第5話

僕たち、修正部は僕の家の会議室でただ、茫然としていた。

僕たちはあの後、木村刑事に家まで送ってくれた。幸い、僕の家にはマスコミがいなかった。

こんな屈辱的な事が合っていいわけがない。

「春樹後輩‥‥‥」

僕は仁先輩の声が耳に入ってこなかった。

なんで、僕らには何もできないんだ。あの、事件は犯人が何ならかの理由で起きた事件だ。それをこんな謎に包むなんて。

「春樹!」

僕はハッとした。そしてやっと気が付いた。僕は無意識に呼吸が止まっていた。

「が、ごほっ、ごほっ、う、ごほっ‥‥‥」

「お兄ちゃん!」

と詩織が僕の背中をゆすってくれた。

忘れていた。僕は無意識に考え込むと、呼吸が止まってしまう事。

「春樹、一人で考えすぎ。私たちが今やるべきことは、あの依頼でしょ」

そういえば、ダンス部からの依頼をすっかり忘れていた。

「春樹後輩、自分が言ったことはしっかり責任を持ちな」

「はい‥‥すいません」

僕は仁先輩に謝った。確かに今の僕はあの事件に飲み込みすぎていた。事件を解決をしたいのは仁先輩も同じだ。

「今回の依頼は、清水が受けた依頼だ。清水が指示を出せ。必要な時は僕が指示を出す。できるか?」

彼女は常識がないから、不安しかないが今回の依頼の承諾者は彼女だ。やけくそでもやるしかない。

「わかったわ」

彼女は頷きながら言った。

「まず、私と詩織と詩穂で曲を考える。春樹と仁はダンスの技術磨きと、新しい技術を覚える。太助と智菜はこれまでのダンスの大会の優勝したダンスの情報収集とどういうのが効率的に相手をはめるか考えて。これで良い?」

