8話 乱舞する爆弾と刃、そして緑眼の女
プリペイドカードをかざし、ゲームを起動させる。
今日からはベースディフェンス戦オンリーだ。このシステムは相手を倒さなくても勝てるという特徴がある。相手のHPを削りきらなければならない“サヴァイブウィン”と違い、かなり戦略の幅が大きい。しかも、タッグ戦だ。シングルとは訳が違う。
「じゃあ、私は事務作業がてら、トッププレイヤーの動きでも勉強させてもらいますかね」
どこからともなく椅子と机を持ってきて、書類を広げている。人に見られながらプレイするというのはどうにも慣れない。
「行くッスよー! 早速勝ちまくるッス!」
真っ白な空間にいる私達。互いの足元から円状にフィールドが出現していき、それは無限に広がる世界を形成する。一面の草むら。草原のフィールド。
ベースディフェンス戦は、対戦相手との距離が定まっている。初期位置はベースから5m以内であれば好きな場所に陣取れるが、ベースの位置はいつも固定だ。30m離れたベースが向かい合うため、最初から殴り合える距離にプレイヤーが出現、ということは起こりえない。
対戦相手は大きな斧を持ったゴテゴテ防具の大男と、赤いスーツの女。どこか既視感を覚えつつ、VCで優乃華の作戦を聞く。
「ああ、高機動一人と鈍足一人って感じですかねー。鈍足相手するんで、チャチャっと女の方かたずけちゃって下さい」
簡単に言う。適当な返事をしつつ、番えた矢じりに力が入る。
「あと、暇だったら相手ベース殴っててください。別に相手プレイヤー倒さなくても勝てるんで」
「スーツ女がこっちに来るようならお前がベース殴ったほうがいいな。お前ならあの大男に追いつかれずにベースの周りグルグル走り回れるだろ」
「持ってる武器によってはベースの殴り合いで撃ち負けちゃうッスよ。僕の一番ダメージ出る武器クナイなんで。女の人が何持ってるかわからないんで、必ずあっち倒してからスタートッス」
一理ある。それに、相手からしても優乃華が何を得物としているかわからない以上、相手の選択肢としても私に向かって全力疾走、というのは難しいだろう。遠距離武装の人間を先に倒すのはセオリーの一つだが、そのリスクを容認してくるものなのか。
戦闘開始の合図が響く。
赤スーツの女と優乃華が走り出す。相手の大男もこちらに向かっては来ている。全力疾走というわけではなく、足取りには余裕がある。優乃華を警戒しているのか、ベースから完全に離れる動きではなさそうだ。無視していいだろう。
優乃華とスーツ女が接触するのに、3秒も掛からない。その前に、援護が利くこちらとしては一発かましておきたい。敵のスピード、走り方の癖、視線を加味し、狙いを定める。
ふと、上を見る。晴天で雲一つ無かったはずの草原。しかし、私の目の前に円形の影が落ちているのだ。影の正体を目視すると、手榴弾のようなものがこちらに向かってきている。
嘘だろ、不遇な扱いを受けている爆弾を使っている奴がいるのか。
ゲーム内のレギュレーションで、まともに武器として使える火薬が詰められる爆弾は、時限式爆発式以外は禁止されている。しかも爆発までの時間が、トリガーとなる手順を踏んでから必ず10秒は立たないといけないという鬼畜さ。一部の変態達くらいしかこの手の武器は使っていないはずだ。
優乃華に当てないよう最低限気を使いつつ、狙いがブレた矢を放つ。急いで回避行動だ。着地点は恐らく私の少し後方。前方向にダッシュしつつ、どこから飛んできていたのか確認する。
スーツの女はずっと視認していたから違う。となれば斧男か。しかし、彼の立ち位置からはまともに投げて届く距離ではないはず・・・。
相手ベース付近に目を向けると、斧をバットのように使って爆弾を跳ね飛ばしている男の姿があった。ゲーム内では衝撃による爆発が起こらないというルールを逆手に取っているわけだ。一見隙だらけに見えた、相手チームの遠距離アタッカー対策はかなり徹底されているようだ。
二発目、三発目の爆弾が前に落ちてくる。今度は後ろに下がりながら距離を取り、VCで優乃華と意思疎通を図る。
「優乃華、爆弾に気をつけろ。ひょっとしたら投げ間違えて飛んでくるかもしれねえ」
「じゃあ、私あっち処理してくるんで。スーツ女がこっちについてきたらベースよろッス!」
そういうと、優乃華は斧男の方へ駆けてゆく。
さて、スーツ女はどっちに来る。
予想通り、こっちか!
まあそうだろう。長距離武装を野放しにするほど甘い相手ではない。二射目を構えると、狙いを定める。ゲーム内時間で20秒以上は経過している。もう相手の挙動の癖は見切った。
完璧な狙い。のはずだった。
赤いスーツの手元に握られた短剣。状況は少し違うが、以前見た夢の事が頭によぎった。それでも何千射と居られた私の矢の軌道は完璧に近く、走り寄って来る相手の肩目掛けて飛んで行った。
放物線を描く矢。何の障害も無ければ、イメージ通りの結末を辿る。ところがそれは許されなかった。
鈍い爆発音と共に、矢の軌道が揺れる。まだ全ての爆弾は爆発してなかったのだ。優乃華が走り出して尚、彼は爆弾を飛ばしていたようだ。爆弾の狙いは逸れたようだが、私の射撃を狂わすのには十分だった。彼女の頬を掠った矢は、遥か後方へ飛んで行ってしまった。
完全に油断しきった私の懐には、既に刃の切っ先が迫っていた。辛うじて急所を避けるために体を捻るが、腕にダメージを追う。まずい、矢を放つことができなくなった。そんなことを考えているうちにも、次々と剣撃が飛んでくる。
攻撃を何とかかわすが、長くは持たなそうだ。このレベルの攻撃を全てを避け、反撃を打ち込む接近戦技術は私にはない。仕方ない、奥の手だ。
白リン手榴弾を取り出す。ピンを外すと、すぐさま煙幕が辺りを包み込む。
普通なら、距離をとってベースを守るため、ベース付近に下がっていると思い込むだろう。その裏をかく。
少し後ろにステップを踏んだ後、急発進で前方に走り抜ける。彼女は私が下がった方向に走り抜けていくはずだ。私がそこにいればそのまま倒せばよし、いなければそのままベースを殴ってゲーム終了。あの短剣であれば6回も突き刺せばベースを破壊できる。
走り抜け、煙幕が晴れる。回復パッケージを使って10秒で腕を治し、相手の進行方向の予想とべースの位置を把握した射撃を行う想定。今までも使ってきた奇策だ。相手のゲームセンスが高ければ高いほど、ベースへの最短距離を走るので、強い相手にこそ利く手段だ。
目視できない位置への距離感覚・方向感覚も失わずに走ってこれた。さあ、時間との勝負だ。回復パッケージを使いながら、もくもくと煙る自陣方向を振り返った時、全ての作戦は音もなく崩れ去った。
煙の中に、緑の光が二つ。
次の瞬間には、短剣が目の前を翻っている。HPが削りきられ、暗転する視界の中で彼女を見た。
彼女の両眼は、美しい緑色の輝きを帯びていた。
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