第6話

ここは舞台裏だ。

今日はダンス大会当日だ。

今まで、必死でみんなで練習してきた。

曲は完璧で絶対、山崎は食いついてくるだろう。

そして、山崎を審査員を辞めさせる。

計画通りに行くことを願う事しかできない。

「あー、緊張してきた」

と仁先輩が言う。仁先輩はかっこよく服を着こなしている。

僕たちが着ている服は、お母さんと高橋先生の手作り。

女子と男子では少し違うがって、変わりはさほどない。

ただ、スカートかズボンかの違いだ。

だが、この服を着るのは少し抵抗がある。

なんせ、身長が低い僕はこの服には合わない。

仁先輩や長谷川さんのように背が高いと、かっこよく見える。

後数分で僕たちの出番だ。

僕はなんとなく深呼吸をした。

大勢の前に立って目立つのは初めてだ。

これもいい経験になるだろう。

「一七番、岸川国際高等学校。出番です」

と指示が入った。

思ったより、速い。鼓動が速いような気がする。

「掛け声でもするか?」

「お、良いね!仁に賛成」

と詩穂先輩と仁先輩が手を出す。

僕も続いて、手を出して、重ねる。

続けて、詩織、清水、長谷川さん、近藤さん。みんなの手が重なる。

「唱後輩」

と仁先輩が清水の名前を言った。掛け声は清水がやるという事だ。

清水は少し考えこんで

「この場にいる全員、ダンスと音楽で殺って、金賞とろう!」

言ってることが彼女にしては珍しい。そして、気合が入る言葉だ。

「「「「「「「おお!」」」」」」」

みんなの声が重なり、みんなの天井は上に上がった。

僕たちのダンス部のダンスが、彼女らの音楽が、僕ら修正部の推理が始まる。


僕たちは舞台に横一列に並んで頭を下げた。

「ねえ、あれって」

「え、なんで⁉」

「嘘だろ?」

「問題児じゃねえか」

「マジで?」

「なんで?」

と次々と混乱の声が聞こえる。

僕たちは気にしなかった。そして、さっきまで明るかった舞台は暗く、観客席からは僕たちの姿は見にくい状態となった。そして、僕たちはその間に、横一列から、舞台の真ん中で縦一列のなった。

そして、音楽が始まった。

「聞いたことにな」

「作ったのか」

と審査員の二人が話す。

そして、曲が始まった数秒、僕は両手は真横に広げた。その瞬間舞台が少し明るくなった。他のみんなは、斜め上や斜め下。真上、真下。みんなばらばらだ。だが、観客席からは、綺麗に見えるだろう。

そして、僕はその腕を時計回りに動かす。みんなも。そして、伸ばしていた腕をもとに戻した。

音楽は止まったように静かになる。

その間にみんなは練習通りの配置につく。

そして、彼女の声とともに、真ん中の、清水、近藤さん。その少し後ろに詩織と詩穂。

つまり、僕たちはボーリングのピンのように並んでいる。

「凄くいいですね」

「ああ、経験が豊富なんだろう」

「この声どっかで――」

「この声、ボーカルのウタミに似てる気が」

「いや、間違いない。ウタミだ。少し大人っぽくなっているが、そこを除けばウタミだ」

さすが音楽関係者。すぐに分かるとは。

審査員の人たちはすぐに気が付いていたが、観客席に座っている人たちはまだ、気が付いていないようだ。

「しかも、新曲?」

「なら、なぜ彼らが」

僕たちは、彼女らだけが照らされていたが、僕たちもライトに照らされる。

そして、動きの一個一個に止めを意識して、動く。

まだ、そこまで激しくは体を動かしてはいないが、汗を掻き始めた。

息も荒くなる。

そして、今まで、男子と女子で分かれて踊っていたが、サビ前に曲が滑らかになった。

その間に、さっきとは違う配置につく。

ダンス部の二人と清水が中心に。その斜め後ろに詩織、僕。その斜め前、つまりダンス部の二人から少し距離を取ったところに仁先輩、詩穂先輩。

そして、舞台は少し暗くなっているが、曲がシンと止まった瞬間、明るいライトが僕たちを照らし、さっきまで下を向いていたみんなはゆっくりとその顔を上げて舞台に立つ、僕たちは審査員を睨む。

