第7話

「‥‥‥ふあぁ」

僕はあくびをする。

今日は日曜日。時刻は午前八時。二度目の朝だ。

と言うと、僕はペットたちのご飯に朝五時に起床。

その後二度寝をして今に至っている。

昨日、修正部の反省会を開いて、深夜一時に解散、就寝になったため、今もすごく体が重い。瞼がまた閉じて、僕を長い長い睡眠へ行きそうになる。

僕は体を起こす。洗面所に行って顔を洗う。

顔を洗ったおかげで、目のピントがいつもどうりの状態になる。

そして、鏡で自分の顔を見る。

今日は、二度寝したせいか、いつも整っている髪が鳥の巣のように、もじゃもじゃになっていた。

僕は一回髪を濡らして、ドライヤーで乾かした。

「今日は良いこと、起きなさそうだ」

僕は自分の髪の毛の状態で何となく、嫌な予感がした。

そのまま、二階へと戻って、自室の机の上にある、PCに電源を入れる。

パスワードを入力して、僕のパソコンはホーム画面を開いた。

そして、あるところを二回連続クリック、また、クリック。それを数回繰り返す。

「またしても、修正部が解決。素晴らしい才能を持つものが現れる――か‥‥‥」

僕の背後から急に声がした。

「仁さん、いたんですね。おはようございます」

僕は振り返って仁先輩の顔をみる。

「おはようさん。春樹後輩」

いつもどうりの仁先輩。仁先輩は普段、今みたいに静かなのだが、ちょっとしたことでテンションは倍上に高くなる。

僕はまた、何回かマウスをクリック。

そして、キーボードを叩いた。

僕がキーボードを叩くと画面には、僕が打ったどうりに文字が並ぶ。

「ほう、ネット小説か‥‥‥」

「はい、やれる事は、出来るだけしようと思います」

僕は指を止めることなく仁先輩に言った。

「そっか、なら邪魔しちゃ悪いな。頑張れ」

「ありがとうございます」

僕がそういうと仁先輩は僕の部屋から出て行って、隣の部屋に向かって騒いでいた。

壁一枚しかないのでよく声が聞こえる。

昨日も僕の家に泊まっていた、長谷川さんと近藤さんをまたからかっているのが予想が付く。

僕はそんなことは気にせず、文字を並べるとだけに集中した。

僕は小説を書いているうちに父さんの事がよく分かる。

ただ文字を並べているだけの仕事。他人から見れば、そう見えて面白くなさそうだろう。だが、実際やってみれば案外楽しい。

自分が作るストーリーは、自分の中の物。文字で表現することによって、一つ、また一つと感情が芽生える。読む側の僕はいろいろな人が書いた小説にそう感じていたが、書く側も案外似ている感じもする。

本を読む僕は無意識のうちに口元がよく緩むそうだ。詩織からよく言われた。

だが、今は自分でも分かる。口元が緩んでいる事が。

それほど、凄いことなんだ小説を書くことは。

いや、小説だけではないだろう。坂本のようにプログラマーも一緒だ。

何かを作ることは、素晴らしいことなんだ。

未だに僕の指は止まらない。止まる気配すらない。

そして、その後僕はエンターキーを叩いて、やっと僕の指は止まった。

時刻は一二時二七分。何週間もかけて、やっと僕は今日の四時間以上の時間をかけて、僕の一つの作品を完成させた。

「できた」

僕は不意にそう言葉を零した。

だが、これで終わりではない。ここからが重要だ。

僕のこの作品は、完全にはまだ完成させていない。誤字脱字がどこかにあるかもしれない。矛盾するところがあるかもしれない。文章の内容が分からない、分かりにくいところもあるかもしれない。