最終的に僕に聞くんだ。そこは、びしっと言ってほしかった。

まあ、初めてにしては良いのかもしれない。僕には基準が分からない。

「それは清水が考えろ」

僕は返事に困ったので言った。彼女の成長のためではない。ただ返事に困っただけだ。

「なあ、みんなお願いします」

清水はみんなの目を見て言った。おお、目つきが委員長っぽいな。大人っぽい。

「了解」

「わかったどー!」

「わかりました」

「わかった」

『了解だと太助様からチャットメールが来ました。私も頑張ります』

「わ、私は何をしたらいいの?」

「忘れてたわ」

先生だけ指示を出されていない事は僕も気が付かなかった。

先生の心に彼女の言葉が突き刺さる。

「京子は夜食をお願い」

「わかったわ。吉田君、台所借りるね」

そう言って、先生は一階へ降りて行った。

そういえば、先生って料理できるんだ。料理が出来る女性は、出来ない女性より早く結婚すると僕の中の名言集辞書が言っていた。

だが、男性でも料理に自信があり、女性にすごいところを見せたいから、料理が出来ない女性を探す人もいると僕は思うが、現実はどうなんだろう。

「じゃあ、私の部屋で曲を考えましょう」

「わかったわ」

「わかったどー!」

と三人は会議室から出て行って、詩織の部屋へ行った。

「春樹後輩、まずお互いの技術を確かめ合おう」

「わかりました」

僕と仁先輩は会議室の机と椅子を片付けて、お互いの技術交換を始めた。

仁先輩は僕よりも少し多く技術を持っていた。そして知らない技術を教え合い、そして、お互いにまだ知らない技術をネットで調べ、身に着けた。

「技術は多すぎても飽きてしまう。構成はあの二人も入れよう」

そして、仁先輩がいつ聞いたのか知らない電話を始めた。

それより、ダンス構成ってどうやるんだ?曲が完成が完成してもいないのに。

「あ、もしもし、修正部の梶野仁です。長谷川さんのお宅で間違いないですか?」

『はい、そうですが、あ、幹弘ですね。少々お待ちください』

と保留音が仁先輩のスマホから聞こえた。

『もしもし、すいません。お待たせしました。どうかしましたか』

「あ、今からダンスの練習をするんだが、来るか?」

『行きます!紗千香と一緒に行きます』

「おお、ちゃんと近藤さんも連れてくるんだ」

と茶化し始めた。

『あ、当たり前です!同じ部員ですし』

「そうか、そうか。ああ、場所だけど、岸川町四丁目〇の〇の〇〇だから。じゃあ待ってるよ」

そう言って仁先輩は電話を切った。

「俺、電話してるときによくよく考えたんだけど、曲がないとダンスの構成できないよな。だから練習に切り替えた」

あ、気が付いていたみたいだ。

僕たち二人は少し先走りすぎたみたいだ。まあ、練習ならどの道する予定だったから良いとして、僕はいま、嫌な予感がした。

そして、あれこれ一五分くらいが経過したころだ。

ピンポーンと夜遅くにインターホンが鳴った。

「俺が出てくるよ」

そう言って、仁先輩は一階へ降りて行った。

「よう、待っていたぞ」

「お邪魔します」

「お邪魔します」

長谷川さんと近藤さんの二人の声が僕の家に響く。そして、三人の足音が僕がいる部屋に近づいてきた。

「こんばんは」「こんばんは」

と二人は声を合わせて、部屋に入ってきた。

「こんばんは」

僕は二人に言った。

「あ、荷物はそこに置いていて。良いよな?春樹後輩」

「ええ、構いませんよ」

と僕が言うと二人は荷物を置いた。僕の嫌な予感は的中した。

二人は大きな大きな荷物を仁先輩が指したところに置いていた。

仁先輩は二人を止める気満々じゃないか。これ以上僕の家に人を増やさないでほしい。と仁先輩に言ったとこで、仁先輩が言う通りにしてくれるわけがない。

「それじゃあ、始めるか」


それから三時間後。二人は技術は未熟だが、知識は豊富で、僕らが教えた技のほとんどを知っていた。そのおかげか、二人の技術の上達は一般より速かった。問題児並みではないが。

「三時間か。速い方だな」

仁先輩は自分が付けている腕時計を見て言った。

時刻は一一時三二分。

「じゃあ、ラストこの曲に合わせて、一通りやってみよう」

なるほど、構成の初めからやるのか。

そこから、僕たちは休憩を一切取らず、ずっと構成を考え続けては、踊って、訂正して、また踊る。そんな事を繰り返しているうちに、二時間が経過していた。

「お、おわったー」

と長谷川さんが肩の力を抜いて言った。

「おー、意外といけるね」

と構成を読み返していった仁先輩。

多数のダンスの技術を一つの束にして、その束を、また、いくつか集めた構成。その構成が

A-B-C-D-E-F-B-C-D-E-F-G-H-E-F-I-A

これだ。この曲は、初めから短調で激しい曲。一番はサビを合わせてA~Fで、二番は、一番の最初の一部がないので、B~Fで構成した。

そして、二番のサビの後、長調へと転換する。ここでは、新しい束、GとHで踊り、その後には、またサビが流れる。その時も、EとFを踊り、サビ後のラストは、リズムは違うが、曲のイメージが変わるため、さらに新しい束、Iと一番最初に踊ったAで、ダンスは終了。

