36話 持たざる者、しかし持ち得た者の主張

 ミカゲはどこへ行ったのか。冷静に思考できれば私についてきて欲しいわけだから、何か手掛かりを残していたのだろう。だがそれに気付く余裕は無かった。

 目に力を入れる。自分のいる位置から波のように全方位に視界を得る。遮るものを次々と透過していく。一点の曇りもない。


 「居た」

 

 見つける前から走り出していた。ミカゲのスピードにはまだ到底及ばないが、それでも地を蹴り足を上げ走る。大腿筋とアキレス腱を強化して加速。何度もリプレイしたこれまでの闘いの数々。その記憶の全てが脳内を駆け巡り、最適と思考された能力が現実世界に適応される。

 再度見よう見まねの翼を生やし、障壁の多い地上から家の屋根、ビルの壁を蹴り上げて跳ぶ。もっと、もっとだ。体中を無数の稲妻が走り、コンクリートを蹴る度に爆風が巻き起こり壁を削る。体は着地している時間よりも空を切る時間のほうが長く、跳ぶというよりは飛いんでいるに近い。四十メートル先から、足場にできそうなしっかりとした建造物が少ないのは分かりきっており、空気中の水分を凍らせた足場を蹴り進む。もう固い足場を探す必要も無い。ミカゲとのスピード差は逆転して久しく、既に目と鼻の先だ。

 

 「待て! ミカゲ!!!」


 気が付くと廃屋の連なるゴーストタウンに辿り着いていた。着地した私を振り向くこともしないまま、ミカゲは一人平屋の家屋に消えていく。しかしそこですぐさま追いかけることはしなかった。塀の裏や木立の影に計5名が潜んでいることを知っていたからだ。

 時間も惜しい、先手必勝。私の部屋の押し入れに入っている弓と矢を瞬時に手元に引き寄せる。スキャン用に製作したフレシェット弾を番え、躊躇なく空中に飛ばす。狙いの三人が逃げられないよう、潜む塀の裏にいる地面を軟化させ、またそれぞれの街路樹に潜む残りの奴らに向けて練習用の矢を放つ。


 「舐めるな!」


 念動能力者一人が矢の動きを止める動きを見せるが、二本の矢じりに意識を集中して加速。街路樹ごと彼らを貫くつもりの破壊力。矢の到達を見届けないまま走り出す。彼らの一人を横目に通り抜けると、案の定物理介入能力者の衝撃吸収シールドが体を守っていた。頭が悪そうだと思っていた敵パーティも互いが補完できるよう考えられて作られている。

 だが私のほうが一枚上手だ。未成熟なシールドは彼らの動きそのものも封じてしまう最終防衛ラインだ。攻撃に寄った能力しか使えない連中が多いが、故にその防御の使用を許せばそれは侵入者の容認となる。拘束解除まで早くて5秒といったところか。


 「さあ、優乃華を返してもらおうか!」


 ドアを蹴破り怒鳴り込んだ先にはミカゲが立っていた。長い廊下の先で二刀を鞘に納め、仁王立ちしている。


 「我らが八王子支部へようこそ。しかし早ぇな。さっきはもっと弱そうだったが? 外の連中も情けねえ。無駄に闘いやがって、それで負けてるようでは世話ねえぜ」


 「御託はいい。優乃華を返すことだ」


 「すっかり熱っぽくなっちまって。少しは人の話を聞いたらどうだ」


 彼が右手を掲げる。これほどの深く黒いオーラは初めて見るが、見極めようとするには遅すぎた。気が付くと目の前は一面の木目模様。横たわった私に近づくでもなく彼は話し続ける。


 「別に危害を加えようとは思ってないんだぜ? だが俺様は一目でピンときた。お前は才能がある。もう一度言うが、俺たち側につかねえか?」


 体が床にへばりついて動けない。押さえつけがかなり強い。


 「……重力操作もできるのか。芸達者だな」


 「正解。芸達者で言えばお前には勝てる気がしねえがな。それで、どうなんだおい!?」


 ピクリとも動けない体はもがくことをやめ、そのうち精神に荒立っていた波が静けさを取り戻していく。なんだ、よく見れば熱くなることなど何もないではないか。


 「貴様らは何がしたいんだ。それを聞かずに仲間だというのも、変な話だろう?」


 「フン、もっともだな。しかしお前ほどの能力者にボスの "声" が届いていないとは。反旗の宣言を聞いていないのか?」


 「反旗の宣言? どのゲームのイベントだ?」


 「この世界がまさにゲームになったのさ! ボスの正体は未だわかっちゃいねえが、相当なテレパスの持ち主だってことだけは確かだ! 彼が一言、世界に発信しただけで俺達は繋がったんだ!」


 まるで今まさに、おもちゃを手に入れた子供のようなはしゃぎ様。


 「『虐げられしもの多き、能力を持つものよ。選ばれし人類は腐敗する世を再生する戦いに勝利するだろう』ってな! 今では全世界の能力者が一定のチャンネルで繋がってる。誰も彼も、能力者だけで構成する世界のことしか考えてねえ!」


 「そんな大層な。それに多勢に無勢だ、許されるわけがない。いくら何でも能力者でない人間の戦闘力を舐めすぎだ。警察はともかく、軍隊に勝てるわけがないだろう」


 「それはどうかな。能力者の進化スピードはヤバイぜ。既に銃弾や爆発物なんて寝込みに使われても効かない奴らだっている。暴力で上回る日も遠くないぜ」


 「なるほど、まあ実感するところではあるな……。だからと言って、少数の能力者だけでは生活できないだろう。もっと平和的にお前達の主張をしたらどうだ」

  

 明らかにこいつらは、キレてる。言葉で宥められないかと一縷の望みを繋げようと、話を誘導してみる。

 

 「平和的だ? お前は自分の十年後もわからねえのか? ゲームセンターにいるような人間だ、ロクな財布事情じゃああるまいが、まともなもん食ってないせいで脳みそとかしちまったのか? ついさっき暴かれた貴様らへの仕打ちを忘れたのか?」

 

 言葉を選んだつもりであったが、逆に刺激してしまったようだ。語気が強くなる彼がこちらに歩いてくる。


 「年々日銭は減っていく。もう今年からは唯一の趣味のゲームですら辞めて生活費の足しに金を工面しようかと考えたほどだってのによ。まあ、ずるずると続けて大正解だったがなあ。兄ちゃん、わかるだろ? 俺達には平和的な解決なんて望んでねえんだよ。話してみたらわかるが、どこの国だっておんなじだぜ」


 「私は、思わない。武力で制圧した後に残るのは長い闘争だけだ。もっと賢い使い方をすべきだ」


 「それじゃあ、意味ないんだわ。理想の世界に賛同しない奴は、俺達が支配する世界には要らない。それがボスと、俺達のやり方だ」


 なるほど。闘いたくて仕方のない暴走集団というところか。これ以上話していたも仕方がないし、彼にこれ以上接近を許すのも危険だ。心の中で優乃華への合図を送る。


 「承知ッス!」


 ミカゲの背後、突如空中から回転する優乃華が姿を現す。グルグルと勢いよく回る躯体から伸びる白く長い足がミカゲの後頭部を捉え、強烈な一打を加えた。

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