そんな文をゼロにしてやっと作品は完成したと言えるだろう。

僕は一章から画面をしっかりと見た。

数十分経過して、二章を読み始める。

この時点で二〇もの誤字脱字などがあった。

そこから僕は推敲を何度も何度も繰り返し、完璧を目指して頑張って

「これで一〇周完了と」

時刻は三時を過ぎていた。

朝食も昼食も何も食べていないせいで僕のお腹は、合唱が始まった。

僕は立ち上がって、首を左右に曲げた。ポキポキと心地の良い音が僕の耳に届く。

同じく指もポキポキと鳴らす。

いろいろなところに何かが溜まっていた物が消えていくような快感だった。

晩御飯にしては速すぎなので僕は、ゼリー飲料を胃に送り込んだ。

その後、さっき完成した小説をファイルに保存して、そのファイルから小説をコピーをした。僕の机の横になる機会が起動して動き始める。

コピー機はなかなか止まりそうにないので、つい最近買った僕が個人的に好きな作家の新刊を読む。


気が付けば時刻は五時を過ぎていて、最初に手にした本から別の本に変わっていた。

コピー機も静かで電源が落ちていた。

コピーは終わったようだ。

僕はコピー機に残っている用紙を確認した。用紙は数十枚程度しか残っていなかった。僕は新しく用紙を追加する。

今のところ小説でやりがいを感じた事はない。

「春樹後輩、起きていたか」

「はい、起きています」

部屋のドアをノックする仁先輩。先輩は僕の部屋に入ってきて

「おはようさん」

「おはようございます」

僕は先輩の挨拶を丁寧に返す。

「ご飯出来てるぞ」

と仁先輩は親指を僕の部屋の出入り口を指す。

「わかりました」

僕はコピーした小説を持ってリビングに向かった。

今日は何もないので鍋ではなく、ごく普通の夕食だ

「その様子だと完成したみたいだな」

父さんが先に席についていた。

僕はいつもの席にすわって

「まあ、完成はした」

「そうか。この前、応募したコンテストの結果が出ているぞ」

父さんはそう言った。そういえば、少し前にもコンテストに作品を応募したことがあった。忘れていたと言うと嘘になる。気にしてしまうと、他の作品に悪影響が出てしまう。

その作品は、結構な自信がある。そこまで悪い結果ではないことを願う。

「その小説、あとで読んでいいか?」

父さんは僕に聞く。

「ああ、良いよ」

僕はもともと、父さんに見せるつもりでコピーしたのだ。

父さんは機械音痴ではないが、PCやスマホの文字を読むのが苦手な人なのだ。

僕はそれを知っているのでコピーをしたのだ。

「それじゃあ、みんな揃ったところで、

仁先輩がそう言った瞬間

「「「「「「いただきます(!)」」」」」」

席についていたみんなが手を合わせて言った。

「う~ん、お母さん、今日も最高だよ!」

詩穂先輩はすごい勢いで目の前に出されたものを口に運んでいく。

「さすが、春樹後輩のお母さん」

仁先輩もお母さんの料理を褒める。

「あらあら、ありがとね」

母さんは頬に手を当てて喜んでいた。

「春樹は母さんそっくりだからな」

いや、料理に遺伝子は関係ないだろう。努力次第というか慣れだと僕は思うのだが。

「確かに、俺の父さんは料理できないし、俺はその血が流れているのか」

なぜか、納得している仁先輩。

「私はお母さんが料理が出来るから、私はお母さんの血を引いているだね。逆に妹は全く料理ができないから、お父さんの血が濃いね」

詩穂先輩も納得してる。

「だから私は料理が下手のか」

詩織も納得している。

なるほど、今ここで納得した人は現実逃避をしているだけなのだろう。

「唱は料理できるよな。唱の両親はどっちが料理できるんだ」

「ううん」

と彼女は首を横に振る。

「え、唱後輩のご両親、両方料理できるの?」

仁先輩が聞き返す。

