30話 夢

 ヒタヒタヒタ。階段を下って行く。

 真っ暗な中でも足取りは確かだ。幾度も上り下りした階段。12段目で一階の床。左に曲がるとすぐにリビングだ。ドアに埋め込まれたすりガラスから明かりが漏れている。

 ドアノブに手をかける。ここを開けるのも最後か、と一瞬躊躇する。でも、来たからには開けるしかない。


 「おう、遅かったな。まあいい、そこに座りなさい」


 3人掛けの食卓。一番奥の椅子に、父が座っていた。いつも以上に無精髭が伸びている以外、普段通りの父だった。部屋を照らすLEDがいつもより頼りなく、なんとなく部屋の隅々まで光が届いていないような気がした。


 「いいけど、まだ行かなくていいんスか? お仕事遅れない?」


 「一服するくらいの時間はある。それに、話しておかなきゃいけないこともあるしな」


 そう言うと父は湯気の立った湯呑をこちらに差し出してきた。中身は緑茶だ。うちではいつの季節でも緑茶を飲むのが常だった。父も緑茶を啜り、再び口を開いた。


 「父さんの作ってるゲームだけど、お前やってるそうだな」


 「うん。面白いよ。ネットでは最近のアップデートについて賛否あるけど、僕は面白いと思うッス、超能力。僕の相方もその恩恵に預かってて好調だし」


 「そうか、それならよかった。ところで、お前自身はどうなんだ?」


 「僕は……。そうッスね、素質はあるらしいッスけど、まだまだかな」


 「早く身に着ける努力をしなさい。じきに必要になる」


 父は右手に持った湯呑を真上へと放り投げる。ゆっくりと回転しながら中身が空中に撒き散らされる半透明で微かに緑がかった液体。

 湯呑がゆっくりと放物線の頂点に達すると、父はパチンと指を鳴らす。まるで逆再生のように湯呑が反転し、辺りに撒き散らされた液体が湯呑の中に戻ってゆく。彼の掌に収まった湯呑は、何事も無かったように平然とそこに佇んでいる。


 「こういうこともできるといいんだがな。まだ難しいか」


 「僕の能力はそういうのじゃあないらしいッスけど」


 「これは固有のものではないよ。コツさえつかめば、できるものだ。人間の脳ってのは大体皆同じ作りだ」


 「マジッスか。お父さんの能力も、いくつかあるってこと?」


 当然のように質問したが、父が能力者であることに今更不思議に思えてきた。けれども、それはどうでもいいことだ。


 「いくつか、というと語弊がある。この能力は断絶された個々に分類することは難しい。故にいくつか、ではなくどれだけの範囲、というのがただしい問いだ。私が既にこの物理世界にいないのも、お前の夢に出現しているのも全て、私の力だ」


 カーテンを透過して、白けた朝が部屋の暗がりを薄めてゆく。もう夜が明ける。湯呑の中身を飲み干すと、父は立ち上がる。


 「もう時間だ。私から言えるのもこれくらいだろう。あとは、お前が歩む道だ。新しい時代にどう向かっていくかは、お前次第だ」


 父は私の頭にポンと手を置くと、部屋から出て行ってしまう。もっと話したいことがあるのに言葉が出てこず、動くこともできない。父に会う為にゲームをしていたはずなのに、実際に目の前にいるとこれほど何もできないものなのか。

 カーテンから差し込む光が次第に強くなり、部屋を真っ白に染めていく。待って、まだ話したいことが……。


 



 

 「おはよう。珍しく私より遅い起床だね」


 




  

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