15話 超越者

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 ゲームの筐体が二つ置かれた部屋。

 俺達、チーム・リキッドエアーのゲーミングハウスの空気はいつもと少し違う。大会前の最後のスクリム。いつもの練習とは訳が違うとは言え、ちょっと気合入りすぎてるんじゃねえか?

  

 「さて、遂にこの日が来たわけだが、お前らちゃんと仕上がってるか?」


 「当たり前だ。負ける気がしないぜ。とっておきもいい感じだ」

 

 アナライザーの問いは愚門もいいところだ。この穂村怜を誰だと思ってるんだ?

 タッグバトルランキング一位の座をほしいままにした俺にとって、こんな練習試合如きで気合を入れてたまるか。新たな翼も手に入れたし、相手する全員に実力差を思い知らせて、闘志をメッタメタにしてやる。


 「え、なんでそんな自信満々なの? 馬鹿なの? 僕達以外にもとっておき持ってたらどうするのさ」


 「うるせえ、お前はもっと堂々としろ。心配するだけ無駄ってこった。そんなレベルの高い奴、今日は来てねえよ。俺がいなくたってお前だけでも全勝してこい」

 

 今のタッグ仲間はこいつ、湊円治。根暗だが、俺と同じ超越した人間だ。それに、戦闘スタイルも気に入っている。こいつは今までこのゲームで目立った活躍なんてしてないが、関係ねえ。もうこのゲームの本質は、以前までのそれとは全然違う。情報を秘匿するが吉と見た多くのタッグが、今日のスクリムを欠席している。

 この公開スクリムに参加する奴らで、それが理解できているタッグが何組あるか。だが安心しろ。俺たちが今日この場で震え上がるほど思い知らせてやるぜ。


 「そうそう、飛び込みで1タッグ増えたから。今日のスクリムは全部で9タッグ参加なので、休憩入る可能性あるぞ」


 「ずいぶん減ったな、おい。確かプロとかハイアマ合わせて20タッグ以上参加する大規模イベントのはずだろ。半分以下かよ。こんなしょうもねえ所に飛び込んでくるなんざ、運の無い奴も居たもんだ」


 「一応ハンドルネーム調べてみたけど、特に目立った戦績とかは無いみたいだ。ほら、資料」

 

 そんな奴らの情報とか要らねえよと突き返そうとするが、湊が受け取る。そして一瞥すると、データの印字された紙を投げ捨てた。


 「大体わかった。まあ、この程度なら僕達の敵じゃないね。他の対戦相手のデータにもう一度目を通してたほうがマシだよ」


 奴がそういうなら間違いない。アナライザーの峰谷監督を差し置く程の頭脳の持ち主だ。そこだけは認める。

 だが、考えるのが必要な舞台はまだまだ先。そこまで難なく駆け上がってこそ、優勝への道も近いってもんだ。

 

 「とりあえず、一戦目はどことだ?」


 「チーム・インフィニット・フォース。言わずと知れた大手自動車会社、コミル・テスマがバックについているところだ。さあ、準備して」


 「ハッ、いきなり今日のメインディッシュかよ。これ終わったら回線切っちまおうぜ。時間の無駄だ」


 「僕達みたいに超えてきた人間、いるかもしれないじゃん。休息日だと思って、まったりやろうよ」


 ヘッドセットをかぶり、VCを繋ぐ。アナライザーとの交信はできないが、既に十分すぎるほど俺達は話した。どういったフィールドでどういう敵と遭遇したら、何をすべきか。反復と修正を何百と繰り返し、俺達はもう頭でっかちな先生無しに最適解を見い出せる。


 マッチングが終わり、ゲーム内に自分が現れる。

 これまでやってきたゲームではありえない、装備無しの体。赤い革ジャンにジーンズという舐めたアバター。何も知らない人間からしたら、完全に勝つ気の無い格好だ。

 一方湊はガチガチに装備を固めている。全身を包み込む鎧。関節箇所と視界の最低限を解放し、残り部分は厚く湾曲した鉄板で埋め尽くされている。彼の武器は160cmという小柄な体格に合わない、身長の二倍はあろうかという剣。