「ううん、二人とも料理は全くだわ」

おお、これは話の例外が出てきたな。

「じゃあ、誰の血を引いたのだろう?」

「メイドの井川だと思う」

「いや、それ血は引けないから!」

珍しく仁先輩がツッコむ。

それもそうだ。血の繋がりのない他人から、料理の血を引くのは不可能。つまり彼女の料理は、彼女の努力の結晶。

「私も最初はうまくいかなかったわ。鉄板を二つに爆発させてダメにしたことがあるわ」

なるほど、凄いことをしたな。

「それって、一つの鉄板に二つのコンロ使っただろ」

「そう。それとメイドにクッキーを上げたら――」

今度は、メイドさんが腹をこわしたのか?つまり彼女はメイドに毒味させたのだろう。

「二週間寝込んでたわ」

「よっぽど、最悪の物を作ったんだな」

僕は彼女を慰めるように、微妙に呆れながら言った。

「その代わり、お粥を作ってそれはとても上手くできたわ」

それはすごいな。

「二〇回くらい失敗したけど」

さっきの僕の感心を返して欲しい。

それでも、毒クッキーを作るから、そこまで上達するのはすごいことだと思っておこう。

「そこから、頑張ったわ」

一つ僕は思った。

「なぜ、料理の常識を知っているのに、社会の常識を知らないんだ?」

僕は彼女に尋ねる。彼女は首を傾げて

「そんなもの、必要ないって言われたわ」

彼女の常識のなさの現況は両親にあったとは。確かに親にそう言われると必要ないと考えてしまうかもしれない。

「私も母さんの血が少し欲しいな」

と落ち込む詩織。

母さんの血かあ。確かに母さんは料理は得意だが、確か父さんは

「父さんって料理できるよな」

僕が父さんに聞く。

僕の記憶には、父さんが料理をして、それを僕が食べた覚えがある。

「ああ、出来るぞ」

「——え⁉」

驚く詩織。詩織は父さんが料理をしているところは見たことがないのだろう。

「僕の記憶が正しかったら、詩織が風邪ひいて母さんが看病していて、父さんが僕の面倒を見てくれた気がする。その日は、昼はチャーハンを食べて、夜はハンバーグにポテトサラダ、白米だっただと思う」

「よくそんな事覚えているわね」

母さんが微笑みながら僕に聞く。

「多分だけど、僕が料理をするようになったの、その日の後からだと思う。父さんの料理する姿に憧れて頑張ったはず」

僕がそう言って、いつの間にか下の方をしていた僕は顔を上げる。

すると、目の前に座っている父さんが顔を赤くしていた。

「良かったわね、"お父さん"」

と母さんがいつもは口にしない単語を言う。普段「あなた」と父さんを呼ぶのに、しかも「お父さん」を強調している気がする。

母さんは父さんをからかっているのだろう。

「そういう事だから、みんな、Cooking depends on your efforts」

(そういう事だから、みんな、料理は努力次第なのよ)

母さんが言うとすごく説得力が増す。しかも英語で言われるから凄い。圧の波動がどこからか伝わってくる。

「でも、安心して。私も昔は全く料理はできなかったし、私が"お父さん"に胃袋を掴まれちゃって、だから、"やられたらやり返す。倍返しだ!"って思って頑張ったのよ」

きっかけは、意外と特殊だが、でも母さんらしいのだが

「何年前の名言なんだよ」

僕は母さんに言う。

「え、私が子供ときは流行ったのよ」

と言い返された。

現在、二〇四二年。僕は一七年前に生まれ、その半月前に母さんたちは結婚。母さんが生まれたのは‥‥‥確かにその時代は流行っていた気がする。

「失礼ですが、お母さんおいくつですか?」

仁先輩が聞く。

「お父さんと同じだよ」

と誤魔化した。

「ああ、確かにそういえば、生年月日が一緒だな」

「ええっと、何年だっけ?」

そういえば、詩織には歳を教えていなのだっけ?

