一番の被害者が私だから、あっさり拓斗は罪は無くなったの。

それがきっかけで、私は拓斗が好きなっちゃって、告白したの」

なんとも、熱い話だ。酷い胸やけをしそうだ。それでも、そんな事があったとは、全く知らなかった。

だが、なぜその事件が、あんな変な噂になっているんだ?

「ちなみに、たっくんのどこが好きですか?」

大胆かつストレートな質問をする詩穂先輩。

「お、それ聞きたいね」

からかうような顔で、言う仁先輩はとても楽しそうだ。

「ええ、かっこいいところとか、優しいところとか、陰で頑張っているところとか」

「おー、いろいろ出てくるね。で、どうなんですか?」

「俺は、そんなつもりはねぇよ」

「おー、ってことは、素のたっくんが好きなんだね」

「うるさい!」

「この前は、階段から落ちそうになった時、拓斗が下になって怪我をしないですんだの。最近は、デートで、ネックレスをプレゼントしてくれて。そのお金は、こっそり、バイトしてためたお金なの」

「な、なんで知っているんだよ」

「えー、そんなお見通しだよ」

拓斗先輩は今までに見たことがないくらい、顔を真っ赤に染めてうつむいた。

「アツアツだね」

「あー、羨ましいくらいだ」

いや、二人も充分アツアツですよ。ただのカップルにしかみえない。何羨ましがっているんだ。

「じゃあ、たっくん。ひなっちに熱い一言」

ただでさえ真っ赤になっている顔が、さらに赤くなっている。

拓先輩の一言をすごく期待する木村先輩。

「お、俺は、陽那花が‥‥‥」

「私が~?」

拓斗先輩の顔を覗き込む木村先輩。

「陽那花を‥‥‥」

「私を~」

拓斗先輩を茶化すように言う木村先輩。

拓斗先輩の弱点は木村先輩なんだ。すごく顔が赤くて、すでに湯気が頭から出ている。

「一生、幸せにしてやる!」

おー、これは勢いに余って、凄いこと言ってしまった感じだ。

このシチュエーションが見れるなんて、僕の人生はすごい。

「おー、もう結婚することが決まっちゃっているよ」

「う、うるせぇ!」

「大胆だね~」

「お前は少し黙ってろ!」

拓斗先輩をからかう二人。

詩織と途中から話を聞いていた先生が顔を赤くしていた。

なんで話を聞いていた人が照れているんだよ。

僕は不意に唱が気になった。

こういう話をどういう風に聞いているか気になった。

隣に座っている唱は、詩織や先生よりかはましだが、少し頬が赤かった。

そして、僕と目が合ったとき、すぐに目を逸らされた。

僕、何かしただろうか‥‥‥。

それより、プロポ、じゃなくて、暑い一言を言われた張本人の反応は。と僕は木村先輩を見た。

「⁉‥‥‥」

僕は言葉を失った。

さっきまで拓斗先輩をからかっていた木村先輩は、顔を最大限に赤くして、湯気を大量に頭から出していた。

さっきまでも意気はどこに行ったのだろうか‥‥‥。

「それで、ひなっちの返事は?」

熱い一言なのに返事が存在する者なのか。

でも、あの一言は、返事が必要かもしれない。

僕は静かに木村先輩の返事を聞くことにした。

「わ、私なんかで、よけれ‥‥ば‥‥‥」

ここに岸高在籍生の新郎新婦が出来上がりました。

「今日は、結婚おめでとうパーティーだよ!」

先週も鍋だった気がするのだが、気のせいか?

「いいね。めでたい事があったら、鍋パーティー。修正部の恒例だな」

「初めて、高校生のプロポーズを見たよ」

「あ、じゃあ、ひなっちの両親も連れてこなくちゃ」

「そうだな。拓斗、しっかりしろよ」

「そうだよな。頭下げに行かないといけないよな」

拓斗先輩は、不安気味に緊張をし始めた。

「何言っているんだ。幸せにするんじゃないのか?」

本当に茶化すのが好きな仁先輩だ。

「ああ、や、やってやるよ!」

でも、今回は良い感じに使われたようだ。

「じゃあ、掃除をするか」

「そうですね。速くしないと汚いままですから」

そうして僕たちは、部室を再革命を始めた。



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