34話 黒幕が語る最中に戦端は開かれる
騒動の翌朝、玄関のチャイムと共に目が覚める。20秒で身支度を整えてドアを開けると如何にも偉そうな警察の方と、以前絡まれた黒服にそっくりの男がいた。
「すみませんね、こういうもので……。少々署で話をしたいのだがよろしいかな?」
掲げられた手帳に名は神崎、役職は警視長と書かれている。
「いいですが、後ろの方は?」
指名された彼はサングラスを外し、懐から保険証のようなものを取り出す。何を取り出すかと身構えてしまったが、受け取った身分証明証を見て驚いた。
「自衛隊の方が、どうして私に? 先日の事件はそれほど大事だったのでしょうか」
私の疑問に神崎が割り込む。
「すまないが、込み入った話はここでは……」
訊きたいことは山ほどあるのでついていくことにする。優乃華も是非同行してくれとのことだったが、成人男性の部屋になぜ血縁で無さそうな元女子高生がいるのかとの詰問がなかったことに安堵する。
高級感ある黒光りを帯びた車に乗り込むとやたら広い。車には疎いが、これがVIP待遇というものだろうか。思えば社長と呼ばれていた頃でさえこのような扱いは受けたことが無かった。珍しく優乃華はとなりでちょこんと沈黙している。普段乗れないような車に乗る興奮よりも流石に警戒心が勝っているようで、緊張感の抜けない肩を何度も上げては落としてを繰り返している。
車内ですら会話は気のないものに留まっており、しきりにゲームの話をふってくる神崎からの質問にただ答えるだけというなんともつまらないものであった。私も緊張しているのか、全く気の利いた返答ができない。
「こっちだ。まあ、あまり鯱張らずリラックスしてくれ」
そう言って通された部屋はドラマでしか見た事の無いようなやわらかいソファと長机が置かれた応接室で、到底リラックスできそうな内装ではない。
「で、お話というのは何でしょうか。私のほうからもお尋ねしたいことがいくつかあるのですが」
やわらかいソファに沈んだ体は自然と背筋が伸びてしまう。優乃華もそれは同じようで、固く握られた拳を膝にのせて九十度の姿勢が崩れない。
「そうだな。そちらの疑念を解決しない事には信頼されないだろう。まずは何から話すべきかな?」
柔和そうな顔だがこちらを見る目は鋭い。相手も相手でこちらを警戒しているというのは同じであった。
「ではまず最初に。そちらの方から以前熱烈なアプローチを受けたことがあると思うのですが、そちらについてはご説明いただけるのでしょうか?」
神崎の後ろで立っている黒服を指さして問う。
「初っ端から難しいところをつくね、まあ想定はしていたけど。さて、どこから話すかな……」
そこから神崎はつらつらと語り始める。意外なことにそれは "Battle Surmount Reality" のことについてだった。
「ゲームの内容については釈迦に説法だろうから割愛させてもらうよ。問題は運営元のセナミグループの子会社で、主に脳波解析についての研究を行っていたステラコニル社だ。彼らは主にVRゲーム用に脳波でゲーム内の動作を制御するソフトウェアを制作していた」
事が起こったのは丁度、瀬波雄輝が "Battle Surmount Reality" のプロジェクトを司る要になった頃だと言う。瀬波優乃華の父であり、開発責任者。彼は脳に秘められた可能性などという今から凡そ40年前、1990年代に流行った迷信に憑りつかれ、それを引き出すような開発を秘かに進めていたのだった。
「父が……」
優乃華は初めて力が少し抜ける。目線を落とし、何かを思案しているようだ。
「優乃華クンには悪いが、彼は今失踪中ということになっている。詳しいことは分からないが、関係者の話では "消えた" とのことだ。自らの身体をも使って実験を繰り返していた彼だ。恐らくなんらかの能力に目覚めたのだろう。現にそういった証言もいくつか挙がっている。ゲーム内で彼を見たなんて言うバカげたものまでな。」
「それで、なぜ私たちは追われる身に?」
