25話 超能力が使えるゲームと、現実の世界

 「ああ、こいつをモルモットにして遊んでやるよ」


 柄の悪い穂村とかいう男が、ニヤニヤしながら僕の方を見る。サングラス越しにこちらを捉える眼光は鋭い。思わずたじろいでしまう。


 「あんまり虐めるのは、良くないと思う。怜はいつもそうやって、頭の悪い口使いをするんだから」


 湊と言った少年も見た目の幼さに反し、年齢の離れていそうな穂村に対して強い口調で返す。どっちも口が悪い。


 「それで、監督さんは? 挨拶したいんだけどよ、どこだ?」

 

 平井さんの問いに、一瞬静かになる。


 「き、如月さんなら、頭が痛いとか言って今日は来ないよ」


 「あのクソ眼鏡、滅多なことじゃ家から出ねえからな。多分、ここには来ねえぜ」


 「あの人は変わらないな……」

 

 がっかりしている平井さんを他所に、須賀さんが口を開く。


 「私達に付き合ってくれるというのは有難いが、君たちは大会の試合は終わったのか?」


 「悪いがこっちは余裕ってもんがあるんだ。野良で潜ってる感じ、能力に絞っても俺達はトップレベルを自覚している。態々博打打つつもりはねぇ。この新しいシステムに十分慣れてからやっていくさ」


 穂村は相当自信がある様子だ。しかし彼らの実力が本物であることは、先日のスクリムで誰もが思い知らされたはずだ。悔しいが、ここでは彼らのほうが立場が上なのだ。


 「話戻すッスけど、僕の能力を開花させるって、そんなことできるんスか?」


 勿論それが本当なら願ったり叶ったりだ。


 「んなこと、解ってたらこんなことやってねえで、金儲けにでもするぜ」


 「僕達も解ってはいないけど、少なくとも優乃華さんには期待できそうだからって、穂村が」


 自己紹介のタイミングが無かったせいでナチュラルに名前呼びされている。須賀さんもどうせならゲーム内のハンドルネームで呼ばれたら良いのに。折角【我流スサノオ】なんていう素敵な名前があるのだから。


 「うるせぇ、余計なこと言ってんじゃねえ! まあ、何もわかってねえからお前で実験するってこったな」


 不安だ……。こんな乱暴な人達に教えられるのか。

 でも、強くなる手掛かりならなんでもいい。聞いてる感じ悪い人達かもしれないけれども、実力があるのは確かだ。


 「ちょっと怖いけど、僕の為に来てくれたってのは感謝ッス。よろしくお願いします」


 「おうおう、大船に乗ったつもりでな! じゃあ、早速何を試すか……」


 なにやらノートを取り出す穂村を、湊君が制する。


 「待って。まずはリプレイ見せてもらおうよ。対戦した当事者からどんな能力だったかの感想貰って来いって、コーチに言われてるでしょ」


 というわけで、今日はリプレイを見直すことに時間を費やした。須賀さんが自らの能力を明かした上で、相手がどのような能力持ちでどこが力の発生源かを解説しながら2倍速で見ていく。その都度気になったところは一時停止や巻き戻しをはさみながら、動きの改善点やそれに対する反論、そのまた反論と議論を重ねた。

 

 「つまり、なんらかの物質を操る能力で物理バリア張られてた感触があったので、私が遠距離から攻撃を続けてその能力を防御に割かせつつ、優乃華にバックドアを狙ってもらった」


 「いやいやいや、この時点じゃ相手の能力が同時に2か所で発動できねぇとは限らねぇだろ。もっと慎重に様子を見るべきだと思うぜ」


 「とは言っても、遠距離からちょっかいだせる手札がこっちにはあんま無いッス」


 「あと一か月あるんだから、優乃華もなんか使えるようになっとけって」


 「まあ、能力がどうなるか次第だけどねー。僕みたいに防御力全振りで突っ込んで行けたりすれば、リスク負わずに近接できるわけだし」

 

 「了解ッス」


 予想はしていたが、反省点の七割以上が僕のほうへと矛先が向かった。手元にあるA4のノート4ページ、びっしりとメモが並んでしまう。細かい戦闘技術よりも準備段階での不備が多く、一次予選を抜けたばかりだというのに気が重い。