それを、この曲、フルで約五分間、僕たちはさっき踊った。

「いやー、さすがに疲れたな」

仁先輩は体を休めるために、床に座って、寛いでいた。

この部屋にいる、みんな汗をだらだらと掻いていた。

僕は詩織の部屋の方を見た。今頃、集中して曲を作っているだろう。

曲チームは、ダンス専用の曲を作ってくれるだろう。

でも、エサが音楽なら、少しは山崎が引っ掛かるようにはしないといけない。

そう考えると、歌とダンスの割合は、四:六くらいだ。

「やっほー!曲、一様完成したよ!はい!」

と僕たちがいる部屋に入ってきた詩穂先輩。

想像以上に速すぎる。大体、短くても二日はかかると思っていたのに。

僕は、詩穂先輩が渡してきた、USBを僕のPCに差し込んで、曲を聞いた。

始めは、ゆったりとしていた。

その後に、清水の声が入り、曲は激しいものになっていった。

曲の始まりは長調だから、ゆったりとした、パフォーマンスになる。

構成は、さっきやった曲とそこまで変わらないかもしれない。

「ここのところ、少し音が違う気がするぞ。あと、唱後輩の声と伴奏の音がここ、ずれてると思うぞ」

仁先輩はさっき、詩穂先輩から貰ったUSBに保存された曲の一部を指摘している。

仁先輩は、作曲に経験が無いって言っていた気がしたんだが‥‥‥いや、出来ないなんて言ってなかったような‥‥‥まあ、良いか‥‥‥。

「僕からは、全体的に寂しい感じがします。もっと楽器を増やす事ってできませんか?」

僕はみんなに聞いた。僕が詩穂先輩に聞いたときにちょうど、詩織と清水の二人が部屋に入ってきた。

「そうだよね。でも、楽器って言われても、私たちはピアノしか経験ないし‥‥‥」

「俺、ベースとギターなら経験あるぞ」

あまりにも驚きの発言をする仁先輩に、僕の体は硬直している。

仁先輩は、想像以上になんでもできる人かもしれない。

「なら、あとはドラム」

清水が言った。ドラムができる人なんていない気がする。

「お兄ちゃんって、ドラム経験あるよね」

余計な事を言うんじゃない。なんで言ってしまうんだ。僕は経験はあるが、そこまでうなくない。

「経験があるなら、大丈夫」

全然大丈夫じゃないぞ清水。僕は全然大丈夫じゃない。

どれだけ、僕が言い訳や抵抗しても、無駄だった。

僕が言い訳をする間もなく、決定してしまった。

自分の意見を主張することができず、僕は黙り込んだ。

「よし、じゃあ、明日で曲を完成させよう」

仁先輩の声でみんなが声を合わせ、部屋に響かせた。

そこから、徹夜の作業が始まった。

僕と、清水、仁先輩、詩穂先輩は一睡もしないで、時刻、朝の四時を迎えた。

「とりあえず、私たちは」

「「寝る!」」

と仁先輩と詩穂先輩はその場で横になって、五秒も経たずうちに寝てしまった。清水も何も言わずに寝息を立てていた。


僕は、ペットたちのえさを上げたり、散歩に言ったり、畑に水をやったり、いろいろやることをやった。

体はへとへとに疲れ切った。僕はその体を頑張って玄関まで運んだ。

「もう‥‥‥限界だ」

僕はそう言って、玄関ですぐに倒れこんだ。

「後輩君!これを!」

と階段の上の方から詩穂先輩が何かを投げてきた。

僕はそれを受け取ろうと顔の前に物が来た瞬間に手をバチン!と合わせるようにキャッチ‥‥‥できなかった。

バチンと音が鳴る時点で、自分がキャッチをミスったのが分かった。

そして、その物体は僕の額を殴るように当たった。

「いた‥‥‥」

僕は小さな声で言った。とても痛い。なぜなら、その物体は瓶だったから。

とても痛いのにも関わらず、僕の声は僕自身驚くほど、小さかった。

よっぽど、気力がないのが分かる。

僕は自分の体の状態を把握しながら、詩穂先輩が投げた瓶を拾う。

『その疲れに限界突破!』

とラベルにでかでかと黄色で書かれた文字が僕の目に映る。

