13話 プロの壁
チームアナライザー、まあ監督みたいなものだ。プレイヤーの指導をしたり、戦略を練ったり、ゲームについての情報をいち早くつかみ選手に教えたり。このチャラっとした恰好の人がそんなことできるくらいの頭があるようには見えない。楽しい人ではあるけど。
「まずGift、つまり超能力についてだよなあ。電車の中でチラ見した程度の情報で悪いが、確実に存在するぜ、ありゃあ」
「うんうん、僕もそう思ってたところッス」
「嘘つけ、私の話を全く信じなかった癖に」
「まあ、そんくらい軽い反応なら説明も楽だわ。ちょっと前に話題になったゲームバグの動画はホンモノっぽいという話だから、あれがチートの類でなければ能力として説明がつく。
しかし今のところ、ネット上ではこれといった能力が発言した、って騒いでる人間は殆どいない。結論として、あるにはあるっぽいが手に入れた人間は殆どいない、ってところだな」
「何もわかってないに等しいな。がっかりだ。優秀さの欠片もない」
「専門外の俺を連れてきておいてよくそんな口が叩けるな・・・。それを言ったら、お前らにもガッカリだぜ」
突然の誹謗に口角が引きつる。割と圧倒的な実力差の試合だったのに、どこに文句があるというのだろう。
「これだけ人気あるゲームでテッペン取るって言ってるんだ。もうちょっとデキるもんだと思ってたんだがなあ」
須賀さんは頷くだけだ。僕が訊くしかない。
「それってどういう」
「あ? お嬢ちゃん、自分でわかってないのかー。いやー、これは前途多難ですなあ、須賀」
「まず第一に、お前らの相手は素人じゃないってことだ。これだけデカい大会の上位層に食い込まなきゃならねえんだ。当然、その道のプロと戦わなきゃなんねえ」
「まあ、そうですけど。一応、僕も須賀さんもシングルバトルでは上位ランカーなんスけど?」
「甘いなあ、パンケーキの付け合わせのホイップくらい甘い。特にチームゲームにおいては、野良プレイヤーとプロプレイヤーの差は圧倒的だ。小手先の技術だけじゃ通用しないんだぜ」
「そういうことだ、優乃華。帰った後、監督さんがみっちりそれを教えてくれるぞ」
「腑に落ちないッス! 次の対戦見てるッス! 絶対見返してやる!」
ヘッドセットをかぶり直し、カードをかざす。
須賀さんも遅れて参加してくる。最速で表示を操作し、対戦へと進む。
「マッチング完了! 相手は・・・レート2650!? ちょっと、表示バグってるッスよ」
「バグってるものか。私たちのレートだってもう2600台だ」
「まあ、これ勝てばもう大きな口利けなくなるでしょ!」
灰色の世界が創造されてゆく。幾何学的な造形が周囲を取り囲む。無数の柱と低い天井。ロの字に敷かれた道の脇には無数の車両。駐車場のステージだ。
現実にはあり得ないような広さの駐車場だ。相手が目視できないことも相まって、その広さが際立つ。
「あーあ、須賀さんの射撃も、これじゃあ形無しッスね」
「じゃあこの試合、張り切っている暴れん坊に任せてもいいかな」
「ダメッス。ちゃんと働かないと、あの鬼軍曹にバカにされるッスよ」
はいはい、という返事が来ると同時にゲームが始まる。このゲームは相手の姿が見えるまでは、アカウント名以外の情報が開示されない。よって、こういった戦闘フィールドでは迂闊に動くことは自殺に等しい。
つまり、開けたフィールドで行われるような、開幕ダッシュで全てが決まってしまうような大味なゲームになりにくい。様子見合戦だ。
ゲーム開始されたにもかかわらず、物音ひとつ立たない。須賀さんは早々に柱の陰へと身を隠す。相手チームも同じような動きだろう。
僕の得意とする戦場。車の合間を縫い、足音一つ立てずに車の影に陣取り、視界を取る。当然の如く、ベース付近に相手の姿は無い。どうちょっかいを出そうか。
「煙玉投げ込んでみるんで、あとヨロッス!」
「了解」
VCでそう伝えると、ピンを引き抜いて勢いよく転がす。同時に違う車の裏へと居場所を変える。
投げ込まれた手榴弾が煙を巻き始める。粉塵爆破の起爆要因か、毒ガスかと思って慌てて出てくるところを、僕の手裏剣や須賀さんの矢で仕留める。それが基本の作戦だ。プシューと間抜けな音を立てて白い煙が狭い空間内に籠る。完全に、相手側の陣地は見えなくなった。
1秒、2秒。
物音ひとつ立つ気配がない。白リンに即効性の毒特性は無いと看破されようと、発火性が高いのは確かだ。火を着ければこちらも無傷でいられない状況に胡坐をかいたのだろうか。考えているうちに広がった煙幕は建物内全体に拡散し、その影響力を薄めてゆく。
「動き無いッスねー。ちょっくら走って行って攪乱してみるッス。」
・・・。返事が無い。ステータス画面をチラッと開くと、須賀さんのアイコンが暗転している。振り返って状況を確認しようとするが、こちらからは見えない。
「須賀さん!?」
思わず声に出してしまう。このゲームはデッドしたものが試合に影響を及ぼさないよう、HPがゼロになった時点で試合内での物理的干渉ができなくなる。声についても同じだ。音も無くゲームアウトと言うことは、3択。一瞬でHPを削られたか、HPを失っている状態に気づかない、もしくは行動ができない状態であったかのいずれかだ。
状況を整理している間にも、敵の気配が感知できない。無風のはずのフィールドに、僅かな気流の流れを感じる以外、何の手掛かりもない。敵は動いていないのに、こちらが倒されているのか。
そうなると、相手こそ毒ガス使いの可能性が高い。このゲームの毒状態は感覚的にわかりづらく、上級者でも気づかずに致命傷を負うことがある。HPを見ると、幸運なことに僕にはまだ影響はないようだ。かなり敵陣に近い位置にいる僕に毒が届くような流し方をしていれば、相手もただでは済まない。
なら、できることは一つ。ベース破壊だ。相手が追いつけない速度でベースに近づき、全てを交わしてベースを殴り続ける。1対2で2人を倒すのは無理でも、ベースだけなら壊せる可能性がある。毒ガス使いであれば、重装備がセオリーだ。
そんな相手であれば、ベースの周りで敵の攻撃をかわしながらベースを破壊できるだろう。その上、接近してしまえば毒は使えまい。
通路に飛び出し、相手ベースに向かって走りだす。不意の攻撃を避ける為、できるだけ不規則に。ジグザグと狭い通路を反復しながら駆け抜ける。
前?それとも右から?
自分ならどこに隠れるかを考え、攻撃を予測しながら走る。相手ベースまであと3m。僕がベースを破壊するには全力で攻撃し続けて約4秒。それまで敵の攻撃を避ければ勝利だ。懐のクナイに手を伸ばす。相手からの攻撃はまだ無い。HPも削れている様子はない。気流の問題だろうか。
相手の赤く光るベースが目の前に迫る。腕を振り上げ、精一杯の力で振り下ろそうとするその時。
Your Team Lose
しまった。上手くバックドアを決められてしまった。自陣を振り返り、敵の姿を初めて視認する。
二人とも同じ格好だった。一番目を引くのは、身に纏うスーツだ。白と青が基調で、種類もの企業ロゴが入ったスーツ。一見派手に見えつつも、戦場では迷彩の役割を果たす配置と配色。脇差やナイフ、時限爆弾、スリング。あらゆる状況に備られた武装の数々。全てが計算された姿。
これがプロか。
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