28話 デートとピンチ
お父さんの声が聞こえる。
深夜机に向かった僕。目の前には新品の問題集と真っ白なノート。シャーペンを持った手が、遠くから響く声に立ち止まる。
「今行くよー」
返事をして立ち上がる。ふと、ぴったりと閉ざされたカーテンをひらく。短針がちょうど4を指す時刻、西を向いた窓からは、未だ暗闇しか見えない。
陽が昇らないうちにここを出なければ。持ちっぱなしのシャーペンを机の上に放り投げ、部屋のドアを開けた。
「起きろ優乃華、もう十時だぞ。半分スポーツ選手なのだから、生活リズムを崩すな。」
寝ぼけ眼を擦り、状態を起こす。するりと体から離れ落ちていく毛布を眺めながら、さっきの夢について考えていた。自分の部屋に居て父から呼ばれるなんて事、いつ以来だろうか。読書や勉強に入り込むと周りが見えなくなる子供だったが、不思議と父の声には反応していた。
つい回想に耽っていると、須賀さんが朝食を準備したと僕を呼んだ。
「それで、今日何するッスか?」
「やることも無いしなあ。止められてるけど、ゲーセンまわるか?」
ということで、かつて須賀さんと来ていたゲームセンターに、久方ぶりに訪れた。休日ということも相まって、人でごった返していた。中でもやはり"Battle Surmount Reality" は多くのプレイヤーが囲っている人気筐体だ。とりあえず並んでワンプレイしてみるが、どうやら一回遊ぶのに20分ほど掛かるようだった。まるで有名テーマパークのアトラクションだ。
「流石に、これはキツいッスね。如何に恵まれた環境にいるかを自覚するッス」
「別のところ行ってみるか?」
「いやぁ、ここはまだマシな方みたいッスよ。ここなんか、1時間待ちらしいッス」
SNSのとある発信を須賀さんに見せる。困惑を通り越した笑い声も、ゲームセンター特有の熱気ある喧騒に飲まれて消えていく。
「偶には、ゲーム以外のことやるか」
須賀さんが僕の手を取り、人込みをかき分けていく。一緒に暮らしているのに今更こんなことで照れているのも可笑しいものだ。手を引かれるままにゲームセンターを出るが、須賀さんはこの後の事を特に何も考えていないようだった。そのままテクテクと、街に向かって歩き出す。
「須賀さんは何か買いたいものとか無いんスか?」
春の陽気漂う繁華街。多かった学生諸君も春休み最後の日くらいは家でゆっくりしたいのだろう。周りを見渡すと、昨日一昨日よりも歩いている人の平均年齢が10は上がっている気がする。
「私よりかは、お前だろう。いつまで着の身着のまま私の家に居候するつもりだ」
そういえば須賀さんの家に居ついて久しいが、自分の身の回りのものは最低限しか持ち込んでいない。
「GaCCも一区切りついて、宿泊も一か月延長されたんだ。帰るつもりが無いなら少しはちゃんとしないとな」
「じゃあ、まずベッドをダブルにするところからッスね」
「却下」
却下されたものの、真っ先に入ったのは家具屋。床同然みたいな布団の支給だったが、すこしは寝心地が良くなりそうだ。
「布団じゃなくてベッドが良かったッス」
「贅沢を言うな。そんなものを買ったら追い出せなくなるだろう」
「なんならずっと一緒に住んであげてもいいッスよ。こんなかわいい女の子と暮らせるなんて、幸せ者ッスね!」
「体裁が悪すぎる。近所にどう説明すればいいか、今でさえハラハラしているというのに」
布団の送り付けを手配した後、雑貨屋を見て回り、アメニティなどの小物を買った。
雑居ビルの間を縫って歩く。晴れやかな空から降り注ぐ日光は、両脇にそびえる建物に遮られてしまい、少し肌寒い日陰の道だ。そろそろお昼を食べようと駅ビルに向かって歩きながら話していると、後ろから呼び止められた。
「ゆのかさん、で間違いないですか?」
大人の男性の声だった。高校の教師に見つかったのだろうか。それでも既に書類上卒業した身、なにも後ろめたい事など無い。
「そうッスけど、何ですか?」
振り向きざまに答えるや否や、勢いよく腕を掴まれる。こっちにこい、と叫ぶ黒服の男の向かう先には黒いワンボックスが停まっている。
相手は二人。須賀さんがこちらに来ようとしているが、もう一人の方に阻まれている。大柄な男の人とはゲーム内で何度も闘っているのだが、いざ現実世界で対面すると怖くて声も出ない。
「おい! 優乃華を離せ!」
大声を出した須賀さんに、対峙していた大男が拳を振るう。須賀さんはひらりひらりとその攻撃をかわし、僕を捕まえていた男を突きとばす。
「しっかりしろ、逃げるぞ!」
手をつながれるのは今日二度目だった。先程とは違う動悸が、動かない足をなんとか走らせる。
「待て、おい!」
須賀さんを殴ろうとしていた黒服が、僕の腕を掴みかかってくる。その後ろから、突きとばされた黒服が起き上がってこちらに向かってくる。
折角須賀さんに助けられたのに、僕がここで捕まったらおしまいだ。虚を突いて須賀さんがチャンスを作ったのは、僕を掴んでいた男が反撃できなかったからに過ぎない。僕が戦力になりそうもない分、2対1で圧倒的に不利だ。
何度か男の掴みかかりをギリギリ避ける。あとちょっとで表通りに出る、というところで、須賀さんが引っ張る反対の腕から掴まれたような嫌な感触が伝わる。ダメだ、こんなところで捕まるわけにはいかない。腕をつかまれても、なんとか表通りまで引きずってしまうくらいの勢いで、腕を引っ張る。
スルリと掴まれた感触から解き放たれる。振り返ると、黒服が尻もちをついていた。
僕たちはそのまま、その場から走り抜けて表通りに辿り着いた。
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