39話 2026年5月2日

 夢を見ていた。とても古い記憶だ。

 小さな公園に、子供が六人。百合、翔、義之、美波、彰。全員覚えている。翔が缶を蹴り上げ、美波がそれを追う。その間に百合、翔、義之、彰は散り散りにトイレや植え込みの物陰へと走って行った。

 美波が缶を取ってきたらゲームスタートだ。目を伏せていた私が携帯端末を取り出し、美波に通話をかける。この缶蹴りではお互いの陣営で通信が可能だ。たったこれだけの要素が数々の攻略法を生み出し、その後数々のルールによって制限をかけられた。例えば缶を守る側はタッチすることでのみ缶を蹴る側を捕獲できるが、描かれた二つ目の円をどちらか一方が出れば缶を踏み名前を叫ぶだけで捕獲が可能だ。これはゲームの長期化を避け、なおかつ通信可能の利が大きい蹴る側のシビアな判断を要求することが出来るルールだ。下手に動けば缶を守る側が圧倒的有利に立てる。守る側に甘いこのルールであれば僅かな隙を突かなければならない強制力が働く。

 私が斥候として二つ目の外円付近を練り歩く。美波は缶から二メートル付近に描かれた一つ目の円を出たり入ったりしている。二つ目の円の内側に守る側二人が居る場合、一つ目の円の内側には五秒以上留まることはできない。缶を蹴る側は守るどちらかが極端に缶から離れるか、両者が缶に近づきすぎるかのタイミングが一斉攻撃のチャンスだ。

 美波が缶を追ったときに横目で確認した記憶を頼りに、私に彰の位置を教える。二つ目の円から少し離れたところにある太い街灯の裏だった。私が円の外側に走り、街灯の裏にいる彰を認識した時には既に美也に襲い掛かる4人が走り出していた。


 「翔、一二三! 義之、一二三! 百合、一二三!」


 掛け声が早いか、缶が蹴られた音が早いか。彼らは集まって話し合っていたが、今回は百合の到達が早かったとの結論だった。また次のゲームを始める為、陣営分けが始まる。


 子供の頃の私は遊びを思いつく天才だった。公園で集まって携帯ゲームで盛り上がるのに飽きた小学生のグループ、その中に私は居た。ゲームをまだ買ってもらっていない時期に遊び倒した鬼ごっこやかくれんぼ、缶蹴りや簡易サッカーは、私のアレンジによって様々な別の遊びに姿を変え、やがては既知のどの遊びにも似つかない、新しい遊びに皆が興じた。時には友人の素晴らしいアイディアが私の遊びを修正し、時に駆逐し、また新たな私の思い付きが彼らの上を行くというようなシーソーに乗り、陽が暮れるまで遊び倒した。


 月日は残酷なものだ。かつて友達や周囲の大人たちから天才と呼ばれた私も凡人の一人として社会に足を踏み入れた。当時はまだ若く、庶民は所詮庶民という環境を知ってはいたが、雇われの身で何かを為そうとしていた。結局それは一人よがりの空回りに終わったが、それでも新天地を目指した私は自分の足で、閉塞的な環境から脱出した。だが、結局のところ面白さで社会は回っていないのだ。

 なぜ会社を手放したのか? 上から作れと言われたものに不服があったのか? 命令されることそれ自体を嫌ったのか? それらは百点の解答ではないと気付く。

 私はもう一度、あの遊び場が欲しかったのだ。皆で考え、楽しむ場所。会社を始めた当初はそういう要素を垣間見た気がしたのだったが、目的の違う人間が関わっていた以上、やはり平和は長く続かなかった。社長とはいえ小さな会社だ。管理職という立場上、日々起こる諍いに悩まされる時間は、程なく新しいアイディアを生み出すことよりも重要になっていった。

 成功しすぎたというのも運が悪い。お金の匂いに釣られた人間というのは酷くつまらないものだ。そうしたものから逃げ隠れていた私にとって、この夢はどこか他人事で、素晴らしいファンタジーに思えてならない。