「それとこれも!」

とまた、何か投げてきたので、今度はしっかりと受け取った。

「これで、エネルギーは完璧だね!」

ゼリー飲料だ。朝、朝食を食べれなかった人が良く食べる、高カロリーのゼリーだ。

僕は、その二つを喉に通した。

体はしばらく動かなかった。疲労がなかなか抜けない。

「春樹」

と清水がリビングから出てきた。僕は衝撃的な現状に何も言えなかった。

清水はいつも通り制服を着ていた。スカートにブラウス、膝下まで伸ばしてある靴下。そして、ブラウスの上にはブレザーではなかった。エプロンだった。

なんとも衝撃てきた。あの彼女が、あの彼女がだぞ。あの常識がない彼女が料理に目覚めてしまうなんて、僕は感激以外文字が思い浮かばなかった。

「どうして、エプロンを着てる?」

僕は一様を安全であることを確認した。

彼女は少し考えこんだ。考え込むほど理由はなかったのだろうか。

「自分の状況」

彼女はぽつりを零す。僕はしっかりと聞き逃すことなく、振動の波の刺激を鼓膜で感じ取った。

自分の状況‥‥‥疲労により、体全体の力が入らない状態。どんなに頑張っても、どうしようもないくらい、動かない。

動かない‥‥‥動かない?‥‥‥動かない⁉

いや、動かないどころが自分の体の感覚ない。聴覚や嗅覚、視覚はある。味覚は‥‥‥分からない。だが、皮膚感覚が、まるで全神経がバラバラに切られた感じだ。

「お、後輩君!薬の効果聞いてきたね!」

僕はまんまと罠にかかった。

いや、かかって当然だ。普段二人はこんなことをしない。明らかに変だ。

これは、夢だ。間違いない。僕は悪夢を見ている。

これは絶対にそうだ。場所は僕の家。フルダイブゲームでもない。

確信した。これは夢だという事を。

「さて、唱たん!始めよう!」

と詩穂先輩は僕をリビングへ引きずり込んでいく。何をされるのだろうか。

幾ら、夢でも二人の事をトラウマになるほどの事をされるのはごめんだ。

何とか、夢から覚めないと。

そんなことを考えているうちに僕はいつもの椅子に座らせられた。体は未だに動かない。何を盛られたんだ。麻酔だろうか。目に違和感はない。頭痛もない。

まだ、薬の効果が切れないせいで、自分が何を盛られたんか分からない。

「あ、後輩君。後輩君はただの麻酔薬だから安心して」

安心できるか!詩穂先輩、警察に連行され、処刑だぞ。もしくは無期懲役だぞ。

と、冗談はこの辺にして、これは夢である。安心して言いだろう。

「春樹」

とさっきまで姿を見せていなかった彼女が僕の横に立つ。

そして、僕の前に何かを置く。

「ゔ‼‥‥‥」

もの凄い異臭。僕は彼女に差し出された料理に目をやる。

ただでさえ、鼻がすごく痛いのに、料理を見ようとすると、目が痛くて涙が出てきた。

「泣くほどすごいのね」

と彼女は嬉しそうだった。

誤解にもほどがある。こんなものただの汚物でしかない。どう、料理したらこんな滅茶苦茶にできるんだ。

「さあ、後輩君!腹をくくって食べたまえ!」

いや、詩穂先輩。その言い方だと、清水の料理が汚物だと言っているのと同じですよ。というか、そう思っているなら、なぜ彼女に手を貸す。

僕にそんなに恨みがあるのだろうか。

「さあ、食べて」

彼女は半液体に姿が見えない何かが覆いかぶさっている。スープを作りたかったのだろか。

「これは何?」

「ジャガイモよ」

ジャガイモ⁉‥‥‥ジャガイモよ、安心しろ。君の今の姿は悲惨な状態だ。だが、振り返ってみろ。君は少し前まで、立派なジャガイモだったではないか。

君のような被害が起きないように僕は頑張るよ。

君は決して無駄ではなかった。

とジャガイモに心の中で言った。

だが、これは食べれない。もう、半液体が原因で、ジャガイモに顔があるように見えてきた。

これはシミュラクラ現象だ。三つの点があると顔に見えてしまう現象だ。