そして、曲は激しくなる。サビの部分だ。ここが一番盛り上がる部分。

そのサビの部分はみんなの動きはそろい、観客席からは見れば相当綺麗なダンスになっているはずだ。

その動きの後、僕、詩織、仁先輩、詩穂先輩は動きを止め、間を少し開けて、中心の三人の後を追う様に踊る。

曲は最後をむかえる。あと数秒で僕たちのダンスは終わる。曲は、滑らかに変わり伴奏のみとなった。歌詞がないわけではない。

「あーあー、君を、知っていたんだよ」

そう、最後は元ボーカル、ウタミの生声で僕たちのダンスは終わる。

この会場にいるほとんどの人が、彼女の声、歌で印象に残るだろう。

「な、ま、まさか」

山崎は、凄い顔になっていた。見ていていると笑ってしましそうだ。

やれることはやった。あとは、山崎の動き次第。

 

        ***************


誰かが息を荒くしているのが聞こえる。

私のダンスは終わった。舞台でみんなの前で目立つのは初めて。だけど、みんな踊れて、みんなと歌を作って、彼が私の事をすごいと思ってくれたかな。

私を見てくれたかな。

でも、ここで止まってられない。みんなを助けるために――

私は、観客席とは別の場所に向かう。走らず、焦らず、ゆっくり。

私は広くて長いフロアを歩く。

会場からまだ、拍手が聞こえる。

私たちが踊ってから、私の存在を知った人は、単純にダンスに印象を持ったのか。どちらにしろ、私たちを見てくれた。

そして、この会場の空気を潰させるわけにはいかない。

私は、あるドアの前に立つ。

「関係者以外立ち入り禁止」

と書いてあったが、私は気にせず、ゆっくり音を立てずにドアを開ける。

ポケットからスマホを取り、動画を取る。

「ふ、ふ、ふこれで、これで」

部屋は暗い。だが、奥に不気味な男がいることが分かる。

男は懐中電灯の光だけで作業をしている。

その男の姿はスマホがしっかりと映し出している。

「そこまでにしたら?」

私は男に言う。

「——ッ⁉だれだ!」

男は私に懐中電灯を向けて顔を確認された。

「お、お前は―—!」

と私がスマホを持っている事に気が付き、脈が速くなっている。

ここで私が逃げれば、彼は警察に行くが、みんなが死んでしまう。

そんなことはさせない。

「貴方が、大麻殺人事件の犯人ですよね」

「な⁉何を言うか。私はただの作業員だ。そこに立ち入り禁止って書いてあっただろ。ダメじゃないか。さあ、はやくここから出な」

男は優しく言っているが、声自体は優しくない。

彼の優しさを知っている私は、そう感じた。感情が無いのに、優しい彼。

「ここで私が部屋からでれば、あなたの思惑通り。この会場全員が死ぬ」

男は黙り込んだ。私は続けて

「たかが、一人の恨みで、何百人も殺さないで」

彼は震えていた。そして、右手はポケットに入れて、ナイフを取り出してきた。

拳銃ではない事を安心した。

男は私に襲い掛かる。

私は彼に教えてもらったナイフで襲われたときの対処法。教えてもらったわけではないが、彼の真似をするだけだ。

「ふん!」

とナイフを振り回す男。私は全て避ける。そして、男が大きく振りかぶるが、それお避けて、男のナイフを持っているナイフを掴んだ。そして、彼がやっていたように私は男のナイフを床に落とし、蹴った。

これで――

ドン!

