33話 小さな事件と大きな不安
「なんスか? 今の!?」
オーナーと優乃華が窓のあるこの部屋に集まってくる。既に光は消えてなくなっていたが、起こった事を説明した。
「見に行きましょう! 何か大事かもしれないッスよ。僕達能力者なんスから、もしかしたら役に立つかも!」
あまり良い予感はしなかったが、かといって好奇心を抑えられるはずも無く優乃華と供にサークルフィットを飛びだした。現場は既に人だかりが形成されつつあり、その中心には二人の警官と、二十台前半でボロボロになったポロシャツを着た男性が立っていた。警官のうち一人は観客を出来るだけ遠ざけようとホイッスルを鳴らし、もう一人はボロシャツ男に警棒を向けていた。近づけない上に小声で喋っており、どのような状況かは分からなかったが、ただならぬ雰囲気がそこにはあった。
「うーん、ここがさっきの光?の発生源ッスか? なんだかそんな感じしないッスけど」
確かにただ事ではない状況ではあったが、地を揺らし天を穿つ光線が放たれそうなファンタジー要素は無かった。こういう時にこそ便利な能力の使いどころである。
「ああ、ここ以外には考えられないかな。半径五百メートル程度を透視しているが、他にそれらしき場所は見当たらない」
私の目に関する能力は指数関数的に増強している。中でも透視や不可視光線の可視化等、現実世界で便利に使えるものは非常に伸びが良い。
「ちょっと盗み聞きしてくるッス」
そう言い残した優乃華はふっと姿を消した。恐らく実体を消すことによって近くで聞き耳を立てているのだろう。あの能力も使う内にかなり便利なものになってゆき、今では姿を消したまま物理的な干渉が行えるまでになっている。
「聞いてみたッスけど、なんだか要領得ないッスね。「何をしたんだ」「わからねえ」の繰り返しで」
能力の持続時間は相変わらずあまり長くないので、盗み聞きには向かないようだが。悶々と状況を見物していると、警官もしびれを切らしたのか実力行使に入る。応援に駆け付けた二人の警官と共にボロシャツの男を押さえつけにかかる。
「俺に、触るなあ!」
彼が右手を上げた途端、咆哮する。辺りが眩く白に包まれる。遅れて響く重苦しく響く"ドォン”という音。それまでボソボソと喋っていた根暗そうな男とは思えない迫力に、その場の誰もが気圧された。取り囲んでいた警官は見物人を抑制していた一人を覗いて全員が倒れ込んでいる。
「ハァ、ハァ。なんだお前ら、見てんじゃねえよ。舐めてっと全員ぶっ殺すぞ!」
幼稚な脅し文句とは裏腹に迫力があった。実際に目の前で実力を行使したという現実。
「優乃華、こりゃ能力者だな」
「須賀さんビビってるんすか? ランカーの腕前、見せつけてやりましょうよ」
ニヤリと不敵に笑う優乃華に調子に乗るなと小突く。相手の分析が最優先。ゲームと違ってゲームオーバーは死の可能性を孕む。雷を落とす能力か?いや、違うな。
「詳細はわからないが放出系だな。何のエネルギーかはわからないが、電気ではなさそうだ」
纏っているオーラは赤黒い。電気が関与している場合多少なりとも黄色い斑紋が浮き出ていたりするのだが、こいつには無い。
「技の扱い雑だし、余裕ッスよ。須賀さん武器持ってないし、目的は制圧ッス。プランB-2ッスね」
「おい、ふざけるな。私は嫌だぞ」
言い切らないうちに優乃華は姿を消す。なんて勝手な相棒だ!
「仕方ない。私が相手になろう、小僧!」
ボロシャツの男はこちらを向き、手をかざしてくる。なるべく観客を背にしないよう彼の右側に回り込むように走り、接近する。
「鬱陶しいなあ、こいつらと同じ目に合いてえかよ!」
彼の右手を包むオーラが黒ずんでゆく。ここだ、と目に力を入れる。彼のはなったエネルギー波は90度曲がり、上空に飛んで行った。
「なっ、テメエ! お前もゲーマーかよ!」
次の攻撃をかまそうと今度は左手をかかげるが、その前に優乃華の準備が整っていた。ボロシャツの男は空中を一回転すると思い切り地面に叩きつけられる。姿を現した優乃華は彼の腕を極めており、多少の体格差では抜け出せないかたちになっていた。能力を使おうと必死になっているが、体を纏うオーラが平衡を失っていてそれどころではなさそうだ。地面に叩きつけられた衝撃が重いと見える。
「確保ッス! お縄にするッス!」
映画でも見ていたかのように呆けていた警官がハッと気が付き、男に手錠をかける。倒れ込んでいる警官の生死を確認すると、思ったよりもダメージが少ないようだった。揺り起こすと簡単に起き上がり、体内にも重大な損傷は見当たらない。
事情聴取が長引いた上報道関係者からの質問攻めに合い、家に着くころには二十二時を回っていた。彼らには能力のことを洗いざらい話してしまった。"Battle Surmount Reality"というゲームが発端であること。ゲーム内で使用できる能力は現実でも使用可能なこと。さらに、その能力は日々進化していること。全く信じようとしない彼らを説得するのに最も時間が必要だった。私たちの能力は派手さに欠け、その分説得力もちょっとしたマジック程度にしかならなかった。
「とっさの判断で私を囮につかうなんて、いい度胸じゃあないか」
漸くゆっくりと文句が言えるというものだ。遅いからと買ってきたコンビニ弁当を温めながら優乃華を詰る。
「だって須賀さんそれくらいでしか役に立たないじゃないッスか。それとも僕一人で命を懸けろっていうんスか? 酷いッス」
およよとわざとらしく泣き真似をする優乃華に呆れながら熱くなった弁当のトレイをなんとか机に運ぶ。
「それを言うなら丸腰の人間を戦場に駆り立てるほうが酷いと思うがね」
「僕だって丸腰っちゃ丸腰ッス。あんな奴の攻撃喰らってるようなら、GaCCの予選突破なんて夢のまた夢だったッス」
二人とも夕飯の準備ができた。幕の内弁当とチキン南蛮弁当が向かい合う。頂きますの合図と共に、言い合いは幕を閉じる。
「いやあ、でもテレビに出ちゃうなんて、悪い気しないッスねぇ」
「彼の罪状が重くならないうちに止められたのはよかった。現地に行こうと言った優乃華は大正解だったな」
「おっ、珍しく褒めるじゃないッスか。うんうん、よきにはからえ~」
「ま、私がついていかなかったら何もできていないだろうけど」
「なにを! あんなん、一人でもけちょんけちょんッスよ」
和気藹々な、深夜の食卓。どこかいつもと調子が違うが、お互い薄々気付いているのだろう。厭な予感がする。それも、人間世界の根底を揺るがすような変化について。果たして私達が語ったゲームの話、能力の話は公に報道されるのだろうか。それとも闇に葬られるのか。平井が人間冷凍事件の記事をよこしたあの日から、奇怪な事件は世界中で起こるようになっていた。もしかしたら私達の起こした騒動など取るに足らないもので、既に世界は変わりつつあるのかもしれない。能力を持つものと持たざる者、その間には毅然たる差がある。
深淵の奥底から魔物がこちらを覗いているような悪寒をごまかしながら幕の内弁当をかきこんだ。
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