20話 固まる地

 ※   ※   ※   ※   ※



 「ただいまッスー」


 パチリ、パチリとスイッチを入れる。玄関からリビングにかけ、順々に明かりが灯ってゆく。ドサリ、と両手に提げた買い物袋を冷蔵庫の前に下ろす。これからはちょっと時間が出来そうだ、と買ってきた食材が手を離れ、深いため息が出た。

 須賀さんに言われた通り、冷蔵販売されていたものは冷蔵庫へ、その他の物をキッチンの下の収納に収める。そういえば、今日はカレーを作るんだった。仕舞った食材を引っ張り出さなきゃ。


 「ただいま。あれ、一足遅かったのか」


 「おかえりッスー。僕も帰ってきたばっかりなんで、ゆっくりしててくださーい」


 「いや、焦がした前科があるからな。私も手伝おう」


 とりあえず引っ張り出したジャガイモの皮を剥いていると、須賀さんがキッチンに入ってくる。無言で場所を空けると、彼は玉ねぎをみじん切りにし始める。


 「とりあえず、玉ねぎを炒めよう。炒めながら他のことを進めればいい」


 「うるさいッス。精々、家庭的なお嫁さんでも貰ってください」


 横でフライパンを振り始める。香ばしい、良い匂いが部屋を漂い始める。途切れ途切れの会話の中、調理の音と換気扇が静かに回る音が心地良い。一度始まった静寂は、須賀さんの告発でまた、消えてしまった。

 

 「知ってるとは思うが、他タッグからのオファーの件。私に来てるやつは全部断ったから。お前は好きにしろ」


 「は!?? なんて勿体ないことしてんスか!」


 「勿体ないかどうかは、何に重きを置くか次第だな。兎に角、私は他タッグでGaCCに出る気は無い」


 手が止まる僕とは対照的に、須賀さんは玉ねぎの入ったフライパンを気にしながら、人参を切り続けている。


 「いやいやいや、僕もさっき聞きましたけど! やっぱり、と思ってもちょっとショックでしたけど! でも冷静に考えたら、能力持ちが相方の方が絶対良いッスよ」


 「別に、勝ち進もうと思って参加してるわけじゃないからな。お前こそどうなんだ。今日平井から聞いたんだろう?」


 「うわ、向上心の無いバカなんてこっちから願い下げッス! 移籍しちゃおっかな!」

 横を向くと、須賀さんはフライパンの火を消したまま、動く様子が無い。


 「そうか。さっさと荷物纏めて出て行けよ」


 「冗談、冗談ッス! ってかこのジャガイモも切っといてください」


 「聞けばタッグ相手は地面を操るって話じゃないか。相性はいいんじゃないか? いくら能力持ちとは言っても、俺はただ相手の能力が見えるだけだ。特段強い物でもないだろう」


 「良いんスよ。肝心なのはハートッス!ハート!!!」


 「理性的じゃないな。お前には勝たなければならない理由があるだろ」


 「勿論! その為に、須賀さんと組むッス! もうかれこれ半月一緒にやってるんすから。今更他の人とやるってのも気乗りしないッス。須賀さんはどうなんスか」


 それに、久しぶりの人との生活。須賀さんとの暮らしは、ちょっぴり楽しい。


 「別に大した期間じゃないだろう。私は、そうだな。強いて言えば、お前の保護者だからだな」


 「僕のナイスバディを見てもそんなことが言ってられるッスか? 悩殺してやるッス!」


 「もうちょっと肉付きが良ければ可能性があったんだがな。馬鹿なことを言うもんじゃない」


 「ムム、じゃあ明日からの訓練は手抜いちゃうッス!」


 「ああ、その話だがな。本戦まであと僅か。体の基礎はまだ出来てないとはいえ、試合に影響出すわけにはいかないから、基礎トレーニングは楽になるってよ」


 「え、マジっすか!? ヤッター!」


 「全然良くない。もう本番間近だ。私たちはお世辞にも、予選を突破できるタッグとは言い難い。それに、タッグ登録したら解除は出来ない。移籍するなら本当に、今のうちなんだぞ」


 真剣な眼差しが僕を捕らえる。必要も無く回り続ける換気扇が、静寂の間を取り持つ。


 「僕はもうここ以外、場所は無いッス。だから須賀さん。改めて、GaCC期間中の貴方を、僕にくれませんか?」


 「言い方はアレだが、まあ良いだろう。今まで同様、私の貴重な時間、お前にくれてやる」

 

 「まあ、そうッスよね! こんなにかわいい女の子を見捨てるロクデナシじゃないッスもんね!」


 「やる気なかったら問答無用で捨ててやろう。ほら、水と具材用意しろ。米も炊け。まずは飯を作る仕事だ。キリキリ動け」


 「サーイェッサー! ってか、須賀さん料理できるんなら、僕要らないんじゃ・・・」


 「つべこべ言うな、働け。作るなら、徹底的に作れ」


 「ハィ・・・」


 その後も鍋奉行よろしく、不慣れな調理に滅茶苦茶ダメ出しされた。ごはん作るなんて言うんじゃなかった・・・。

 今もまだ、そしてこれからも、今までと同じようにこの家に帰ってこれると思うと、ニヤけてしまう自分がいた。レート戦での予選開始まであと僅か。思えば、1人からのスタートだった。それが今や、勝てるかどうかは置いておいて、これほど良いチーム、人に恵まれている。

 

 「悪くはないが・・・もっと旨く作れたな・・・。やっぱりルーから作るのが良いか・・・」

 

 かなり甘口のカレーで、僕好みだった。一体、どんなレベルのカレーを作ろうとしていたんだ。


 「全然イケるッスよ。次があるッス。次はもっとおいしく作りましょう!」

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