私は強い衝撃とともに床に倒れこむ。

殴られたのだろう。

男は私が遠くへ蹴ったナイフを拾って、カバンから何かを取り出す。

「これ、何か分かるよな」

大麻だ。今回の事件の被害者の胃から見つかった大麻、赤と青のカプセル型大麻。

「あいつらと同じようにしてやるよ」

そう言って、男は私に近づく、私は立とうとするけど、立てない。恐怖で足がすくんで動けなくなっている。今更、足が震え始めた。

「ほら、口を開けろ」

私は固く口を閉じる。

男は私に強引に大麻を飲まそうとしてくる。私は必死で抵抗する。

「往生際が悪いな」

男は大きく腕を振る。私は男に殴られることが怖く、目を閉じる。

だが、衝撃はいつまでたっても来ない。

ゆっくりと、目を開ける。

「——ッ!」

男の拳は私の顔と数cmしかないところで止まっている。

いや、止めている。止められている。

「何一人で解決しようとしてるんだよ」

聞き覚えのある声。優しい声。

「春樹」

私は彼の名前の呼ぶ。

「何だ?」

彼は私を見ている。男の拳を止めながら。

「お腹が空いたわ」

そして、私のお腹は大合唱が始まった。

「はいはい、少し待っていろ、清水」

彼は私の名前を呼ぶ。彼はいつもそうだ。仁や詩穂は名前なのに、彼はいつも苗字。なんでなんだろう。

彼は、男の顔面を思いっきり蹴って、私から距離を取らせ、尻もちをついた男を思いっきり、床に打ち付けるように投げる。


         ******************


何とか、清水を助けることが出来た。

ここにいるのは、大麻殺人事件の犯人。添川敦。容疑者二人と高校からの関りだが、男は専門学校を何度も留年しては、就職は何度も失敗。だが、高校からの関りがある二人は就職して、成績もいい。そんな二人が憎らしい男は今回の事件を起こした。

そんな男を僕は投げる。男は床に寝転んでいる。

「大丈夫か?清水」

僕は彼女に手を伸ばす。彼女は僕の手を握って、立ち上がろうとした。

「——ッ‼春樹、後ろ!」

と彼女に言われ僕は振り返る。真後ろには男がナイフで僕に振りかぶる。

これは、よけきれない。僕の心臓に一突きされる。

僕は念のため彼女を押す。そして僕は覚悟を決めた。

「詩穂ちゃんー!きーっく!」

とドアの方から、詩穂先輩の声がする。僕は振り返るが詩穂先輩は見当たらなかった。

詩穂先輩は僕が振り返っているときには、男の顔面を蹴っていた。

「しょっと」

と綺麗に着地。

仮面ライダーのように蹴りを決めた詩穂先輩は満足そうだった。

「とらえろ!」

と木村刑事の声とともに、数人の警察の人が男を取り押さえる。

「な、なんでこんなことを」

この場に、容疑者の二人がいた。

「なんでこんなことをしたんだ」

安藤が男に言った。男は手錠を掛けられて、座り込んでいる。

「そんなもの、決まってるだろ!お前が悪いんだ!お前たちが悪いんだ。こっちは必死になってやってるのに、お前らは就職して、俺の頑張りは何なんだよ!そう思ったら、お前らが憎らしくなってな。だから、殺したんだよ!お前らの大事な人を!辛かっただろ!だが、俺は嬉しかった。

だけど、あの二人を殺すとき、お前らの事を何度も呼んでいたんだよ。その時は、もう腹が立ったよ。だから、黙らした。殺されて当然のことをしたんだ!」

「おま――

「ふざけんじゃねえ!何が殺されて当然だ!」

僕はいつの間にかそう叫んでいた。僕の中の何かが、込み上げてきて、爆発が起こった。なんだろう。この感じは。これはなんだ。

―—これは、怒り‥‥‥

そうだ、僕は怒っているんだ。たかが、憎いだけの感情で誰からの大切の人を、一つの生命体として、その命を奪ったこと。それを何とも思わない男に腹が立ったんだ。

「この世に、殺されて当然の命などない!生まれてきた人たちはみんな意味があって生きている!それが、あんたの感情一つで無駄にされた!僕は被害者の関係者じゃないけど、あんたを許さない!それこそ、あんたが死んで当然なんだよ!」