日本語では類像現象だ。

って、解説している場合ではない。

「あーん」

と彼女が僕の口元まで持って来た。

僕は固く口を閉じる。いや、実際は神経が麻痺して、口は全く動かない。

「やめ、ちょっと、ま⁉」

僕は気が付いた。喋れている。さっきまで口が全く動かない状態だったのに。

それより、最初から動いていた。

僕は指先を動かそうとすると、指は固く動かなかった。

だが、力は入るようになった。

だが、指先には妙な感覚が走る。現実の感覚だ。これはペット体。毛の量はそこそこあって、何か丸っこい。小さい。リークだ。

ここまで、現実の感覚が夢の中であると、大丈夫。

今なら夢から覚める。もっと現実を夢の中で感じて‥‥‥。


一筋の光が僕を照らす。

夢の中で感じた通り、僕の右手にはリークが寝ていた。

僕は辺りを見渡した。

部屋には、僕、仁先輩、詩穂先輩、長谷川さん、近藤さんが部屋で寝ていた。

みんな部屋着で寝ていた。僕もいつの間にか、部屋着で寝ていたみたい。

僕はリークを抱えながら重い体を起こす。

そして、ゆっくりと部屋のドアへ進む。

いつもより、体が疲れている。

「春樹」

と僕が階段を下りていると、リビングから出てきて、出入り口で僕を呼ぶ彼女。

「おはよ。どうした?」

僕はあくびをした後、彼女に挨拶をした。

「うん、おはよう。きて」

と彼女はリビングへ入っていった。

僕は彼女の後を追う様にリビングに入ろうとした。

だが、僕の足は反射的に止まった。

さっき、彼女は、制服だった。スカートにブラウス、膝下まで伸びた靴下。

だが、夢とは違って、エプロンではなくブレザーだった。

気のせいだろう。まさか正夢になるわけではないだろう。大丈夫、何も不安になることはない。いや、そもそも僕に不安など存在しないけど、この際は気にしないでおこう。

僕はリビングに足を踏み入れた。

「ここに座って」

といつも僕が座っている椅子に座らせられた。

そして、彼女は台所へ姿を消した。

「まずいかもな‥‥‥」

まさかのまさか、正夢になるなんてないよな。落ち着こう。妄想にもほどがある。

大丈夫。彼女に限ってそんなことはしないはず。

そう自分に言い聞かせていると彼女が台所から姿を現わした。

そして、彼女はお盆に湯気が出ている深い皿を持って来た。その皿は、主にスープなどに使う皿。もう、僕はシミュラクラ現象を見たくない。

僕はシミュラクラ現象にトラウマを覚えてしまったようだ。

「はい」

彼女はお盆に乗っている皿を僕の前に置く。一緒にスプーンも。

僕は目を大きく開けた。

僕の鼻を刺激する匂い。

僕の食欲を――

「い、いただきます」

僕は手を合わせて、スプーンを両手の親指と人差し指に挟んでそう言った。僕は警戒するようにゆっくりとスプーンでスープをすくう。そして、ふぅ、ふぅとスープで舌を火傷しないように息を吹きかける。

そして、そのスープを口に含む。

「お、美味しい」

僕はそうつぶやいた。

彼女のスープは見た目が綺麗で、僕の鼻を刺激する良い匂い。その匂いが原因で僕の食欲を増した。

「凄いな。おいしいよ」

僕が彼女に言う。夢の中も彼女とは違ってとても良い一品だ。

ジャガイモも美しく料理されていた。ジャガイモ以外にもニンジン、玉ねぎ、ウインナーが入っていた。

「ありがとう。春樹、頑張っていたから、私も頑張った」

彼女は照れて顔を赤く染め、お盆で顔の半分を隠す仕草をした。

それを見た僕は心臓が一瞬跳ね上がった。

だが、一瞬過ぎて自分でも何なのか分からなかった。

「そうか」

僕はそれだけ言って、彼女のスープを次々と口に入れる。スープの熱さに舌が慣れてきたころには、具材は食べ終わっていて、残りはスープのみ。僕はまだ、残っているスープの温もりを手で感じながら、飲む。

