3,未来への第1歩

 ついに、ついに今日から社会人!


 ウエディングプランナーを目指し仙台から上京した私、衣笠きぬがさ未来みらい。地元のブライダル企業は全て不採用。しかし下手な鉄砲数打ちゃ当たる。さすが首都圏。就活は難航したけど、なんとか一社から内定を頂けた。今日は入社初日。気合い入れて行かなきゃ!


「持ち物よし、服装たぶんオッケー。独り暮らしだから誰も独り言聞いてない。よし、行ってきます!」


 6時45分、雨で薄暗いながらも僅かに外の光が射し込む家賃7万円、3LDKマンションの一室に響く独り言、洗面所の鏡に向かって笑顔を作る私。晴れの門出に家族の見送りがないのは寂しいけど、いざしゅっぱーつ!


 うぅ、まだハイヒールは慣れないなぁ。痛いしバランス取りにくい。でも、社会人って感じがする!


 私が住んでいるのはあの大都会横浜のとなり街、鎌倉かまくら大船おおふなの住宅地。この街は少し寂れていて、古びた建物や商店が目立つ。街を貫くようにモノレールが通っていて、レールにぶら下がって走っているから乗ったらジェットコースターみたいなスリルがありそう。


 この、これから何度も見るであろうなんでもない景色が、今日の日は、一生忘れられないものとなるのだろう。


 仙台よりも少し早く春が訪れる関東地方では、もう桜が満開。駅へ向かう途中に一本だけ街路樹が立っていて、折り畳み傘の角度をずらし見上げてみる。その健気に咲く姿が、ほっと愛おしい。心なしか緊張がほぐれ、少し肩の力が抜けた。


 これからどんな出逢いがあって、どんなことが起こるだろう。たくさんの人の笑顔に触れて、これから始まる幸せのスタートラインを、この桜の木みたいに、そっと彩れたらいいな。


 えーと、9番線と10番線から出る電車に乗ればいいんだよね。


 駅に着き、通行人の邪魔にならないよう柱を背に立ち止まり、地方出身者感丸出しで発車案内をまじまじと見上げる。うわ何この電光掲示板、10本後の電車までズラッと表示されてる! しかも同じ方向へ進むのに発車時間が同じって、えぇ!?


 あぁ、なんだか混乱してきた。私、ちゃんと職場へ辿り着けるかな。


 乗り場を確認して、とりあえず来た電車に乗った。始発駅なので着席できたけど、駅に停まる度に乗客が増え、降車駅が近付く頃には脚をギュッと座席下の空きスペースに引っ込めなければならない鮨詰め状態になっていた。これが本物の通勤ラッシュか。ドアの周りが一杯になって座席の前まで移動しなきゃいけないくらいで混雑という東北地方での常識が一気に覆された。


 20数分後、いよいよ職場の最寄駅に到着。しまった、出口と反対側の席に座ってた。「すみません、失礼します」と想像を超える人混みを掻き分けやっとの思いで降りるともう発車メロディーが鳴っていて、この駅からの客が乗り込んでいるところだった。


『ドア閉まります。列車続いて参ります。お気を付けて行ってらっしゃいませ』


 駅員さんの口調は明るく、私たち乗客の一人ひとりに元気を与えているよう。私もこんな風に元気を与えられる人になりたいな。でもまずは職場に辿り着かなきゃ。電車が駅を出てもホームはまだ改札口へ向かう人が大勢残っていて、その流れに従うしかない。ギリギリ黄色い線の内側を歩けてるけど、ハイヒールでバランスが取りにくいうえ、雨で足元が滑りやすい。気を付けなきゃ。


 その矢先だった。


「きゃっ!」


 うわあ、何かに躓いた! キャリーカートだ。階段前で急にホームの外側から割り込んできた中年女性の引くキャリーカートに躓き、よろけて体勢を戻せない。周囲の人々は不規則に動く私を上手に避け、誰も押さえてはくれない。


「きゃあっ!」


 体勢を戻すどころか尻餅もつけなかった私はそのままホーム上から足を踏み外し、からだがふわっと舞う感覚を体感した直後、トランポリンの要領で線路に着地したものの。


「痛ああっ!」


 あぁ、痛いっ、脚ひねった。ショックで意識が遠退いてゆくのに、痛みがそれを引き止め、錯乱さくらん状態。ジンジンと足首やかかとの骨が砕けたような激痛に耐え兼ね、私は濡れた2本のレールの間に倒れ込んだ。

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