僕は言いたいことを思いっきり、声を荒げて言った。

男は黙り込んだ。

そして、男はそのまま、警察に連行された。

「君、ありがとうな」

と柴田が言った。

「英子と夏樹のために怒ってくれて」

怒っていた。今思えば、怒っていたのかどうかわからない。

「凄いな。高校生がこの事件を解決するなんて」

安藤が僕の背中をたたく。

「なんで笑ってられんですか」

仁先輩が二人に言う。たしかに仁先輩の言う通り、今笑っていられるのは何か変だ。

「ああ、笑っていないと怒られるからね。英子と夏樹に」

そう言って二人はスマホを取り出して僕たちに見せた。

『笑っていき――』

『好き。宗助の幸せをね――』

これは、彼女らが死ぬ直前に書かれたものだ。

彼女らは最後に思いを彼らに伝えたんだろう。

文章が途中で途切れている。

たぶん、『笑って生きて』と『好き。宗助の幸せを願ってる』と書かれることが予測できる。被害者二人は幸せだったのが分かる。

「お、いたいた!ちょっと君たち聞きたいことがあるのだが良いかな」

と山崎が来た。そういえば、山崎を審査員からやめさせることを忘れていた。

「いいですよ」

「君たちが使っていた曲なんだが、我が社に渡してくれないか。もちろんただとは言わない」

「いいでしょう。ただし条件があります」

と仁先輩が話を進めていく。

「ああ、なんでも構わないぞ」

「なら、あなたも警察のところへ行ってください。そして、自首してくさい」

「な!訳の分からんことを言うな。私が何をしたんだ⁉」

焦り始める山崎。

「もちろん、パワハラ、セクハラです。それと、大会の理不尽な審査。まあ、これはセクハラと一緒ですね。

しかも、あなたの会社から何枚も被害届が出されてます。ちょうどそこに警察の方がいますし、あ、何なら、マスコミに言いふらしてやろうか俺たちが」

仁先輩のとどめの一撃で山崎は逃げて行った。

もちろん、この事をマスコミに言うつもりだろう。

事件も無事解決、依頼も成功。

僕たちの生活に穏やかさが戻ってきた。


「今の気持ちを!」

「町をすくった感想を!」

「写真を」

「一言お願いします」

とマスコミの声が僕たちの耳にいやというほど聞こえてくる。

「はーい、マスコミの皆さん。聞いてください」

と仁先輩が言った。マスコミは静かになった。

そして、ポケットから何かを取り出した。

録音機だ。

「この録音機には、事件が解決される瞬間と、今回僕たちが受けた、ダンス部からの依頼が成功する瞬間が録音されています。録音機は二つしかないので、取り合いにならないよーに」

そう言って、録音機をマスコミの方へ二つとも投げた。

「行くぞ、みんな」

と仁先輩が言う。相変わらず慣れている様子だ。

みんなが走り出す。僕は出遅れかけた。

だが、誰かに手を引かれた。

「私、頑張った?」

清水は僕に聞く。

「ああ、よく頑張ったよ。最後まで問題児らしく」

と今度は僕が彼女の手を引く。

「うん!」

と彼女は言って、僕の隣を走る。そして、仁先輩たちを追いかける。

僕たちは、全力で前に進む。


「よっしゃ!今日は、事件解決よかったね&依頼完了、唱たんすごねパーティーで、すき焼きだよ!sukiyakiだよ」(すき焼き)