「うむ、キミ達が収めてくれたあの事件だがな。あれと似たようなことは以前からあちこちで起きていたのだ。各国報道規制こそあれど、これほど平和が続くとは思わなかったがな。日本国としてはかのゲーム由来の能力覚醒者……呼称『オリジナル』達について秘密裏に "処理" することとした」
ガンと心臓を突かれたような衝撃。
「ハ、ハハ。まさか。法治国家はどこへ行ったんですか」
「既に1か月前から事の収拾に努めていた警察組織はこのゲームの特異性に苦しんだ。なにせセナミにサーバーをダウンさせたにもかかわらず、一ヶ月もサービスが継続されるのだからな。これが瀬波雄輝の能力によって引き起こされたのかどうかは謎だが、結果的に孵化する前に刈り取るはずだった能力者どもの出現は止められなかった。」
「だからって……」
「様々な検証の結果、能力の発現によってこれまでの社会が保たれる可能性は限りなく低かった。なにせゲームセンターに通う層というのはキミ達みたいな裕福な人間は少ない。その上、現代兵器のいずれも彼らに通用するとは限らないという可能性を秘めている。」
「お言葉ですが、ゲーム内でそこそこ上位の私達ですらそのような万能能力は持ち合わせておりません。暗殺だなんて早計な判断は断罪されるべきかと思いますが」
「そう語気を荒げるな。あくまで可能性の話だ。それにキミ達も気が付いているはずだ。現実世界で能力を使用していると能力の覚醒や強化はゲーム内の比にならない。これは今日の問題ではなく明日明後日、もしくは更に未来の問題なのだ」
「……ッ!」
「とはいえキミ達を筆頭に既に一般人が暗殺を試みて高次元の能力者に通用する時代は既に終わっている。キミ達がすっ飛ばした彼も、隊の中ではエリートであったのだがな」
「昼間の繁華街で襲うのは流石に得策ではないかと」
「あのときくらいしかキミ達は外に出なかったろう。大分以前より上位ランカーであったキミ達にも尾行や監視をつけさせてもらっているが、引きこもりというのにも困ったものだ」
やれやれという顔をしているこのおっさんが先程から厭に私たちのことを知っている理由が判明した。
「そんな状況の中でだ。キミ達は能力を悪用するような人間でも無さそう、という上の判断もあって、今日は頼みがあってきたのだ。我々と共に "オリジナル” と闘ってくれる気はあるだろうか?」
優乃華は依然として俯き固まったままだった。
「厭です。仮にも消されかけたわけですから」
(反応、拒絶。指示通り目標にも念を送る。応答頼む)
「そうも言ってられんのじゃないか? 時勢は既に、殺す殺さないではなく、どちらを殺すかというところまでもう一歩なのだぞ。"オリジナル" はテレパシー能力者を中心に集団を形成する傾向にある。確たる情報ではないが、かなり大きな能力者クラスタが発生している可能性が高い。彼ら一人でも厄介であるのに、10人も集まれば国レベルでの戦闘が必要なのだ」
(プランAのままで行く。突入の合図を待て)
頭の中に雑音のように文章が流れてくる。
「その情報はどこからのものですか? 仮に思念能力系統の能力が強ければ外部に情報が洩れるとは思えませんが」
ゲーム内ではあまり上位に存在しなかった能力だが、後々までオーラの色が何を指しているのか分からなかった能力系統の一つだ。彼らは自らの能力を隠すことに長け、その意思投影手法も様々であるようだった。
「 "オリジナル" とは別にいるのだよ。我々側の能力者も。その名も……」
(三、二、一、今!)
劈く破壊音。轟音は丁度この部屋の上の階から聞こえた。
「須賀さん、こっち!」
突如として引かれる腕。間一髪で円状に削り取られた天井の落下から回避できた。ぽっかりと開いた天井から3人の男女が飛び降りてくる。日本刀と思わしき長い剣を持った長髪の男が私に剣先を突きつけ言い放つ。
「おうおう、その気がありそうじゃねえか。俺と一緒についてきてもらおうか」
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