第二部 僕と彼のゲーム生活
11話 はじめの一歩、踏み出す決心が
カタカタと打鍵音だけが鳴り響く部屋。目の前の椅子には、自分のゲームアカウントにログインし、無限に思えるほどの昨日の対戦履歴からお目当てのゲームを探す須賀さん。
彼の肩に体重をかけ、ディスプレイを覗き込む。微かにスッーっとする、男性特有の柑橘っぽい香りが鼻をくすぐる。電車の駆け抜ける音や、近くの通学路で賑わう小学生の声が、まるで遠くの世界の出来事かのようにぼんやりと聞こえる。
うーん、僕のことなんて話す予定無かったんだけどな。引かれても困るし。まあ、やる気出してくれたなら結果オーライなのかもしれない。リプレイを漁る須賀さんは、昨日までは見せなかった目つきをしている。
僕の中で、よくもまあ、あそこまで冷静に話せたなと思う。自分の中でも、今父親にどんな感情を抱いているのか、抱くべきなのか分からずにいる。
彼にも彼なりの理由があるのだろうか。何せ、情報という情報をほとんど残さずに失踪したに等しいのだ。分かっているのは、生活費が振り込まれることと、父が会社の敷地内にいるということ。
当初、母は知ってか知らずか、僕に深く干渉しないようやんわりと釘を刺すだけだった。僕はその態度に安心していて、あまり大事では無いのだと思っていた。けれども、母が入院してからも姿を見せない、という異様な状況が僕の不安を募らせた。
その不安が確信に変わる頃から、父の名がクレジットされた、このゲームばかりをしていた。高校三年の受験シーズン、ゲームに明け暮れていた僕はやはりと言うべきか、受けた大学は全て落ちて行く先がない有様だった。
そんな中ゲームの公式大会、GaCCの発表で僕の視界は急激に開けた。今まで意識してこなかった、自分のやりたいこと。それがはっきりわかる前に、体は動いていた。お相手に関しても、その時の僕は何も意識していなかった。ただただ赴くままに、体が動くままに視野に入る人々の中から的確に、彼を探し当てた。実力の確かな者、勝利に貪欲な者、今に虚ろで、何かを求めている者。後から考えれば、彼にはそういった、今の僕に必要な要素が揃っていた。
「これだ。昨日、私が無様に倒されたゲームだ。鼻で笑っていられるのも、再生する前までだぞ」
「御託はいいから、早く見せるッス」
須賀さんの視点でリプレイが再生される。試合中盤、特におかしなところはない。
一つ挙げるとすれば、須賀さんの目に映る僕の近接戦闘だ。砲弾飛び交う戦場とはいえ、もう少し見惚れてもいい戦いっぷりだったと思う。殆ど目をやった程度、一瞬しかこっちを見ずに状況判断を下している。あとは斧男と繰り出される弾道に目が釘付けだ。
「こっからだ。こっからちゃんと見てくれ」
それはこっちのセリフだ。ちょっと睨んでから、画面に目を戻す。須賀さんが手榴弾の見た目をした煙幕弾を足元に落とした。一瞬下がる相手。煙が出きってしまう間際、須賀さんは後ろへのステップを相手に見せる。
上手いなあ、まだ微かに自分の影が見えるか見えないかというタイミングでのフェイントだ。後ろに下がる一歩目は地面を擦る音がする。二歩目、相手の右脇1mも離れていない場所を過ぎ去るときには何の気配も無い。相手視点でも見てみたいが、生憎自分のアカウントでは自分視点のリプレイしか再生できない。
煙幕から脱出し、振り向いた二秒後には、相手の刃は須賀さんを貫いていた。成程、これは凄まじい。ここまで上手く撒いているのに追ってきているのは、勘が働いたとかでは説明がつかない。
「あれ? 相手の目が光っていたんだけどなあ。こう、緑色に」
須賀さんが、自分の目の周りを指でクルクルなぞっている。真剣な顔をしながらパンダの物まねをしている姿が、ちょっと面白い。
「それは絶対見間違いッス! でも、可能性はあるかもッス」
「どういうことだ?」
「だって、超能力解禁!なんて言われてるッスよ? 何が起きてても不思議じゃないんで、一旦この話は置いておきましょう」
「そうだな。今日また対戦潜ってみて、どれくらいアップデートの情報が有効に使われているのか見てみてから、でも遅くないな。だが、私はやれることは一応やっておこう。本気で頂上を目指すなら、やらなきゃいけないことが山ほどある。一つ一つ、それをつぶしていくのみだ」
そう言うと、彼は携帯電話を取り出し、リビングの方で何やら話をしている。僕に聞かれたくないのか、あまり大きな声で話さない。こういうのは無理に聞きに行かないのが礼儀かな、と思いGaCCの更新情報を眺める。
それにしても、要するに超能力ありと言うことは追い風だ。正直、須賀さんが本気を出してもGaCCの優勝どころか、本戦出場すら難しいだろうと思っていた。
現在の実力、潜在能力は十分あるタッグだと思う。でも、僕も須賀さんも、恐らくプロゲーマーとして活動するための土壌が無い。スポンサーも居なければチームサポートも無い。完全に、僕達だけのチームだ。だとすれば、才能の要素が強そうな超能力とやらに乗っかるのも悪くない。一発逆転のチャンスだ!
まあ、ゲーム筐体がゲットできてる時点で、他の人よりも恵まれているのは確かだけれども。そこは須賀さんに感謝だ。
それにしても、僕は未だ仕送りが途切れる様子がないから、まだいい。問題は、都内のそこそこのマンションに住んでいるにもかかわらず、一切収入の源が見えないこの男だ。よくよく思い出すと、僕がゲーセンにいる時に見ないほうが珍しい人だった気がする。
ゲームの上手さとか、どこか惹かれる面持ちに声をかけたものの、本当に彼と一緒にゲームを続けていいものなのか。同居二日目にして、不安が湧いてくる。
いくつかの電話をかけた彼が、PCの前に戻ってくる。私が椅子を空ける為に立ち上がると、彼は言った。
「今日からここを、私達チームの拠点とする。チーム名は・・・。とりあえず『オリエンタル・スカーミッシャーズ』!」
ダサい・・・。いつか僕が諭された技名のセンスよりも遥かに程度が低い。やっぱり不安かも。
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