 「あ? 最後の試合、もう一回巻き戻せ」

 

 それまでは相手の能力について凡その見当がついていたが、最後の試合だけ解らないことがあった。それは、僕と拳を交えた少年では無い方の能力についてだった。


 「こいつ、立ち止まってから何かしてる様子がねぇ。須賀、こいつの能力なんだ?」


 「最初にも言ったが、全く解らん。今まで見たことが無い」


 巻き戻してスロー再生をしたり、視覚外で何かをしていないかを観察する。

 

 「こいつは予想なんだが、こいつが肉体強化の少年を操っている、という可能性は無いか?」


 平井さんが思い掛けないことを言った。他人を操る能力なんて今まで居なかった。


 「恐らくなんだが、精神感応とかそういう類じゃないのだろうか。いくら身体能力が向上したからと言って、優乃華の回避に対して最適な動きを返しすぎている。左側に跳んだ優乃華は右腕を突き出している彼からは死角になっている。こんなにストライクな蹴りは瞬時に打てないはずだ」


 確かに、言われてみればそうだ。とっさのことだが、一応相手から次の行動が取りずらいように、常に見え辛い位置に回り込むという事は心掛けている。


 「それでかもですかね。この人、闘っている味方のサポートをするために視線を向けてると言うより、彼の動きをサポート若しくは直接操ってるから、目線で追ってるのかもしれない。優乃華さんが倒されてからも、彼は動かず彼を目で追うばかりだし」


 「おいおいおい、冗談じゃねえぞ。人の動きを操るって、そりゃあこいつは使い慣れてないか、能力が弱っちいせいで味方にしか使えねぇかも知れねえがよぉ。これ相手に使えたら無敵じゃねえか!」


 その場の5人が目を合わせる。どうやら、このゲームでの超能力と呼ぶものは相当厄介な代物であることは間違いなさそうだ。物理的には無類の強さを誇る目の前の最強タッグも、そんなチート能力に勝てる方法なんてあるのだろうか。

 

 「須賀は、こいつらが能力をお前らに使ってない理由とか解んねえか?」


 「射程では無いだろう。同じ位置に居た優乃華は動かされてない。だとすると、人数制限とか、時間がかかるとか、同意した人にしかかけられないとかが考えられるな」


 「怜、僕達も早めに試合やっちゃったほうがいいのかな」


 不安そうに語りかける湊君だが、穂村は頑とした態度で応じる。

 

 「いいや、当初の予定通りだ。一応クソ眼鏡に報告はするが、その能力への対策を考えろで終わりだろう。野良で試合重ねてどうにかするしかねぇな」


 僕たちが当たった能力持ちとの試合は全て見終わった。全9戦をほぼ倍速で見ていたのだが、動画を見る時間よりも議論に時間がかかり、今日はこれでお開きとなった。

 シャワーを浴びた体を、ひんやりとした風が撫でる。空の半分は完全に暗くなっており、西の方に微かなオレンジ色を残すのみとなっていた。飲み物を買おうと自動販売機を探していると、穂村から声がかかる。


 「ちょっと、こっち来い」


 「え、なんスか? 暗がりに連れ込むなんて、大胆ッスね」


 「寝言は寝て言え。こっちだ」


 須賀さん達は湊君を待っていたが、僕と穂村は路地裏に少し入ったところで立ち止まる。穂村は周りを見渡して言った。


 「今日はお前に何も教えられなかったがな。一つ良い物見せてやるよ」


 かなり色々とご教授頂いた気がするのだが。物々しい言い方に警戒して、少し距離を取る。


 「え、なんスか。怖いっすよ」


 「俺も怖い。だが、現実だ」


 穂村が掌を差し出す。彼が5本の指に力を入れると、掌の中心から微弱な炎がメラメラと揺らめき、そして消えた。


 「え、今の何!? マジック?」


 「シー! 静かに! 一般人に聞こえたらどうする!」


 「まさかそれって……!」


 「そのまさかだ。俺は、現実世界でも超能力者になっちまった」

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