「私は三二だ」

「「「え?」」」

三人の声が重なる。

「自称三二歳だよね」

「冗談だ。今年で三八だ」

簡単にいえば、僕は二人が二一歳の時に生まれてきた。

「お父さんいつプロポーズしたんですか?」

確かに、そこはとても気になるところだ。

僕はその情報は全くない。

「いつだろうね。一番最初は七歳かな」

あ、そういえば、四人はあの事を知らないのだ。

「オーマイガー」

英語ではなくカタカナで言う仁先輩。

「二人は幼馴染なんだよ。家が隣で時間も場所も同じところで生まれてきた、運命の二人。すごい奇跡だと僕は思うよ」

「そうなの。私たちは初めから繋がる運命だったのよ」

と楽しそうで照れている母さん。父さんも顔を赤くしている。

「はい、ストップ。イチャイチャは別の場所で、お願いします」

僕が二人に言うと、母さんが

「そうね、子供には刺激的すぎるから、行ってくるね」

「「「「「え?」」」」」

まさかの返答に僕も戸惑う。

そのうちに、二人は玄関に向かって言った。

「どこに行くの?」

僕は落ち着いて、聞く。

「春樹、私二か月後には妊婦だからよろしくね」

そう言って二人は出て行った。

「ホテルだな」(仁先輩)

「ホテルだね」(詩穂先輩)

「ホテルね」(唱)

「ホテルなの?」(詩織)

「もう、ダメだわ」(僕)

なんとも言えない状況に沈黙が流れる。

「皿洗いをしよう」

僕はそう言ってリビングへ戻った。

「私手伝うよ」

と後を追ってくるようにリビングに入ってくる詩穂先輩。

「詩織君、俺たちは二回に行こうか」

そう仁先輩は言って、二人は二階へ登っていった。

僕たちは黙々と皿を洗う。

「ねえ、後輩君。私はどうしたらいいのかな?」

詩穂先輩が手を止めて僕に聞く。

「言いたいことは分かりましたから、まず皿を洗い終えましょう」

僕はそう言って、早速(さそく)さと皿洗いを始めた。

そして、数分後。僕たちはリビングの机で向かい合って座った。

「で、何に悩んでいるんですか?」

僕はコップに入ったコーヒーを一口、喉に通した後、詩穂先輩に聞く。

「仁はどうしたら、見てくれるのかな?」

「それは、僕のバカ親夫婦を見ていて思ったことですか?」

僕は質問を質問で返答する。

「どうだろう。多分そうだろうなね」

詩穂先輩は静かに答える。

「なるほど。あの二人と、詩穂先輩たちと似ていると思って、焦ったわけですね」

詩穂先輩は頷く。

「焦っても仕方がないわ」

背後から声がした。

「い、いつの間に」

「さっきからずっとここにいたわ。リークのミルクあげているために」

「なんで、倒置法で言う?」

「島地方?」

「漢字が違う。文法の方の倒置法だ」

「それより、話に参加するわ」

彼女はリークにミルクを上げながら、椅子に座って話を聞こうとする。

「話を戻しますが、焦ったところで何も変わりませんよ。むしろ悪影響な事が起きると思います」

「そうだけど‥‥‥」

詩穂先輩は黙り込む。

「僕はよく分かりませんが、仁先輩の事は大丈夫だと思いますよ。ただ、詩穂先輩を傷つけたくなくて、自分の汚れを、詩穂先輩につけたくないだけだと思います。だから、仁先輩が汚れを落とした時、それこそ、詩穂先輩が自分で考えてするべきことをするべきなんですよ」

僕はそう言って、コーヒーを飲む。

「でも!‥‥‥それでも、知りたいよ」

詩穂先輩は涙目になる。いつ零れてもいいくらい涙はたまっていく。

「仁先輩の体をちゃんと見たことあります?」

僕は詩穂先輩に聞く。

「そんなの恥ずかしくて見ないよ」

この前は、僕たちが風呂に入っているときに堂々と入ってきたくせに何を言っているのだろうか。と思うけど実際は演技なんだ。

「仁先輩の体。痣が沢山あるんですよ」

「——え?」

驚く詩穂先輩。

「私は知っていたわ。この前、仁の脈計るときに、体の所々、脈が速くなっている。多分、怪我をしていたんだと思う」

唱はリークの様子を見ながら言った。

「その痣は、誰かに殴られてできたのも。その証拠に仁先輩の手の甲に殴った後がある。あの仁先輩が喧嘩なんてありえないかもしれないけど、仁先輩は本気で喧嘩をしている。詩穂先輩のために」

