32話 過去も歩けば事件にあたる

 「そんなのってありッスか…」


 二次予選初日、意気込んでサークルフィットに突撃した私達を迎えたのは、黒い画面に『メンテナンス中』と表示されたディスプレイだった。


 「相変わらず公式は突発的なアクシデントについてだんまりらしい。アクセスが集中してのサーバーダウンだとしたら、一次予選のほうが酷かったはずだ。何か別の事情か?」


 優乃華、平井と三人で手元のデバイスでネットの海を彷徨っている。私たちを待ち受けていたのは愚痴と誹謗と諦めがなんの躊躇も無く吐露される無秩序な独り言の嵐で、その先に欲しいものはありそうもない。


 「こういう日もあるってことよ。所詮一企業が仕切ってるだけの世界だ、よくあることだぜ。今日は試合の消化を中止、基礎トレーニングに励むように」


 平井はそう言うと、スマートフォンを耳にあてながら外へ出て行った。

 最近あいつも忙しいようだ。まさか、私達がここまで順風満帆に勝ち進むとは思っていなかったのだろう。本業のゲームがプロリーグシーズンに突入したことで、顔を出さないことも多くなっていた。


 「あーあ、出鼻挫かれたッスね。仕方ないので走ってくるッス」


 優乃華は優乃華でランニングマシーンが並ぶトレーニングルームに歩いていってしまう。 彼女をあまり外に出せない状況下、動かせるときに体を動かしたいという気持ちがあるのだろう。

 私は私で、こうも突然予定が狂ってしまうとなにもやる気が起きない。只々ゲーム筐体を眺めるようにイスに座ってボーっと佇む。時折スマートフォンで公式発表や口コミ等を漁って無為な時間を過ごしている。十分、二十分経っても状況に変化は訪れなかった。

 何かしなければと思いつつ、気力が湧かない。イレギュラーなことが起こったときに、行動を急くのが悪手であると自分に言い聞かせる。まるでここ数年の私の私生活とリンクしているようだ。

 

 思えば随分と長い間ダラダラしているものだなと振り返る。仕事という仕事と縁を切ってからの生活に慣れきってしまったせいで感覚が麻痺してしまっているが、本来ならこんな時間から暇をしているなど有り得ないことだ。

 少なくとも、新卒で入ったゲーム会社に営業として入った頃には思いもしなかっただろう。憧れの大手ゲーム会社には今後の活躍をお祈りされてしまった訳だが、憧れのゲーム業界には何とか滑り込めた。


 丁度日本のゲーム業界そのものが衰退している現実が、漸く世間の認識にも浸透してきたくらいの時期だった。一部の大手企業は何とか持ちこたえていたが、パソコンゲーム・スマートフォンゲームが興隆していたのもあって、ダウンロード販売のプラットフォーム陣取り合戦に遅れた日本の企業は徐々にパワーを削がれていった。

 結果私が入ったような会社では過去当たったゲームのアップデートやリメイクといった延命処置がメインの業務だった。退嬰的な日々の業務に二年目には飽きを感じていた私の目は既に会社の目指しているところとは別の方角を向いていた。

 どんどん小さく軽くなっていくVRゲームデバイスや操作モジュールの数々、AIによるシステム制御や量子コンピュータの実用等々、未開拓の新天地を仰ぐ日々。

 いつしか私の羨望は己の行動範囲を追い越して行った。最新の情報に触れる為に大学時代、日本語化されていないゲームを触っていた頃以来に英語の勉強を再開していた。勤務時間中には、自社の仕事と全く関係のないような関係者や技術者にアポイントを取ったりもした。何か新しいことはできないかと手探りにやっていたことが、その後の地盤として大きい意味を持つようになっていく。


 その最たる例が、かつて第一志望としていた企業のプロジェクトマネージャーだ。勤務中にサボって紡いだツテから縁があり、酒を交わしながら発した私の言葉が運命を変えた。 

 それは、VRゲームにおける新しい歩行方法の提案だった。

 VRのゲームを実際に体を動かして行うにはどうしてもスペースが足りない。これは当時VRゲームを制作していた人々の共通認識で、如何に体の移動を少なくするかがゲーム制作におけるセオリーだった。