そして、僕は彼女のスープを完食した。

「ごちそうさま」

僕はスプーンを机の上に置いて、手を合わせて言った。

正夢は良い方へ変化したみたいだ。

体の疲れが取れたところで、ペットたちのエサをあげることにしよう。

僕は膝に乗せていたリークを抱きかかえて立ち上がったとき、彼女はリークを見つめていた。

「リーク、私がやるわ」

「朝から怖いこと言うな。リークは殺されると誤解されるぞ」

僕は朝だから、テンションは低いがしっかりとツッコませてもらった。

「大丈夫、痛くはしない」

「本当に殺す気か?」

僕は彼女の発言により、リークを任すことができなくなった。

「粉を適量で哺乳瓶に入れて、お湯で溶かして、適温まで冷ませる。飲ませる前に排泄させる。飲ませ方はうつ伏せでタオルを巻いてあげる。あってる?」

おお、僕がまとめたリークのミルクの上げ方を覚えているとは。

「なら、熱湯を使っていけない理由は?薄いのも答えて」

僕は彼女の知識を知ろうと思った。

「熱湯は粉ミルクに含まれる栄養成分を壊してしまって、逆にぬるいと粉が溶けきれない」

「正解だ。次は、粉の量について。粉ミルクは、薄すぎるのもダメ、濃すぎるのもダメだ。理由は」

次の質問に対し彼女は考えることなく

「薄いと水分は摂取できても栄養価が足りなくなって、濃いと胃に負担がかかり、消化不良を起こしてしまうから」

「大正解だ。なら、任せる」

と僕はリークを彼女に任せた。彼女はリークを優しく抱き上げて

「かわいい」

と呟いていた。僕は彼女のその姿を見た時、また鼓動が一瞬跳ね上がった。

でも、理由は分からない。

僕はリーク以外のペットたちのエサをあげて、登校時間までの時間を過ごしていた。

僕はリビングでゆっくりと過ごしている。

そのリビングに集まる修正部とダンス部。

みんなにぎやかに朝食を取っていた。

「春樹後輩。今日はどうやって登校する?」

仁先輩は急に僕を呼んだ。

僕は急に過ぎて反応するのが遅れて

「あ、そうですね。どうしましょう」

全く考える気がない返事をした。もう、すでに脳は停止しかけている。そんなことに脳を回転させたくない。

ゆっくりと、のんびりさせてほしい。

「おい、大丈夫か?」

「まあ、何とか」

僕は教科書を棒読みするかのようなテンションと声のトーンで言った。

「それよりどうする?校門からはやばい気がするよ!」

と僕とは正反対のハインションと声のトーン。楽しそうだ。

「今日は校門から入るか‥‥‥」

仁先輩は諦めたようだ。昨日とは違って今日は家からの登校。

教師用の出入り口から入るのしても、校門の前を通らないといけない。

「なら、猪突猛進でいこう!」

詩穂先輩は拳を真上に上げるが誰もそれに応えなかった。

そして、僕たちは学生とは思えない登校が始まった。


「——疲れた」

僕は自分の机に額を乗せた。この勢いで寝てしまいそうだ。

「朝からマスコミ。お疲れー!」

と僕の辛さを知らずに楽しそうな大地。

「大丈夫?」

と僕の顔を心配しながら覗く山本。

この山本の仕草は、女子にされたい仕草で男子の中で上位の方にあった気がする。

「ああ、大丈夫じゃない」

僕は疲れ切って乾いた声で言う。

水分補給は朝学校に着いたときにしたのに、もうカラカラだ。

僕はカバンから水筒を取り出し、一口、ウーロン茶を飲んだ。ウーロン茶のお陰で喉は潤いを取りもどし、砂漠から、立派な草原に変化した。

「徹夜でもしたの?」

「ああ、徹夜して、見たくない夢を見て、その夢がほとんどが正夢になって、マスコミに囲まれながら登校。望んでもないことが続く朝は辛いよ」

僕は山本にこれまで何があったか言った。

「お、お疲れだね」

山本は遠慮しがちのように言った。