「私の‥‥‥ため?」

まだ、整理が出来ていない詩穂先輩。

「詩穂先輩が誰かの物になるのが怖くて、その人を潰す。それが仁先輩の恋愛です」

僕はまた、コーヒを口に入れる。

「詩穂は羨ましいわ」

「え?何が羨ましいの?」

「私には気になる人がいる。それが恋なのかは分からない。だけど、彼は大事なものを失っている。それが原因で私も私自身の感情が分からない。でも、仁は違う。何も失ってない、欠けていない。自分の思いに気が付くことが出来ることは、私は羨ましいわ」

「確かに」

「仁先輩を待ってあげましょう」

僕はそう言うと、詩穂先輩は勢いよく立ち上がる。

「ありがとう!後輩君、唱たん!おかげで元気が出たよ。私仁のとこ行ってくる」

そう言って、詩穂先輩は仁先輩のところへ行こうとリビングを出て行こうとしたとき、

「唱たんもDo you best!」(唱たんも頑張れ)

それだけ言って二階へ登っていった。

「何を頑張るんだ?」

「‥‥‥バカ」

僕の質問に答えてくれない彼女。それどころが機嫌が少し悪い気がする。

ああ、いいか。

「さて、風呂に入るか」

僕はそう言って、いつの間にか空っぽになったコップを持って、立ち上がった。

「お、春樹後輩。今から風呂?」

「はい」

僕と仁先輩は一緒にお風呂に向かって歩く。

「だいぶ落ち着いて来たな」

「そうですね。この前はどうなるかと思いましたが」

「あの後、山崎件は裁判で決まるけど、ネットを見た感じ、勝ち目はないだろ」

「なら、依頼は完了ですね」

そう話しながら、服を脱いでお風呂に入る。

「広いな」

「それ、毎日言う気ですか?」

「かもしれない」

そこから、沈黙が続く。 

湯船につかる僕たち。

「春樹後輩、余計な事を言ったな」

「はい、言いました」

僕は素直に仁先輩の質問に答える。

「春樹後輩は、俺はどう映ってる」

「汚れ切っているっていえば満足ですか?」

「どうだろうな」

また、沈黙が流れる。だが、僕はなんとも思わない。

「今の仁先輩は、本当に仁さんではないと思います」

「それはどういう事だ」

「仁さんは嘘つきです。嘘の塊です」

「酷いな」

「自分の感情を正直に思わない嘘つきです」

仁先輩は僕を見る。

「自分の感情に嘘をつき、詩穂先輩を奪うのではなく、守ってばかり。それは仁さんの形をした、嘘像の仁先輩。僕は必死になって、奪うのが仁さんだと思います。何事にもそうです。詩穂先輩のこと以外は必死なって、逆なんですよ、仁さんは。詩穂先輩の事で必死になってください。他の事は時々で良いです。僕が頑張りますから。

必死な仁さんが、詩穂先輩の仁さんです」

真面目に最後まで聞いていた仁先輩。少し微笑んで僕を見つめる。

「ところで、俺の前だけ、「仁さん」って呼ぶのやめようか」

「盗み聞きとは、よくないですよ」

「けど、俺がいないところで、「仁先輩」はよしてくれ」

「そもそも、「仁さん」と呼ぶのが間違っているんですよ」

「そうかもしれないが、俺は先輩呼ばわりは好きではない」

「わかりました。仁先輩」

「ついに俺の前でも、先輩呼びとはいい度胸だな」

「言い分けるのが面倒くさいんですよ」

そこから、しばらくお風呂で討論が続いた。

結局、僕の頑固さが勝ち、これから心置きなく仁先輩と呼ぶことが出来る。

「そういえば、これからどうする?ドラマのように、何回も事件が続くとは思えないし」

「そうであって欲しいです」

僕は心配交じりのため息をついた。

そんな僕を見て仁先輩はケタケタと笑っている。

「そういえば、結果はみた?」

話を変える仁先輩。

「まだ、です」

僕は逃げているのかもしれない。結果は良くても悪くても、どちらでもいいのだ。ただ、そこに何かを感じ取ることが出来るのか、それが才能の種子であって欲しいから、そうでない事が怖いのだ。