 目が覚める。黒く細長いものが無数に顔をくすぐり、くすぐったい。


 「おっ、起きたッスよ!」


 起き抜けに至近距離で食らうには大きすぎる歓声。私の顔を覗き込んでいた優乃華が顔を上げたので、私も体勢を起こす。まだ少し頭が痛いようだ。


 「見得張りやがって。お陰で俺達まで無法者だぜ」


 「時間の問題だったしいいじゃないか。ゲームよりスカッとするし、また暴れたいねぇ」


 見慣れた部屋……私の部屋だ。優乃華は兎も角、TLAの穂村と湊がソファーを占領していた。


 「痛ッ……。おまえら、どうしてここに……?」


 穂村がケラケラと笑いながら答える。


 「どうしてって、おめえらを助けてやったんだろ。覚えてないのか?」


 記憶を辿ると、確かに誰かの助けが必要な状態にはなっていた気がするが、癪なので「覚えていない」と答えた。


 「優乃華ちゃんが僕達に連絡くれたんだよ」


 つきつけられた湊の携帯端末には、SNS上の個別チャットに優乃華から送られた位置情報と「SOS!」の文字が並んでいた。


 「いつもなら無視してやるところだが……状況が状況だしな。そこらで戦火が上がっている以上、まあ義理で駆けつけてやったわけよ。このツケは高くつくぜ?」


 まあ薄々気が付いてはいたが、やはりそういうことだったか。

 

 「お前たちのおかげで私はここにいる、ということか。ありがとう、助かった」


 「もとはと言えば僕のおかげッスからね!? お礼は?」


 「ああ、優乃華もだ。ありがとう」


 私以外の三人は顔を見合わせると、若干姿勢を正してこちらを見る。


 「あの須賀さんが……こんなに素直!」


 「大丈夫か? 頭でも打ったんじゃねえの?」


 「キャラじゃないよね」


 余計なお世話だ。


 「私は大丈夫だが……。外はどうなっているんだ?」


 既に外は暗く、とうに陽は落ちているようだった。あまり長い間寝ていた自覚は無いのだが、相当時間が経っているようだ。もしかしたら暴徒は既に鎮圧されているかもしれない。


 「いろいろッスねー。ニュースも錯綜しすぎててわけわかんないッス」


 「確かなことは、あれだな。平和ってやつがどこか遠いところに行っちまったってことだ」


 話を統合すると、どうやら世界中で能力者が暴れ始めたらしい。それはここも同じで、都庁に襲撃した彼ら以外にも暴れている能力者は4人以上いるらしい。そして東京都内だけでも、確認されているたった十名(私達を除いて)の誰一人として未だ捕まった人間はいないとのことだった。

 彼らは破壊活動を続けており、被害者数は目算も立たない程だという。


 「優乃華が隠した五人はその後どうした?」


 「穂村と湊が包囲してた人たち綺麗一掃しちゃったから、元の場所に降ろしたッス。移動させるの超大変なんで」


 ということは助けた彼らも加担しているということか。私に仇成す者どもとはいえ、大量虐殺の片棒を担いでしまった以上、私達も同じテロリストという扱いに違いない。


 「で、どうするよ。俺達にもテレパスで声が聞こえたがな。正直ついていけねえわけよ。大体、ゲーム内ですらまともに手組んで上目指そうとしなかった奴らと今更組めるかってんだ」


 「僕も賛成ッス。ちょっとネジ飛んでる感じッスよね。ついていけないっていうか」


 「僕はどっちでもいいんだけど。一応穂村についていくよ。敵に回したくないし」

 

 「それなら全員とっちめちまうか。俺等ならいけるだろ!」


 「穂村一人でやっていきて。僕は見てる」


 「そうッス。大体、僕としてあいつらとっちめる方がいいッス! そっちの方が面白そうッス!」


 「お前、須賀共々殺されかけたの忘れてんだろ? もっとバーっと考え変えないと生きていけねえぞ」


 「うわ、頭悪そう。僕達の能力で新しい島をつくるとかどうッスか」


 「考え方変えると言うより、ただのバカだろ。まあちったぁマシになったかな」


 「なにを!?」


 どうやら誰も指針が固まっていないようだったが、落胆しているものや無駄に苛立っているものはいない。ここは良い。まるで昔に戻ったみたいだ。ここでなら、私の幼稚な提案も面白がってくれるかもしれない。なにより、それを実行できる実力の持ち主たちだ。古い血が沸き起こる。


 「私に考えがある。対戦ゲームも飽き始めた頃だしな。次のゲームを始めようじゃあないか」

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