僕の事を理解できる人はいないのか。そんなことを考えながら、僕は眠りにつくことにした。


「殺人事件は、考えなくていいの?」

ふと、僕の耳には聞きなれた声がした。

「君は何者なんだ」

僕は彼女に尋ねる。この前は現実世界に僕の目の前に現れてすぐに消えていった女性。

そんな彼女は今度は夢の中に出てきた。

彼女は、茶髪のロング。小顔で肌はすけそうなくらいの白さに真っ白のワンピース。

彼女は僕の夢の世界で裸足で浮かんでいた。

「君は幽霊なのか?」

「違うよ。浮かぶ事なんて夢の世界なんだからできるでしょ?それに、この前会ったときはちゃんと足が付いていたでしょ」

そういえば彼女の言う通り、この前会ったときは僕の部屋の床に立っていた。

「じゃあ、君はなんで僕の夢に出てくるの?」

「それより、殺人事件は大丈夫?速く解決しないと」

話を逸らす彼女。僕はそれ以上彼女を追求することなく、事件の事を考えることにした。

追求しない理由はいたって簡単。彼女が話す気がなさそうだから。

それに話を逸らすってことは、聞かれたくない事っていう事だ。

「事件はけ、春樹君の町を怯えさせているんだよ。速く考えなきゃ」

と彼女は僕の周りを自由に飛び回る。

それより、今さっき僕の事を圭介と言いかけた気がする。

「事件は、謎に包まれる一方だ。警察が調べて分かっている範囲を聞いても真実どころか、仮定すら立たなかった」

「それは、考えがまとまってないからだよ」

と彼女は僕の周りをまわるのをやめ、僕の前で止まって言った。

「じゃあ、被害者は」

と話を進める彼女。

「被害者は二人。一人目は北里英子、二四歳、大学を卒業、絶賛就活中だった。

二人目は、って、ここから先は言えないんだ」

僕は木村刑事の機密事項を危うく言うところだった。

「ああ、大丈夫だよ。ここは夢の中。それに私の存在を知っているのは春樹君だけだから。気にしないで」

僕しか知らない存在。それが彼女。彼女は僕が作り出したただの幻想なのか。

そうとしか考えられない。

「あ、春樹君の幻想ではない。まあ、幽霊的な感じで思ってくれればいいから」

幽霊じゃなくて幽霊的存在。よく分からない存在と考えよう。

「つまり、君は僕しか知らないし、僕しか見えない存在なのか?」

「そういう事だね」

なるほど。なんか嘘っぽい。

「私の事は置いておいて、話を続きを」

彼女は僕を急かす。

「僕は君を信じるよ。二人目の被害者は、金子夏樹。二〇歳だ。音楽大学生だ」

「うんうん」

と頷きながら彼女は空中に僕が言ったことをメモのように黒字で書いていた。

ここは夢の世界。僕が作り出した世界だ。

夢の中はイメージさえしっかりできれば何でもできる。

彼女は文字を書くイメージをしているのだろう。

「二人は、胸部にナイフで一刺しされて、警察は初めは大量出血で死亡と考えたが、解剖したところ、胃に大量に大麻が見つかり、中毒死したのが分かった。

これは二人の共通するところだ」

「ほうほう、若いねえ」

人の事を言えるのだろうか。彼女も僕とさほど変わりはないくらい若い。

被害者から見れば、ただの嫌味でしかない。

「それと、容疑者は、安藤正治、二六歳。彼は二人目の被害者、金子の交際相手。

もう一人、柴田宗助。木村刑事は同僚と言っていたので、二六歳なのが予測できる」

彼女は『26歳(仮)』とメモを取ることに集中していた。

「ふむふむ、リヤ充は爆発だね」

さらりと、愚痴を言うのをやめて欲しいな。

「だが、二人ともアリバイはある。容疑者二人で居酒屋に行っていた。店内の防犯カメラに二人が映っていたそうだ」

「なるほど、二人の職業は?」

彼女はメモを取りながら、僕に背中を向けたまま言った。

せめて、僕を見て言って欲しい。幼稚園の時にそう習っただろ。