僕には感情が分からない。とはいえ、全ての感情がない訳ではないから多少は感じる事がある。

でもないないと、今のこの気持ちは存在しないだろう。

小さいときに大切なものを失った圭介。その圭介はもういない。

僕は僕で、圭介ではない。感情はどこかにある。

感情がないからこそ、僕は前に進むのだ。

そのために今、僕がすべきことは――

「先、上がります」

「おう」

僕は勢いよく立ち上がって、お風呂を出た。

僕の体には重力に耐えられず床へ落ちていく水滴が筋を走っていく。

体はじめじめしていた。そんな体をタオルでしっかり拭き、さっぱりさせた。

僕は部屋着を着て、タオルを首に回して二階の自室に戻った。

いつも使ている椅子に腰を掛ける。

PCに電源を入れた。

すぐにホーム画面が現れた。

そして検索欄に『〇〇〇〇〇大賞 結果』とキーボードを叩き入力した。

そして、右手でマウスを持ち、検索ボタンを押す。

そして、沢山のサイトが表示され、僕はマウスを『〇〇〇〇〇大賞 結果発表』と書かれた文字ところまで矢印を運んだ。

僕はPCの画面を見た。緊張をして僕は唾をゴクッと飲み込んだ。

そして、カチカチッとダブルクリックをする。

『〇〇〇〇〇大賞 小説部門 結果発表!』

とでかでかと書かれてあった。

僕は『吉田ハルキ』の文字を探す。これが僕のペンネームだ。ほぼ本名だが、気にすことはないだろう、と、父さんに言われたので、何も気にしてない。

沢山の受賞者のペンネームが表示され、どんどん下へ下へ画面は下りていく。

とはいえ、緊張しているせいか、画面はゆっくり動く。

「——⁉」

僕の名前は‥‥‥無かった――。

何度も何度も見直した。だけどいくら探しても僕のペンネームは画面に書かれていなかった。

しばらく調べ続けると、僕は二次審査までは通っていたのだが、三次審査で落選。

二次審査まで通ったので、編集者からの評価が記された表があった。


ストーリー:B+、キャラクター:C、設定:B、オリジナリティ:B+、

文章力:B-、総合:B


僕の小説の評価にはそう記されていた。

僕はいつの間にか床に膝立ちしていた。

体が震える。ギシギシ体が悲鳴を上げる。体がなぜか痛い。

息が荒くなる。

僕は額を頭につけて、何度も軽く打ち付ける。

僕の心は大声で叫んでいる。

―—そうか‥‥‥これが『悔しい』なのかもしれない。その証拠に、この小説を書いているときの僕は全力だった。

何度も修正して、読み直して、また修正して、そんな事をい週間くらい、本気で繰り返した。

だから、僕の心は痛くて痛くて、叫んでいるんだ。体が引き千切れそうな痛み。

僕の目から涙が溢れてきそうなのに、全く溢れそうにない。

それもそのはず、この事に、ほっとしている僕がいるから。

―—よかった。

そう心の中でつぶやく。

これが僕の才能の種子なんだと実感できた。

この悔しさは誰のものでもない、僕の物なのだ。僕しか知らない悔しさ。

これは、僕の大切な感情だ。

いつまでもうずくまっても仕方がない。

新しいものを作ろう。

今の僕に足りないものを、伸ばさないと。

欠点があれば、その欠点を片っ端から潰す。

今の僕には、キャラクターと文章力が欠けている。そこは、試行錯誤でやっていかないといけない。

幸い、ここにはプロがいる。学ぶ方法など、幾らでもある。

「よし!」

僕は自分の頬を叩いて気合を入れる。

椅子に座り、キーボードを叩いた。いつもとは違う感覚が僕の体の隅々まで走っていく。

キーボードを叩くスピードは、集中するにつれて速くなっていく。

心臓が大きく動く。鼓動が異常に速い。血が血管を通って行くのを感じる。

文字は高速に並び、一つの単語になる。その単語がさらに並び一つの文にして行く。その文は、何時間もかけて一つの小説となって行く。そして。約三時間四〇分もの時間をかけて、僕の新しい小説は完成した。

