9話 異常の断片

 現実ではありえないことが、二つ起こった。

 まず一つ、煙幕の中私を追って来たことだ。視覚で捉えることはほぼ不可能。視覚補助デバイス等使用していない彼女が私を追跡するには、音か匂いで探知するしかない。

 音に関してはかなり気を付けている。それこそ、相手にとって唯一の手掛かりとなる要素だ。どのフィールドでも有効に煙幕を使用できるよう、音を立てずに速やかに煙幕の範囲外に駆け抜ける訓練を行っている。

 匂いについては実行不可能だ。このゲームは匂いを再現するUIが存在しない。


 二つ、あの緑色に光を帯びる目。あんなものは見たことがない。何かしらの光源に照らされていた形跡も無く、眼球そのものが光源であったような印象を受けた。


 暗転する視界の中で、ステータス表示を開く。ゲーム内の状況や、ダメージ状況等が見ることができる。ゲームアクセスは異常なし。つまり、何の不正も検知されていないということだ。

 ゲームリリース当時は多くの不正と戦ってきたものだった。今となっては不正が行われた場合はその場で対応されるのが当たり前だ。おかげで、チーター・スクリプターと呼ばれる存在はほぼ絶滅しているに等しい。

 この状況は相手が合理的に作り出した打開策の結果なのだろうか。チートの類でなければ、敗因が全く分からない。


 考え事に夢中になってる間に、《YOUR TEAM WIN》の表示が出てくる。


 「お疲れッスー! いやあ、初戦からみっともないッスよ! それとも相手が女性だからって手加減ですか?」

 

 「優乃華、お前あいつと打ち合ってたよな。どう感じた?」


 「どうと言われましても・・・。こっちのほうが動けたんで負ける気しなかったッスけど。思った以上に攻撃防がれてメンドかったくらいッスね。なんかあったんスか?」


 「煙幕の中俺の逃げた先を正確に把握して追撃してきた。有り得ない」


 「音とか、煙幕張る前の挙動でヤマ張ったんじゃないッスか?」

 

 ヘッドセットを取り外し、辺りを見渡しても俺の視界に異常はない。ゲーム内の彼女の目が異常だったのは確かだ。ジム内をキョロキョロしていると、優乃華と目が合う。この人、実はヤバイ人だ、と目が語っている。

 

 「いやあ、須賀さん。無職でも気負うことないッスよ。もっと気楽に生きてください」


 「頭がおかしい人扱いするんじゃない。遠野さんは今の試合、なにか違和感感じました?」

 

 ヘッドセットのVCではなく、現実世界に言葉を乗せる。後ろで見ていた店主なら、その違和感に気づいたはずだ。


 「え? ああ、なんかすごかったですよね、相手の女性。まるで須賀さんの動きが見透かされてると言いますか。特に変わったところと言われましても、仕事しながらだったので」

 

 「いや、本当に目が光ってた。リプレイ見るぞ。私の気が狂ってないことを証明する」


 「えー。さっさと次の対戦行きましょうよ。折角連戦できる環境でやらせてもらってるんスから」

 

 一理ある。それに一試合負けたくらいでくよくよ振り返るよりも、連戦したあと総合的に負けた試合の反省をするのが一般的だ。

 なぜ負けたかの分析は後回しにして、もう少しゲームを回してみよう。


 「分かった。でも今日はリプレイ見る時間だってかなりとれるんだ。後でみっちり反省会付き合ってもらうぞ」


 「ボロッカスに言ってやるから、覚悟するッス」


 「馬鹿言え。こっからノーミスだ。お前のほうこそ、凡ミス多いんだから覚悟しておけよ」






 心に幾ばくかの引っ掛かりを残して、ゲームを回し続けた。

 しかし、今日は何も気兼ねせずにプレイできるという環境が楽しく、そんなことも忘れて延々と筐体の前で動き続けていた。

 何時間プレイしていたのだろう。足が重く、弓を引く右腕はジンジンと痛みを主張している。隣を見ると、優乃華も限界そうに肩で息をしている。


 「須賀さん。もうそろそろ帰るッスか? 私はまだ平気ッスけど」


 「私だってまだ平気だ。あと一戦やっていくか?」


 子供のような意地の張り合いをしている私たちに、遠野店長が終止符を打つ。


 「もうね、閉店です。お二方もう全然体動いてないので、今日はもう帰って休んでください」


 表面上渋々承諾した私たちは何とか家にたどり着くと、力尽きてしまった。飯を食った記憶も風呂に入った記憶も朧ではあるが何とか済ませ、眠りへと落ちていった。

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