38話 作戦と誤算
思った通りで、視界が遮られたとなると逃げられないようじりじりと包囲を狭めてくる。
「家ごと囲われる前に動くぞ、優乃華」
繋がった携帯電話の通話状態は上々だ。ある程度声を張り上げないと聞こえないという難点を覗けば意思疎通が可能になった。優乃華の消失能力はそもそもこの世界から物理的な存在をしなくなるので、声を出そうと周囲に聞かれることは無い。
「待……て……。俺も加勢する……」
未だ脳が揺れているだろうミカゲはフラフラと立ち上がり、刀を握る。
「当然だ。そのためにお前だけ残しているのだからな。他の奴らじゃ足手纏いになりかねないが、まあ精々頑張ってくれ」
その様子を見た優乃華は外へ飛び出す。何発かの銃声が聞こえ、家屋を破壊する。
「さっきも言ったが殺さずに抜け出そうなんて甘えた考えは捨てろ。必要であれば、などと思考する時間すら命取りだ。攻撃するのであれば必ず致命的な一撃を躊躇うな」
「誰にものを言ってるんだ。とっくにそのような覚悟はできている」
優乃華に通話したつもりだったのだが、既にテレパシー能力の波長を合わせられていたようだ。思っていたよりもかなり優秀らしい。
「テロリストは黙って欲しいッス。僕はいざとなったら五人連れて逃げるんで、宜しくッス!」
「な、卑怯な!? 能力あるもの、戦いから逃げることは許されないぞ!」
ミカゲの戯言は無視するとして、まず優乃華には戦場をかき乱してもらう。私はその援護。ゲームと同じ要領でまずは仕掛ける。幸いにもミカゲが減らず口を利ける程度には元気なようなので少し重めの仕事を任せる。
「仲間内で出したい奴が居れば優乃華に頼め。裏口から出て反対側の制圧を頼む」
表側で私の援護を得た優乃華に暴れてもらう。念話の波長が全員あった今、携帯電話の通話よりもリアルタイムに意思疎通が可能であり、当初よりも安全に優乃華をサポートできそうだ。五人が消えたところは観測されているだろうところで、裏口方向の制圧をミカゲに任せる。ある程度戦力的に手薄になればミカゲにはそのまま包囲を破って逃げ出してもらう。機動力のある私達タッグも後追いでそこから逃げ出す算段だ。
優乃華が敵陣ど真ん中に現れ、ハンドガンを撃ちまくる。消した彼らから分捕ったものだろう銃は恐らく自作のもので、素人の優乃華が撃てどもなかなか当たらず、防弾仕様の機動隊を殲滅するには物足りないところだ。しかし、敵陣をかき乱すには十分だった。
幾度も消えては現れ両手の拳銃から弾丸をばら撒き、そしてまた直ぐに消えてしまう優乃華になかなか敵も手が出せない。一人、二人と当たりどころの悪かった人間が倒れてゆく。
「次は北二メートル東一メートル地点だ。ど真ん中に突っ込めば射線に味方が被る以上、相手は打てない!」
こちらもこちらで家ごと薙ぎ払うかのような一斉掃射に、先程会得した物理バリアを使い凌ぎきる。何発かは弾丸の方向を変えそのまま銃身に戻るよう操作すると、撃たれた銃はバレルが縦四つに割かれる。
「すごいッスね! 花が咲いてるッスよ!」
優乃華の周囲に破壊した銃を四つほど念動力で浮かし、グルグルと取り囲みながら鈍器のように空中を舞わせる。それでも白兵戦に持ち込もうとナイフを取り出す輩には、足元を軟化させ瞬時に戻す。するとコンクリートに足が埋まり身動きが封じられる。いくら連戦連勝タッグの相方と言えど、本業とまともに殴りあっては形無しだ。能力をフルに活用し、援護を行う。
視界の悪い霧の中こちらを滅茶苦茶に撃っていた銃声も次第に数が減ったので、バリアを剥がして弓を引く。雷を纏った矢は私の能力をもってしても捉えきれない速度で敵陣を切り裂き、当たった人はおろか、周囲に居た人間にも電流が流れ気絶させる。
「裏口方向、制圧完了した。重力制御はあと五秒程度しか持たねえから早く離脱しろ」
優乃華に撤退を指示すると、先程まで暴れていた二丁拳銃はそのまま姿をくらます。それを見て私も退却を始める。
残り四秒。脚力を増強した蹴りが一瞬にして玄関口にいた私の体を家屋の裏まで運ぶ。物理バリアで守られた私の体が突撃する壁を全て突き破り、建物の外から反対側の外へ。
二歩目を踏み出し、一息に戦線離脱しようとするが、ガクッっと躓いたかと思うと体が大地に叩きつけられる。急激に耐え難い程の頭痛に襲われ、悶え転げまわる。
急激な加速に体が追いつかなかったのだろうか? いや、ミカゲを追いかけていた時のほうが速度は出ていたはずだ。それよりも、今日だけで何度能力を使っただろうか。未だかつてこれほど乱発した事が無い上、今日初めて使用する能力も多かった。恐らくはそこが脳に負荷をかけていたに違いない。
残り三秒。体は前に進もうとするが、最早上下左右どっちがどっちなのかもわからない。思考がまとまらず、能力を使うことはおろか対策を講じることもままならない。
残り二秒。ミカゲの声が聞こえる。なにやらまくし立てていたが、声が脳の中で言葉として認識できず、ただ肉声としての音だけがガンガンと響き渡る。
残り一秒。焦点の定まらない視界の端で何かが動いている。優乃華はもう戦場を脱したのだろうか。であれば、最低限の役目は果たしたか。
ダン、ダン、と音が聞こえる。認識速度が一般人にも劣る私はそれが銃声であると認識できたが、そのことにも疑問を抱くことが出来なかった。撃ち抜かれていればその認識をしている余裕などなく、蜂の巣よろしく原形を留めることなく無残に死んでいるだろう。今のところ私の体にはこれまでに体験したことのないくらいの激しい頭痛くらいしか異常はない。
私に語りかける声が聞こえる。人語としてリアルの空気を震わせる音はなんとか私の耳を介して、意味を理解する。痛む頭をもたげると何枚もの分厚い銀色の板が私を取り囲んでいた。まるで鳥の羽のようにフワフワと浮かぶ鉄板が動くと、赤と黒の入り混じる炎が波のようにそこかしこを焼き焦がしているのが視界に入る。
「よぉよぉ、無様に転がってんな。俺達が来たからには、安心して寝てるがいいぜ」
「そうだよ。ぼ、僕達にここは任せて休んでなよ。弱小タッグが気合入りすぎ」
聞き覚えのある声だ。心強いと本能的に感じた私の意識は、そこでプツンと途切れて暗転した。
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