机の真ん中に置かれた鍋をみんなで囲む。今回は修正部とダンス部、そして、拓斗先輩の恋人、陽那花さんがいる。

賑やかなパーティーが始まった。

「さあ、主役は唱たんだよ!盛り上がっていこう!」

相変わらずのハイテンションの詩穂先輩。清水はすき焼きを食べることに集中している。よっぽどお腹が空いていたようだ。

僕は、すき焼きのたれと卵を溶いた受け皿に肉や豆腐やら、いろいろと口に放り込む。熱くて舌を火傷しそうになったが、その前に飲み込んだ。

頑張った後の、みんなでのご飯はとてもおいしい。

「そういえば、大会はどうなったんですか?」

僕は肝心な事を事を忘れていた。

「ああ、そういえば、結果が出ているだろうな」

とスマホを触る仁先輩。

そして、お茶を飲みながらスマホをスライドして、タップした瞬間、仁先輩が口に含んでいたお茶を

「ぶー、ごはっ、ごはっ!」

と吹いては咽ていた。

何を見たんだろう。

仁先輩は今度は笑い始めた。

そして、スマホを僕に渡してきたので、みんなで一つの画面に覗き込む。

「全国大会、ダンスの部。金賞、岸川国際高等学校‥‥‥」

見間違いではないだろうか。僕はもう一度読み直す。

「金賞、岸川国際高等学校」

何度も読み直しても、結果は変わらない。

「てことは!」

「俺たちのダンスが!」

「金賞だ‥‥‥」

近藤さんと長谷川さんは嬉しそうだった。僕は想定外の結果に驚く。

「てことは、金賞おめでとうパーティーでもあるね!」

詩穂先輩はオレンジジュースが入ったコップを上げる。

「まあ、審査員もやめさせることもできたし、殺人事件も解決したし、その結果が付いて来たってことで今は喜ぶべきなんじゃないか、春樹後輩」

確かに、今は喜ぶのが正解なのかもしれない。これでダンス部も廃部をせずに済む。一石二鳥的な感じだ。

「そうですね。乾杯しましょう。清水」

今回の依頼を承諾した本人に一言僕は求めて、清水の名前を呼んだ。

「唱後輩、一言言って乾杯。バシッと決めて」

仁先輩が言う。清水は頷いて少し言葉を考えていた。みんなは彼女の言葉を待った。

どんな言葉が彼女の口から出るのだろう。少し僕は期待をしてしまう。

「みんな、ありがとう。私嬉しい」

簡潔にまとめられすぎた言葉。期待は少し外れたが、でも彼女らしい言葉だった。

「Cheers!」(乾杯)

彼女は持っていたコップを上にあげる。そして、みんな彼女に続いて

「「「「「「「「「「Cheers!」」」」」」」」」」(乾杯)

僕、仁先輩、詩穂先輩、詩織、坂本、高橋先生、長谷川さん、近藤さん、お母さんとお父さんまで、みんなで彼女に続いて、言った。

リビングがガラスのコップとコップが当たる心地よい音が響く。

『Cheersです』(乾杯です)

