35話 奪われたのは何

 大きな破壊の名残として小さな天井の欠片がパラパラと降り注ぐ。私を寸でのところで守ってくれた優乃華に瓦礫が当たったらしく、揺り動かしても返事が無い。幸いに呼吸はあるようで、私は意地と猛りで一歩踏み出し彼女を背にして立つ。


 「なんなんだ、お前らは」


 長髪の二刀流は剣先をこちらに向けたまま、にじり寄る。


 「さっき言った通りだぁ! 何度も言わせんな!」


 「断る。退いてくれ」


 「そいつは無理な相談だな。派手に暴れ始めちまった以上、戦果は必要だ。大層な内緒話も聞いちまったしなあ!」

 

 そう言うと彼は踵を返し、ソファごと後ろに隠れていた神崎を貫く。間一髪でそれを躱した彼は、黒服とともに外へ逃げ出す。


 「おいおいおい! このミカゲ様から逃げられると思うのか。ザキ、ツクヨミ。お前らは奴らの処理だ」


 残像を残し場を去る二人。こちらを向き直るミカゲと名乗る男。どうやら見逃してくれるわけではなさそうだ。相手は一人。優乃華の負傷は見る限り大事には至っていないが、こんないつ戦場になってもおかしくない場所に長いするわけにもいかない。


 「まあゆっくり話でもしようや。俺達はお前らの仲間になれる。少なくとも、さっきのゲス野郎どもよりもな」


 「話なら後で聞こう。優乃華を安静なところまで連れていきたい」


 「いいや、ここでだ。今日この時から始まる革命に初期メンバーとして参加できる最後のチャンスだ。強い強いこのミカゲ様が、世界的規模の能力者パーティに入れてやろうと言っているんだ」

 

 「それ以上下らない話を続けるのなら押し通る」


 「やれやれ。少しは冷静になりな!」


 一瞬の間もなく距離が詰められる。二筋の峰が私を捉えた。

 迷いなく目の前に意識を向けて空間を爆発的に膨張させると、反動で自分の体が後ろに吹っ飛ばされる。間一髪で太刀筋を躱すが、既に次の斬撃が衝撃波として目の前に迫っている。


 「逃げ回るだけかぁ? 弱ぇえぞ!」


 ゲーム内では攻撃を武具に頼っていたところが大きく、素手で戦わなければならない状況では難しい。しかし敵のオーラと闘い方を見る限り、足周りの肉体強化と斬撃の強化及び衝撃波での攻撃がメインとわかった今、対処はそう難しくない。

 目に見えない衝撃波にピントを合わせる。そこに力を籠めると衝撃波は進行方向を変え、元居た場所に戻ってゆく。今私の使える一番の大技である。再使用までが長いので迂闊に使えないが、そうも言っていられる状況ではない。

 勝ったと思った瞬間、見えないはずの衝撃波は出自である彼の刀によってかき消された。大した出力も出ていなかったことも相まって、ほんの一振り薙ぎ払うだけで一陣の風になる。


 「まあまあ、やるじゃねえか。だがこれしきでやられるミカゲ様でもねえ! こっからは接近戦、俺様のテリトリーでやらせてもらうぜ!」


 再び間合いを詰められる。だが前回とは異なり、準備ができている。ミカゲの行動を筋肉の動き、神経伝達の流れ、目線のクセなどから分析して剣戟を躱す。二刀流でそこそこ実力も備わっている為なかなか反撃の隙もない。全ての攻撃を見切り続けて約4秒、漸く反撃の隙ができる。迷わず拳を振ると、吸い込まれるように彼の胃への直撃コースを辿る。

 ミカゲは息を吐く。地面を蹴りあげどうにか後方に下がり、距離を取った。


 「クソッ! なかなかやるな。別にお前とガチでやり合うつもりはないんだがな。あっちも仕事は終わったようだし、俺一人が何の土産もねえってのもつまんねえしな」

 

 ミカゲは横たわった優乃華を瞬時に拾い上げると、上の階に飛びあがる。

 

 「あばよ! 俺はお前が気に入った! こいつを返してほしけりゃ、きちんと話を聞くこったな!」


 見よう見まねで会得していた身体強化でなんとか穴あきの天井にしがみつき追いすがるが、既にミカゲと優乃華の姿はなかった。

 体の芯が熱を発する。制御不能に上がる体温が彼らを滅せよと私に命じる。崩れた外壁から身を投げ、地上に向かって垂直落下する。頭に血が上るのを感じながら、傍で冷静な私が思考する。「お前はなぜそこまでの激情を抱くのか」と。私は答える。「あたりまえだろう!」


 思えば長い二ヶ月半だった。その間ずっと隣にいた優乃華は私の中でもっとドライな立ち位置にいると思っていた。実際年長者と未成年という関係性上、私が彼女を守る立場であれとずっと考えていた。ゲーム内では助け合う対等な仲でも、現実世界ではそうもいかない。だが先程の失態はなんだ? 私のせいで彼女を危険に晒しているじゃあないか。その上死んだように生きていた私に生気を取り戻させたのがそもそも彼女ではないか。そう考えればずっと助けられっぱなし、ということになる。この体たらく情けないにもほどがある。その上、彼女のみになにかあったら私は……。


 地上まで残り三メートルというところで落下の勢いを殺す。イメージするのは翼。この一週間、日に日によく見えるようになる目はとうとう相手の能力者がどのようなイメージとプロセスに能力を発動させているかまでを見透かすようになっていた。盗めるものを片っ端から盗んできた中の一つ。まだ飛べるまでには至らないが、地上数十メートルからの落下程度であれば着地くらいはこなせるだろう。形成した黒い翼は今にも崩れそうなほどボロボロであったが、力任せに空を切り一瞬体を浮かす。

 地に降り立った私の体にはいくつもの熱が入り混じっていた。傲慢な国の態度、理不尽な能力者どもの襲撃。守られた挙句守れなかった保護者としての責任。いや、それは表面的な意識が導き出した表向きの怒り。一瞬垣間見えた、胸の奥底で嘆く彼女の喪失そのものについては思考に余計な葛藤を生みかねないとの警告が発せられる。今は見て見ぬふりに決めた。

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