 一応歩いたり走ったりできるデバイスは存在したものの、筐体自体が大きくなったり使用にかなりの慣れが必要であったりと、普及には今一歩届かない代物ばかりであった。


 そこで私は今眺めているこのゲームの筐体の足場、その原型を開発した会社を立ち上げることとなったのだ。2次元のどの方向にも動かせるランニングベルトは存在したものの、プレイヤーがどこに向かって動くのかを把握しない事には機能せず、転倒の危険性もある。

 私達は3視点のカメラと重心感知、それを管理するAIの開発によってその問題にアプローチした。多少の時間を要するが映像や重心の動きから挙動の予備動作を学習させ、プレイヤーがリアルタイムにどの方向にも動けるようプログラムする。

 ある程度人間の動きというのは一定である為、AIがチューニングする時間もかなり短縮可能だった。要は人間が操作に慣れるのではなく、機械が人間に慣れてしまえばいい。

 

 様々な難関があったが、そのプロジェクトマネージャーの計らいで資金面・人材面に関してはゼロスタートよりかはよっぽど楽に始動することができたし、技術的に不可能ではないことがわかっていたので完成品の取引もその企業と約束できるような態勢が整っていた。

 

 さらに追い風だったのが、個人で所有するようなゲームの衰退だった。経済格差が広がる中、とうとう一人一デバイス、という時代が過ぎ去ってしまったのだ。

 過去に比べれば安値で購入できるスマートフォンやパソコンなんかも、最新のゲームを動かせるような高価な機体は所有できない人々が増えた。

 結果腕前ややり込みを重視するような高機能なゲームは、個人向けの市場では徐々に衰退していき、それでもゲームがしたいという人々は再びゲームセンターに足を向けるようになった。 

 これがVRゲーム業界自体への追い風だった。用意しなければならないデバイスがゲームごとに異なったり、そもそもが大きい物で自宅におけないようなゲームが標準とされるこれらのゲームに、ゲームセンターという環境はうってつけだった。


 そんなこんなで起業した会社は順調に伸びてゆき、周辺の様々なことにも手を出すようになっていったところで転機が訪れたのだ。

 話を頂いたプロジェクトマネージャーの上の上、さらに上のお偉いさんから合併の話を持ち掛けられたのだった。

 元々ゲームの新しい形態を開拓していくというモチベーションで動いていた私にとってはどちらでもよい事だった。順調なうちは問題ないのだろうが、将来のことも考えると傘下に下ることは安定に繋がる良い事に違いないと受託したのが私にとっての失敗だった。

 それまではある程度の需要を探って自主的に企画・開発していたのだが、それからは降ってくる依頼をこなすので精いっぱいとなった。

 そうなってくると需要の聞き込みとある程度の企画を持ち込む多忙な日々とはおさらばして、只の経営管理者としてある程度余裕のある業務を遂行する日々に変貌した。忙しさから開放されたいと願っていたはずではあったのだが、その結果は味気の無い物だった。


 そこからその会社を完全に明け渡すまで時間はかからなかった。やりたいことも大体やってのけた。当面の生活費もある。燃え尽きるに十分な材料はそろっていた。

 形式的に買収された会社は、一年の引継ぎを経て私の手元を離れ、完全に今目の前に置かれているゲームの開発元であるセナミのものとなった。


 金に余裕がある、とはいえ一生食っていけるほどではない。大会が終わったら少し真面目に考え始めるか…。

 まずは目前にそびえる大会をどう攻略するかだ。やる気を出さなければ、と重い腰を上げてイスから立ち上がると同時に小さな振動が伝わってきた。

 直ぐに止んだそれは地震だったのだろうか。この程度の揺れでは大きなガラス張りの壁面から見える景色にも変化は無い、と思ったその瞬間だった。

 ここよりも低いビル群が並ぶ西側。ここから1kmは離れているであろうビルとビルの間から、白い光の柱が空まで貫いた。

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