と僕のスマホからいつの間にか入ってきている智菜。

今日までいろいろあった。悩んで落ち込んで頑張って、疲れて、また頑張って、そんな、事をいろいろ繰り返して今がある。

今回が一番大きな事件だ。新記録。岸高も名が高くなる。

来年の倍率は高いことがなんとなく予想される。

「それより、春樹後輩、小説はどう?」

仁先輩がすき焼きの牛肉を口に含みながら言った。

「食べ物を口にしてるときは喋らないでください。お行儀が悪いですよ。そっちはまあまあって感じです。今度、コンテストがあるんでそこに応募しようと思います」

僕は仁先輩に言う。

「春樹は、俺の息子だ。すぐにプロになるぞ」

「余計なハードル上げるな」

僕は酔っている父さんにツッコむ。

ほとんど自分で小説の事は勉強してきた。と言うより、ほぼ書いてはその小説を推敲して、訂正して。その繰り返し。父さんにたまに文で悩んだときは教えてもらっている。

完成した小説は父さん、母さん、たまに詩織にも読んでもらっている。

父さんは毎回点数を付けられるのだが、今まで五〇点を超えたことがない。

それで今、プロになる宣言されると、説得力がない。

「でも、春樹後輩だ。俺が卒業するまでには、プロになっているだろうな」

仁先輩はそう言って、また牛肉を口に入れる。

さっきから仁先輩は肉しか食べてない気がする。

『私も何かお手伝いできることがあれば、いつでも』

と智菜が言う。

しかも、制服から私服、いや部屋着に変わっている。いつの間に着替えたのだろう。

『あ、私の部屋着を見て興奮しました?いや~ん、春樹様のエッチ』

何を言うのかと思えば、仁先輩とさほど変わらない変態度だ。

ていうか、部屋着で興奮するバカはどこにいるんだ。そして、「私の部屋着を見て興奮しました?」なんて言うAI(人工知能)は初めて見たわ。

僕は心の中で自我を忘れ、ツッコミを入れてしまう。

「春樹」

僕は清水に言われて清水の方を見る。

「あ~ん」

彼女にそう言われたので反射的に

「あ、あ~ん」

と何かを口に含んだ。

彼女は僕の口の中にあるスプーンを引く。

僕はその後、何を食べたか確認したかった為、よく噛んだ。

柔らかい。すき焼きの具材で柔らかいものは豆腐しか見当たらない。

つまり僕が食べてるのは豆腐。

「豆腐、美味しい?」

彼女は首を傾げて僕に聞く。僕は口の中にある豆腐を飲み込んでから

「ああ、美味しいよ」

僕がそういうと彼女は嬉しそうだった。

「豆腐は疲労回復にいいのよ」

「そうだな」

この豆知識、僕も知っている。

疲労回復には、豆腐、つまり大豆食品以外にも、豚肉、梅、トマト、胚芽米、玉ねぎ果、果実、大根などなどある。

普段、料理をよくする僕は、そういう知識は自然と入ってくる。

本当に自分の知識が正しいか気になってしまった僕はポケットからスマホを取り出し検索した。もちろん、自分の知識は間違ってはいなかった。

リビングはすごく賑やかだ。

「後輩君、何をしているんだい?唱たんも主役が外に出てどうする!」

バカ騒ぎする詩穂先輩は僕たちを叫ぶ。

僕はため息を一つしてから、みんなが囲む机に向かった。

僕が歩き始めて瞬間僕は引っ張られ、体制が崩れたがなんとか立っていられた。

「どうした?清水」

「それ・・・・・・」

「え?」

何がそれなんだ。それ、とはなにを指している。僕は清水を見つめる。彼女は僕を睨むように見る。そこまで身長差が無いのに、凄く下から目線だ。

「なんで?」

彼女の声は小さいが確かに僕の耳まで届いた。

「仁や詩穂、詩織は名前なのに‥‥‥」

名前——ああ、僕がなぜ「清水」と呼んでいるかの話か。

「私は、名前で呼ばないの?」

彼女は僕から目線を逸らすようにうつむく。

つまり、彼女は名前で呼んで欲しいという事だろうか。

「そうか‥‥‥なら、速くご飯食べようぜ」

僕はそう言って、彼女の手を引く。

「——唱」

僕は付け足して言った。

「うん――」

彼女は僕を見て頷いた。

僕はそんな彼女見ていると、反射的に目を逸らしてしまった。

何だろう‥‥‥この気持ちは何だろう。

「そういえば、長谷川君、近藤さんに言わなくていいの?何なら俺ら席を外そうか?」

仁先輩は、長谷川さんに余計な事を言った。

「何を言うの?」

と近藤さんが長谷川さんの顔を覗く。

長谷川さんは近藤さんと目が合ったのか、顔を赤く染めていた。

