Chaos Conflict "Battle Surmount Reality"

31話 その報せは兎も角、明日に向かう

 ギリギリで上半身を後方に反らす。目の前を切っ先が通過し、二本目の刀が私の胴体に到達する前に地面を蹴って距離を取る。空中を浮遊する三本の剣を自在に操る目の前の敵のように、最近は敵の能力の向上も著しい。こいつは合計五本の剣を操っており、残り二本は優乃華の相手をしに飛んでいるようだった。

 加えて敵後衛はもっと厄介な念動力だ。荒野の堅い土を踏んでいるにもかかわらず、こちらの足元が泥のようにぬかるんでいる。その上、一所に少しでも留まっていようものなら、ズブズブと地面に沈んで行ってしまう。幸い彼が能力を発揮している間は自身の行動ができないようだが、空中を乱舞する剣技と組み合わさると凶悪なことこの上ない。


 大きな岩が辺りに配置されている荒野のフィールド。不安定な足場と障害物の岩塊を常に意識しながらこの剣戟を捌き切れなくなるのも時間の問題だ。手には短刀、背負った矢筒。もう手札は出し切ってしまった。


 「優乃華、まだか!」


 ボイスチャットが通じているのか解らないため、何度も叫ぶ。その間にも両手剣の連撃が腕を抉り足を削ぎ、じりじりとタイムリミットが迫ってくる。私の能力も格段にレベルアップしているとはいえ、この状況の打開は一人では無理だ。私がやられ、飛び交う三本の剣戟にベースが割られるのが先か。


 「あと一発ッス!」


 その声と共に、私たちの勝利でゲームが幕を閉じる。今日の練習もこれで終了だ。


 「やっぱ勝てるッスね、これ。面白くはないんですけど」


 ヘッドセットを脱ぎ、後ろに束ねた黒髪を大きく揺らす。今日の練習はもう終わりだろう。振り分け表を見る限り、私たちの一次予選突破は確実なものらしい。明日からの二次予選、この調子でいけば希望は見える。


 「戦わずに勝つのが大事と、散々言われてきているだろう。ただでさえ私たちの能力は戦闘向きじゃないんだから、我慢してくれ」


 黒服の襲撃はあれから音沙汰もなく、優乃華の復帰も早かった。一人でうろつかせるにはまだ危険だと思うが、まあ彼女であれば問題ないだろう。

 優乃華の能力は身体の消失、とでも言えばいいのだろうか。襲われた次の日に行ったゲームでは、今までも当然使えていたかのように能力を発現させていた。体の一部もしくは全体を雲散霧消させ、物理的干渉を受けなくなる。消えていられる時間がまだ短いことや、重ね掛け等はできないことがネックだが、このゲームにおいてかなり強い部類に入ることは間違いない。

 対策していなければベースを瞬殺され、対策しようとも確殺することは難しいだろう。このゲームにおいて、無駄な戦闘がいかに勝利を遠ざけるかを体現しているようだった。


 「まあ、仕方ないッスけどね~。須賀さんが殴り合いのできない虚弱体質なので。早くゲーム切り上げなきゃボコボコにされちゃうッスよね~」


 「ちょっと前まで落ち込んだりおびえたり忙しかった奴が、偉そうになったな。元気で何より」


 うんうんと腕を組んで頷いていると目の前の優乃華の体が塵と消える。


 「メンタル強いんで、僕。精々須賀さんももっと強い能力手に入れるッスよ~。明日までに」

 

 ふいに後ろから優乃華の声が飛んでくる。振り返るとはるか後方で、シャワールームのほうに歩いて行っている優乃華が手をヒラヒラさせている。

 ゲームがアップデートしてから二カ月弱。SNSでも半ば冗談めいてささやかれているが、いくつかの噂について私たちは確信している。ゲームの能力は現実世界にも反映されていることが、その一つだ。それは優乃華に限ったことではない。TLAの両名はおろか私にさえ、その力はゲームという枠組みを超えて宿っている。 

 

 「いくら人がいないとはいえ、調子に乗りすぎだぜ。須賀からもなんか言ってくれよ、チームの情報漏洩源だ」


 平井の言う通りではあるのだが、ゲーム内で能力を使用するよりも現実世界で能力を使う方が断然難しい。この一次予選も余裕の全勝、レーティングスコア断トツ一位に輝いているTLAの炎使いである穂村も、いまだ現実世界では身長と同程度の火柱を起こすくらいがやっとだ。

 ゲーム外でも能力の育成として様々な合同練習を行ったが、彼も私もあまり伸びた方ではなかった。彼はゲーム内こそ飛躍的な進化を遂げ続けているにもかかわらず、現実世界での成長は遅々としている。

 

 「いや、手っ取り早く体に馴染ませる一番の近道だ。多めに見よう」


 ゲーム内で最も遅れて能力が開花した優乃華であったが、現実世界で使用する修行法に気付いてからは、伸びが早い。TLAの人達に比べて私達の能力は現実世界で使用しても不自然に思われなかったり、隠し通せる確率が高い。


 「ならお前も能力つかってくれ。眼の力は常時使ってても問題ないだろ。それに、折角発現した新しい能力も使ってないと腐っちまうぜ?」


 「追々、な。やっぱりこっちで使うのは違和感がな」


 「そんなことも言ってられないだろ。ぼやぼやしてると他タッグに置いてかれちまうぜ」


 平井が今日の朝刊を投げ渡してくる。開かれた海外欄の片隅に、ご丁寧にも赤いマーカーで囲われた箇所が読めと主張している。


 「奇怪事件、氷漬け人間か。確かにこんなこと、能力以外で出来るはずもない。最も、これだけ派手なことをやって無事にゲームが遊べるかは疑問だけどな」


 昨夜未明、ニューヨークで氷漬けにされた人間が発見されたとのニュースだった。丁度食品メーカーの倉庫の傍だったので、その関連性で無理やり記事を締めている。あまりに大きな氷に閉じ込められていたので解体に時間がかかったそうだが、そんな氷は能力以外には有り得ないだろう。

 

 「無事じゃなさそうな奴が報道されてるってだけだ。コソ練してる奴らなんて他にいくらでもいるだろうぜ」


 ホラよ、とピンポン玉を投げ渡される。それを受け取ると同時に、先程まで読んでいた新聞紙を頭上に放り投げる。


 「これだけ早い時期に報道されるような事態が起こったんだ。大会が最後まで続くとは思えないがな」


 真上に投げ捨てた新聞紙はまっすぐな放物線を描き、落ちてくる。バサバサと落ちてくる新聞紙を注視する。折り目側の真ん中辺りで良いだろうか、重心が不安定で難しい。ふっと目元に力を籠めると、私の手元に目掛けて落ちてくる新聞紙は、突然見えない釣り糸に引っ張られたかのように平井の手元に飛んでいく。

 結構ギリギリなコントロールだった。案外、こんなのでも修行の一環になるかもだ。やはり現実世界で能力を使うのは有意義だと感じる。


 「やらない、とは言わないがな。休憩もそこそこに、今日から少し真面目にやるか」

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