 「プランA-3だよ、怜。いつも通り、僕が出る」


 「当たり前だ、ボケ。あんなへなちょこ共、俺無しでも倒してこい」


 「流石に、あのクラスは支援ないと厳しい」


 「うるせー!気合いだ、気合!」


 フィールドが展開されていく。ジャングルフィールド。足場の悪さと障害物の多さから、かなり慎重な動きが求められる。

 それに加え、相手の武装は超軽装。どんなフィールドにも適応しようとするセオリータイプだ。ちょっと変わっているところと言えば、脇にライフルがさしてあることだろうか。一発ずつ火薬を詰め込むタイプだ。

 

 一見すれば、どちらのチームが勝つかなんて分かりきっている。俺達の武装はどう考えたっておふざけそのものだ。配信されたこの試合を見ている観客が、今頃どんなコメントを残しているのか容易に想像がつく。

 だが、お前らの貧弱な想像力でゲームが語れるのも、今日までだ。


 ゲームスタート。

 

 辛うじて目視出来ていた敵プレイヤーが即座に動き、深いジャングルの中に姿をくらました。生茂った木をつたって上から迫るか、それとも木々の背後から忍び寄るのだろうか。


 「しゃらくせえ、全部なぎ倒せ、湊!」


 俺の言葉が終わる前に、既に動き出していた。

 その重厚な装備からは考えられないほどの俊敏な動き。雄叫びと共にバッタバッタと木々を切り倒していくパワー。崩れてゆくフィールドの隠れ蓑を失った彼らは、慌てて木から飛び降りる。


 「無様だなあ、お前ら。そういう陰気な恰好をした君達が活躍できる時代は終わったんだよ」


 視界の開けた場所で銃をこちらに向けている彼らに、手をかざす。

 こちらの武装に遠距離で有効なものはない。ならば近寄らずにベースを破壊する、若しくは俺達を倒しちまおうって寸法だろう。適確ではあるが、定石ばかりでつまらない連中だ。


 「んなもん利くかよ、バーカ」


 銃声が響く。とんでもないスピードで俺の元へ戻ってきた湊が、硬い鎧で受け止め、聳え立っていた木々よりも太い剣で弾き返す。


 「次装填まで10秒程度。リスクは抑えて、怜」


 「チッ、つまんねえなあ。しゃあねえ、幕引きだ」


 集中。目を瞑ると、下腹部に力が漲っているのを感じる。いつもよりも力強い。柄にもなく気張ってるのか? こんなつまらないイベントに。

 集まっている力、行く先は掌のど真ん中。一点に集中させろ。点が小さければ小さいほど、噴出するエネルギーの勢いは強まる。だが、まだ堪えろ。まだだ。

 目を瞑って凡そ2秒。感覚でわかるタイミング。掌に集まる力の渦が温度を醸し、今か今かと開放を願っている。ここだ。

 目を開け、遮っていた力の奔流を開放する。

 

 「食らいやがれ。これが俺の、可能性だ!」


 瞬間、掌から炎の柱が生まれる。一瞬にも満たない速度で敵プレイヤーに到達した炎の渦は、圧倒的な破壊力によって全てを塵へと変えてゆく。そして、対戦相手両者デッドによる勝利が、ゲーム終了の合図と共に告げられる。


 「怜、遊びすぎ。もっと出力抑えて、手数で攻めたほうが良いって」


 「それじゃ面白くねえだろ。観客がいるんだ、やっぱ一発で全部吹っ飛ばすってのが、俺の力の華だろ?」


 敵プレイヤーからは何の可能性も感じなかった。そう、彼らはまだ気づいていないのだ、このゲームの本質が変わったことに。

 つい3,4日前までなら、彼らとの勝負は分からなかったかもしれない。だが、このゲームは進化し、俺達も進化した。進化しなかった彼らが敗北した、それだけのことだ。


 「いつまでも“Battle Reality”気分でいる間抜け共に思い知らせてやるんだ。俺達の実力を。ついでに、このゲームの面白さをよぉ!」

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