「クソだ‥‥‥」

僕は力尽いたもの、さっき完成した小説を読み直していた。

その完成度は、ゴミ。最悪の作品だ。読み直しているうちに、データーを即消去してやろうかと思うぐらい、最悪の小説だ。

それぐらい酷いくらいだから、思わず一番思った事を口にしてしまっていた。

こんな小説、誰も読みたくないだろう。

もっと誰もが読みたくなるような小説を書かなければならない。

誤字脱字の修正。矛盾点の訂正。ストーリーの変更。大雑把な表現を細かく、分かりやすく。動きや感情、文章の表現力をあげたり。一部のキャラクターを個性的にして、笑いを入れたり、など何度も何度も修正して行く。

やっている事はなんか地味な感じだが、でも、僕は手を止めなかった。投げ出したり、諦めたりしなかった。

それもそのはず。僕は小説というものが好きだからだ。

理由は至って簡単でシンプルだ。これが才能になるとは限らないけど、でもかの可能性はある。

案外、こういう事で時間を使うのは悪い気はしない。むしろ楽しいと思う。

と、言っても僕には感情がないからそんな事は全くわからない。

「––––さて、どんなエロ本にしようかなぁ‥‥‥ニッヒッヒ」

僕の真横には仁先輩がいた。

「僕はそんな小説は書きませんよ。読みますけど‥‥‥」

僕は仁先輩を睨むように見る。

「おお、怖い顔をするな」

仁先輩は両手を軽くあげて、争い事は避けたいようだった。

いや、誰もが争い事は避けたいと思うな。

「と言うか、読むんだ。あっち系」

仁先輩は僕を茶化してくるので睨み付ける。

「分かってる。ラノベだよな」

「逆にそれ以外何があるんですか」

僕は呆れて、大きくため息をつく。

僕はどれだけ幸せを失えばいいのだろうか。

「思ってたより、元気そうでよかったよ」

仁先輩が急に声のトーンを落として言った。

「どうしたんですか。急に真剣になって。逆に気持ち悪いですよ」

僕は仁先輩を視界の隅に入れながら、キーボードを叩く。

「なんか、心配している相手に冷たくされるって結構きついなぁ」

「そうですか」

僕は適当に返事をする。

「でも、これはこれで、なんかM的な意味で気持ちいがいいかも」

適当に返事をするんじゃなかったよ。

仁先輩にキャラが変わってしまった。

「もう、寝たらどうですか?」

僕は部屋の壁に掛かっている時計を見た。

時刻は二時四八分。

明日は学校なのに‥‥‥いや正確には、学校は今日から始まるな。

「まあ、昼寝してたから、大丈夫だと思う」

「嘘は下手ですね」

僕は仁先輩の言葉を否定する。

「はは、見抜かれてたかぁ。さすが春樹後輩」

「睡眠薬、飲みますか?」

僕は机の抽斗から睡眠薬を先輩にボトルごと渡した。

「これって、何粒飲んだら死ぬんだろうな」

「やめてください。一粒だけですよ」

「いや、本気で止めに来ないで。冗談なのに」

「知ってます」

「なら、やめてくれ。でも、春樹後輩のドS度は高くていいな」

「気持ち悪いんで、速くネテクダサイ」

「それって、永眠しろってことか⁉︎」

「冗談です。だから、速く寝てください」

「分かってるよ。これ俺は使わないから返すな」

睡眠薬を僕の机の上に置いて部屋を出て行った。

不思議な人だ。雰囲気やキャラはすぐに変わるし、でも演技をしているわけではないさそうな感じだ。

多重人格のなのだろうか。そうだと、志穂先輩は仁先輩の近くにずっといるだろう。

そう考えると、二人の事は全く知らない。

これは後輩として知っておかないといけないからもしれないのに。

なぜ僕は、先輩たちの事を知らないのだろう。

逆に知らないんじゃなくて、しれないのかもしれない。

僕の時と同じように言わないとわからないような事情を抱えているのかもしれない。

余計な詮索はやめよう。今度普通に聞いてみればいいのだろう。

でも、この事は一週間以内に忘れそうだ。

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