17話 遠く見える敵・味方

 『流石TLAだな。新要素使いこなすのはえー』

 『ちょっとは期待したんだけどなあ、まーた圧勝かよ』

 『まぐれ当たりも生かせない雑魚が』

 『てかどこのタッグよ、俺聞いたことないぜ』

 『まあ超能力持ってなさそうだし、GaCCじゃ本戦出るの無理っしょ』

 

 


 最後、何が起こっているのか確認する為にアナライザーが持っているタブレットを覗き込む。俺の背後僅か1mも無い距離に佇む黒焦げの人間と的外れなコメントの数々が、実際のゲームから3分のディレイが掛かった配信画面に映っていた。

 クソが。今まで湧いた事の無い感情に、頭の中がぐちゃぐちゃにされちまう。足元が地についていないようにフラつく。

 超能力の発現が急速化したこの4日間、俺達はどのタッグよりも多くの超能力と対峙してきた。その経験が警鐘を鳴らす。あいつらはただのタッグじゃないってな。


 「青ざめた顔してるね~、穂村くん。ちょっとはこのスクリムに出た甲斐があったんじゃないかな?」


 うるせえ、クソメガネ。こんくらい余裕だ。屁でもねえ。


 「要するに、奴らが跳ぶより高く飛ぶだけだ。ちょっとは面白く思えてきたぜ、今回の大会はよ」




※      ※     ※     ※     ※



 「あー、全敗ッス! やっぱプロ強いッス! この5日間のスパルタの成果が見えないッス!」


 「結局、ベースにもプレイヤーにも1ダメージも与えられなかったな、優乃華」


 「うるさいッスよ。須賀さんだって、1人も倒せてないじゃないッスか。結果を見ればおんなじッスよ、おんなじ」


 「二人とも、いちゃつくのは明日にしろって。もう遅いから今日は早く帰って寝ろ」


 「わかった。今日のスクリムのセッティング、滅茶苦茶助かった。課題がまだ山積みであることを自覚したよ。遠野店長も、こんな遅くまで筐体を借りて悪かった。貸しってことで」


 「優勝してくれれば何も文句言いませんよ? なんてったって、ウチの二枚看板ですから」


 全日程の6試合が終わったとき、既に時間は0時を回っていた。細かい反省会は明日また、ということで須賀さんと二人でトボトボと帰路を辿る。

 以前の対プロ戦よりも動けていた、気がする。少なくとも瞬殺されはしなかった。最もチーム・リキッドエアー戦、最初の炎を躱せたのはスクリム相手を全て把握し、初戦の配信全てを見ていた平井さんの助言の賜物だったけれども。あれは、初見で対応するのは無理でしょ。


 「それにしても、一勝もできませんでしたね、僕達」


 「慌てる必要は無い。まぐれで勝ち損じた試合も幾度かあった。あと6日間で修正できる範囲だと思う」


 「あーあ、須賀さんは良いなー。僕も何か能力欲しいッス」


 このスクリムまでの5日間、平井さんの指導の下で多くをこなしてきた。元々、彼はPCでプレイするFPSシューティングゲームの最右翼、”レインボー・セブン”で、プロチームのコーチをしていたらしい。

 流石にゲーセン筐体のプロシーンは全く専門外で分からん、と言っていたものの、流石のリサーチ力とゲーム経験で、僕達よりもこのゲームに対しての理解力が勝っていた。

 

 「平井が気付かなければ私も見過ごしていたよ、自分の力に。まあ、今のところそこまで使える能力とは言い難いがな」


 須賀さんの能力は【シー・スルー】。相手の能力の正体が見えるらしい。発動している箇所がオーラを発している様に見え、その能力の種類によって見え方が異なるそうだ。


 「まあ、これから色んな能力と渡り合ってれば、そのうちパッと見で相手の能力解るようになるんじゃないッスか」


 「そんな簡単な話ではないな。今のところ能力が発動すると光って見える、くらいの情報量しか与えてくれない。光り方や色なんかは不規則にしか思えない。役に立つのか、これ」


 「でも、射撃の精度も上がってるッスよね? それは関係無いんスか?」


 前から聞きたかったことだ。最近は二人とも以前より動きが断然良くなってきているのだが、ぶっちゃけ原因がわからない。平井さんは新しいインターフェイスを買わせてくるし、脳波モニタリングの扱いに僕達が慣れた可能性もあるし、単に基礎トレの成果かもしれない。

 だから、超能力っぽいエフェクトがかからなくともそれが超常的な力である、という可能性だって捨てきれない。TLAの炎といい、鎧の重さを感じさせない躍動感といい、あれじゃあ超能力の無い人間に勝ち目なんて無いじゃないか。

 

 「ああ、そこはよくわからない。結局の所、運営発表では能力の名前しかデータで表さないという事だからな。私の能力がどのような効果を持っているのか、自分でもわかない」


 携帯で自分のアカウントを呼び出し、ステータスを開く。依然として【???】の表示には何も変化が無い。

 ここ数日間で、超能力を授かったというプレイヤーは後を絶たなかった。といっても未だにプレイ人口の5パーセント程度で、発現していない人のほうが多いのだけれども。

 そうは言っても、まだ能力がゲームに認められていない、という状況は焦る。それに、須賀さんはかなり初期の段階でその力を持っていたことになる。あれはネットの噂に引っ張られて発現するような代物ではなく、天性の才能だ。彼を欲しがるチームやスポンサーは星の数ほどあるに違いない。


 「あーあ、天才は自覚ないんだよなあ、困っちゃうッス。どーせ、色んな所から引き抜きのお誘い来てるでしょ。モテモテッスねー」


 「まあな。両手で数えられるかどうか、というところだな。悔しかったら残り6日、私に逃げられないよう、精々努力することだな」


 須賀さんが自宅の鍵を開ける。玄関に並べられるローファーとスニーカー。キッチン付のリビングまで伸びる廊下にお風呂とトイレのドアが並んでいる。

 今まで幾度も帰ってきたこの空間。しかし今は、どこか遠くの場所に感じる。


 「まあ、今日はもう風呂入ってゆっくりして居てくれ。私が軽く飯を作ってるから。何が食べたい?」

 

 「オムライス」


 「インスタントで行ける奴にしてくれよ・・・。まあいいか。今日くらい、我儘きいてやろう」


 久しぶりにインスタントじゃない食事になるのは単純に嬉しかった。でも、最近ちょっと気を使いすぎでしょ、あのおじさん。

 使い慣れた洗濯機に服を投げ捨て、シャワーの冷たさが温まるのを待つ。もう春だというのにこんなにも指先が冷たい。早く温まりたいというのに、冷たい水は延々と僕の指先を打ち続ける。まるで、永遠のように。

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