「唱、僕たちはすき焼きを食べよう」

「そうね。邪魔しちゃダメね」

そう言って、彼女はすき焼きを食べ始めた。僕はすき焼きの鍋の中の具材が少なかったので、具材を付け足しては、食べてはの繰り返した。

唱と僕は黙々とすき焼きを食べ続けたが、他のみんなは

「覚悟を決めろ!」

「お、録画しないと」

「くだらない話をするな!」

「青春だな~」

「そうですね~」

『頑張ってください!』

とまあ、凄く賑やかなわけだ。

「言わないなら、俺が言うけど。近藤さん、長谷川君の事だけど、実は――

「やめてください!」

「なら自分で言いなよ」

「何の話をしているの?」

なかなか話の終わりが見えてこない。

「とりあえず、二人は外の空気を吸ってきたら?」

僕が口をはさむ。

「どうしてですか?」

近藤さんが僕に聞く。

「長谷川を落ち着かすのに、一番効率がいいからだ」

と僕の言葉を継いだ坂本。

そうして、二人は僕の家から出て行った。

「ダメじゃないか春樹後輩と太助後輩。せっかくのチャンスを」

とすごく期待をしていたようで元気が少しない仁先輩。

「そうだよ!」

詩穂先輩は元気が減らない。

「坂本事だから、どうせ――」

僕が坂本を見つめながら言葉を止めた。

坂本は、牛肉を口に入れる前に、僕と目が合いため息を一つした。

そして、牛肉を口に含まずに、箸を置いてカバンからPCを取り出した。

やっぱり、坂本ならそうすると思ったよ――

『すっかり暗くなったね~』

とPCから近藤さんの声が聞こえた。

PCの画面には近藤さんと長谷川さんが映っていた。

「これ、どこから取っているんだ?」

仁先輩が坂本に聞く。

「数週間前に完成したロボットの試作品だ。テストに使うのに丁度よかっただけだ」

坂本はそれだけ言って、牛肉を口に入れて、そこからは何も言わなかった。

そして、黙々といろいろな具材を口に詰め込んでいる。

『そ、そうだな』

緊張している長谷川さんの声が聞こえた。

背後から、川が流れる音が聞こえる。岸川の近くを歩いているのだろうか。

『ダンス楽しかったね』

近藤さんは嬉しそうに言っていた。

『そ、そうだな。久しぶりに楽しいと思えたよ』

『確かにそうかもね』

『お母さんたちも嬉しそうだった』

『え、来てたの⁉』

『気が付かなかったのか?』

会話は緊張感が無くなって、二人らしい会話となっている。

『知らなかった』

『それほど、ダンスに夢中だったんだな』

『なあね。今まで最高のダンスだったよ』

『俺もそう思う。でも、それは紗千香がいたからとも思う』

長谷川さんの言葉で雰囲気は一変した。

『俺は、紗千香とダンスすることが楽しかった』

近藤さんは何も言わなかった。

『俺は、紗千香が好きだ』

長谷川さんの言葉の後、沈黙が長く続く。

PCには、顔を赤く染めている長谷川さんと近藤さん。

「よし、言ったぞ」

「あとは、返事だね!ワクワクするよ」

と騒ぐ二人。僕は気にせず、すき焼きを食べる。

『ねえ、知ってる?』

近藤さんが口を開いた。

『私、中学の面談の時、岸高は受からないって言われたんだよ』

驚きの告白。近藤さんは岸高をぎりぎり合格したことになる。

『でも、幹彦が行くなら私もって思って、受けた。そしたら奇跡的に合格しちゃった』

近藤さんはカメラ越しで分かるくらい笑顔だった。

『だから――』

この接続詞の後につづ言葉は誰もが予想が付いていた。

『私も好き』

「よし!」

仁先輩は拳を作って嬉しそうだった。

まるで自分が告白して、告白され返されたように。

「カップル成立!」

詩穂先輩も万歳をして、飛び跳ねた。

「私、みんなより生きてるのに恋愛経験ゼロだよ」

近くで聞いていた先生は落ち込む。

「よしよし、京子もきっとくるよ。こんな日が」

先生をお母さんが慰める。

「カメラの画質と、音の調子がよくないな」

機械にしか目がない坂本。

僕はというと、さっきからずっとすき焼きを食べていた。

『じゃあ――』

『うん‥‥‥私と付き合ってください』

こうして二人は恋人関係となった。


その後、言うまでもなく長谷川さんと近藤さんは、仁先輩と詩穂先輩に日が変わるまで、茶化されていた。



          

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