10話 明かされる真意

 「起きるッス! マジでビッグニュースですよ!」


 煩い、眠い。まだ寝かせてくれ。昨日の今日で体の芯から手足に至るまで筋肉痛だ。29歳、あと一年で30の大台を跨ぐ人間に、君のような元気を求めないでくれたまえ。

 あれから


 「もう8時ッスよ! それよりも、大会の情報がヤバいッス! ネットでは大炎上真っ盛りッス!」


 8時? 

 もうそんな時間か・・・。いやいやいや、今は絶賛ニート生活謳歌中。そんな時間に起きる必要はないのだ。えんじょう・・・?

 炎上か。炎上。え? 

 その二文字に目が冴える。まさか、そんなわけ。品行方正なゲームで、今までそんなことは無かったはずだ。上体を90度起こすと、PCが置いてあるほうを向く。既に外出準備バッチリといった格好の優乃華が、PCのディスプレイをこちらに見えるよう回転させている。ゲーム用のジャージを、薄手のコートで覆い隠しているいつもの格好だ。


 「・・・勝手に私のPCを使うんじゃない」

 

 「早く、早くこっち来て!」


 足を置くフローリングがひんやりと冷たい。布団の温もりが恋しくも、優乃華の興奮に充てられて歩いてゆく。画面には、"Battle Surmount Reality"公式ホームページが映っており、大会更新情報が公開された日付順に列挙されていた。


 



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 3.20(金) 大会情報第三弾

・大会名の発表

 後述の情報が解禁されることで、大会名を公表できるようになりました!

  今後、"Battle Surmount Reality"で行われる大会を、次のように表記致します!

     

      【BSR Tournament “Gift and Combat Cup”】

      略称GaCC


・アップデート内容の公開

 "Battle Surmount Reality"におけるアップデートは大会に大きく影響します。

 もうお気づきの方、有効に活用されている方もいらっしゃるでしょう。

 "Battle Surmount Reality"は、現実の枠組みを突破するための仕掛けを用意して

 います!

 そこには、ヘッドマウントディスプレイの脳波モニタリング装置の解禁が最重要

 の役割を担っています。


 人体は通常、発揮できる力の殆どを温存して活動しています。

 秘められた力の中には様々な能力がある、ということが判明しています。

 しかし、その能力についての具体的な研究は公開されないままにあります。

      

 そこで、"Battle Surmount Reality"ではプレイヤーに秘められた力を読み取り、

 発揮しやすいよう少しだけ手助けをするツールを組み込みました!

 これによって、プレイヤーは今までになかった体験を得ることができると

 同時に、現実世界においてもその“ギフト”を発揮できるようになるでしょう。

  ゲーム内で力を使いこなせるようになれば、現実世界でも・・・!?

       

 "Battle Surmount Reality"は現実世界にも、リアルを超えるあなたを

 提供致します!

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 ・・・。

 

 「で、SNSの反応がこんな感じッス」


 今度は、3種類くらいのSNSの投稿が纏められている記事が飛び出てくる。

 誹謗中傷の嵐、というよりも公式発表の内容が理解できない、という旨で溢れかえっている。恐らく、私もこの中の一人だっただろう。

 昨日の出来事が無ければ。


 「まあ、何言ってるかわからん!って感じッスよね。まあ、あいつのやることなんていつもよくわかんないッスけど」


 「あいつ?」

 

 「あれ? 言ってませんでしたっけ。僕の父親、“Battle Reality”の開発で、トップやってるッスよ」


 「瀬波・・・。ああ、そういうことか。瀬波優乃華が本名だっけ。セナミ・インダストリーが族経営とは聞いていたけども、こんなに近くに関係者がいるなんて感激だ」


 サービス開始初期からずっとプレイしてきたゲームを作った人と知り合えるいい機会だ。サインをと頼みたいが、誘拐まがいのこの状況じゃ厳しいか。


 「そんないいもんじゃないッスよ。もう5年以上顔も合わせて無いッス」


 「五年って・・・。余程仲が悪いとかか?」


 彼女の左手が唇に触れる。目線が左に泳ぎ、何かを考えているようだ。恐らく、話すべきかそうでないか。ここから先は彼女が今ここにいる意味に繋がるのだろう。

 

 「そんなもんじゃないッスよ。半ば離婚状態、酷い親父ッスよ。あのゲーム作り出してから家に戻らなくなっちゃって。ずっと仕事だけって感じ。会社に訊いても知らん顔されて。」

 「お母さんが病気になっても見舞い一つ来ないし。お葬式の時も、お金と供花と電報だけッスよ。マジで無いッス」


 内容とは裏腹に、冷静な声色。いつも宿っていた鬱陶しいほどの活力は、見る影もない。

 妻の死に目にも仕事を選んだ彼女の父親への感情は壮絶なものがあるだろうに、もう全て済んだことのように淡々と話している。


 「え、じゃあ家出っていうのは」


 「父親が借りてた家はあるッスよ。でも僕が出てった今、もう空っぽッス。この大会、トーナメントのベスト8からはオフラインの会場での試合です。ゲームの決勝戦って、今時は実況、解説者とかイベントマスターなんかだけじゃなくて、ゲームの開発者やメンテナンスチームも総出で出てくるじゃないですか」

  

 その通りだ。ゲームの開発責任者が優勝賞金を手渡しする文化についてもそうだが、最近ではもっと大きな理由がある。

 大きな大会は、ゲームのアップデートや、新しいゲームの宣伝をする場にもなっている。試合の合間に開発にかかわる人やマネージャーがその場で詳細の解説や、パフォーマンスができる、というのが彼らの存在意義だ。


 「優勝賞金も魅力的なんですけど、一番に目指すのはそこです。優勝すれば絶対、舞台上で向かい合えるはずです。そこで父親を一発ぶん殴る為に、僕は勝ち上がらなきゃなんです」


 静かな語り口からは想像もできない、強烈な目的。その目の奥に、底知れない闘志を感じた。

 今まで、ゲーマーとして大会に出るのは至極当然だと思っていた。賞金やゲーム内の報酬を目標に真剣にゲームと向き合う。これまでやってきたことと同じ。自分が好きなゲームを盛り上げるために、自分ができる最大限のことをやるのみだった。

 しかしそれは、真の意味で勝利を目指すゲームでは無い。


 彼女は違う。

 ゲームの先にある景色。彼女は回答を求めている。ブラックボックスの中にいる、父親の言葉を。そして、父親への感情を。

 

 「成程な。改めて聞くが、ここに来たのは私と優勝を目指す為、ってことでいいのか?」

 

 「勿論ッス。須賀さんは最近ぼんやりしてるッスけど、本当はこんなもんじゃ無いはずッス。僕の見込みだから間違いないッス!」


 女子高生と一緒にゲーム、という楽しい環境で鈍りきっていた。その上、彼女にも見透かされていたなんて、不甲斐ないにもほどがある。

 けれども、今初めて、このゲームに対して本気で取り組む心の準備ができた。


 「わかった。私も覚悟を決めるとしよう。やらなきゃいけないことは死ぬほどある。お前も覚悟するんだな」


 「そんなの、当の昔っから解ってるッス」


 「OK、いい返事だ。じゃあまず手始めに、昨日の初戦、あれのリプレイを見る。GaCCのカギは、多分そこにある」

 

 

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