「二人は音楽編集者。成績もそこそこある人だそうだ。あと、二人の身元を調べても大麻は発見されなかった」

彼女は僕が言ったことを全て書き終わったようで、指を動かすのをやめて、振り返って僕を見た。

僕はあることに気が付いた。

「そこに浮かぶのはやめてくれ、白なのがすぐに分かる」

「いや~ん、春樹君のエッチ。私のパンツを見て欲情したのね。仕方のない子。しょうがないから、少しだけなら見せてあげる」

とワンピースの裾を持ちゆっくりと上げ始めた。

僕はそんな彼女を見ていられなくて

「なら、僕は現実にも――

「あー、ごめんなさい、ごめんなさい。私が悪かったです。すいません調子乗りました」

と僕の制服をしっかり握って、現実に戻させないようにしてきた。

僕は彼女を見る。

涙目の彼女。

僕は大きくため息をした。

「とりあえず、事件を考える事にするよ」

「ありがとう」

と彼女はまた、飛び回る。

僕も体を浮くイメージをした。

体は軽く、無重力のように浮いていく。

そして、彼女がまとめた文字の前で停止した。

彼女のメモを見ながら考える。

だが、考えれば考えるほど謎が深まるばかりだ。

「まあ、そんな頭を固くする必要は無いって。まず、そうだなー。あ、被害者の共通は?」

彼女はこの事件の真相を知っているのだろうか?

まあ、知っているかどうかはのちに分かるだろう。

「二〇代で、若い。‥‥‥そういえば、二人とも音楽大学生だ」

僕は木村刑事に見せてもらったiPadの個人情報に書かれた履歴欄を思い出した。

「それからそれから?」

僕はさらに考え込む。二人に共通している事。

「二人は交際相手がいる、その相手も音楽関係者」

「それから?」

それから?これ以上何も思いつかない。彼女は何を言いたい?僕は考える。

「同じ人間という生物?」

「行き過ぎ!」

と僕にツッコミを入れる彼女。彼女はこの事件の真相を知っていそうな気がしてきた。

「君はこの事件の真相を知っているのか」

「知らない」

即答だった。

「ただ、春樹君の推理を私が真似をしただけ」

人の推理を真似をするなんて、何て人だ。そんなもの真似する人間どこにいる。いや、そもそも他人の推理を真似何てできないだろ。

「それより、さっきの話。人間は行き過ぎ。少し戻って」

少し、少し戻る。二人の共通‥‥‥二人の共通――ッ!

「女性!」

「そゆこと!」

と指をパチンと鳴らす彼女。少し楽しそうに僕は見えた。

考えている事は深刻ことなのに、なぜこんなに楽しそうなのだろう。

しかし、どういう事だ。今回の事件でなぜ、女性が関係してくるのだろう。

「次に進もう」

彼女は、楽しそうに話を進めていく。

「次は容疑者だね。容疑者の共通は?」

「音楽関係者、同じ職場。二人は高校の時から関りがあった」

僕は何かを掴んできている気がする。

「それに、成績が二人とも優秀だ」

僕は何も考えずに言ったことを振り返る。

「優秀‥‥‥まさか」

「どうかした?」

彼女はキョトンとして、僕の顔を覗き込む。

二人は、成績優秀だ。同僚という事は、二人は同じタイミングで就職。

就職したのは、一年前。そんな就職して早々に成績が良くて、出世をすることも可能性はある。そんな彼らを恨む人間は沢山出るだろう。

特に二人の上司。

「じゃあ、二人を恨む上司は誰だ?」

「おお、凄いね。もう、真相が見えてきたんじゃないの?」

彼女の言う通り、真相が見えてきた。

彼らの上司――ん?待てよ、確かあの人も、山崎も同じ職場だよな。

なら、彼らの上司は山崎だ。犯人は山崎なのか⁉

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