5話 イベント続き、久しぶりの休息と思いきや

 1DKの一角、ディスプレイが連なったパソコンの前で、私はタッグバトルの知識を蓄えていた。

 今日は第三水曜日。月一の定期メンテの日だ。ゲームセンター開店から並んでも、ゲームをすることができない。もしかしたら何時に行ってもプレイできないかもしれないが。

 

 そんなことなので、今日はメンテが開けるまで大人しく座学の時間というわけだ。

 現在、ユノカと呼んでいる少女とのタッグ戦レートは2128。そろそろ個人技のごり押しや、破れかぶれのコンビ技では通用しなくなってくる頃合いだろう。戦略を練るなんてことは、多忙な学生ではなく時間の有り余るニートがやるべきだ。


 ふむふむ、武装の相性判定なんていう面白そうなものもある。試しに武装やお互いの戦績などを入力してみると、『まずまず』という評価と共に曖昧な文章が返ってくる。

 それもそうだ。お互いほぼオリジナルの武装で身を固めており、相方に至っては暗器の見本市だ。私ですら全部把握できていないどころか、日に日に違うものを持っていたりするので末恐ろしい。実戦内では小型ナイフやクナイなんかしかまともに使っているところを見ないが。そのうち火の玉が出てくる巻物とか出てくるんじゃないか…。


 調べものという体でだらだら遊んでいると、チャットアプリから通知が飛んでくる。どうやら、通話のお誘いのようだ。相手はハンドルネームに"バンクレイ”と書いてある、変なサングラスのアイコン。昔馴染みのゲーム仲間だ。

 

 「なんだ?こんな真昼間に」


 「よぉ、絶対出ると思ったぜ。お前の対戦履歴見たぜ。シングル対戦はもう飽きちまったのか?」


 「まあ、そんなところだ。ところでどうだ? 大型アップデートの中身で何か情報ないか?」


 「あー、情報って言う情報はあんまりだな。とにかく感覚的な報告が多すぎる。お前が知ってる物と同じようなものだろ」


 「まあ、私も感じているところだな。これまで以上にゲーム内と現実の動きが益々高い次元でリンクしている。脳波モニタリングってやつの影響かね。今までも殆どリアルの動きを再現していたから気付き辛いところだが、言われてみればそうだ」


 「信憑性の低いところでいえば、ステータス欄に《???》という項目が追加された、とか有り得ない速度で走れるようになった、だとかは動画で上がっていたりする。どれも眉唾ものだな。都市伝説の類はどれもこれも再現性が無い」


 「まあ、そうだろうな。私もその類はいくつか試してみたが、成功したものは何一つ無い。まあ、ネット上のお祭り騒ぎで楽しむ恒例行事だな」


 「そういうことだな…。おや、タッグの相方は一人だけか。寂しいやつだ。なんなら俺とも踊ってみるか?」


 「いいや結構。どうせ変な武装のテストに付き合わされるだけだろう。私はもっと純粋にこのゲームを楽しんでいるんだ」


 「いいじゃねえか。この前だって面白いって言ってくれただろう。俺のでっかい鎖剣玉」


 「傍から見てれば、の話だ。タッグもそこそこ真面目にやってるからな。対戦レートを見てくれ。お前が今から私と組んでも勝てないだろう。」


 「うわ、2250かよ。昔は俺がお前にゲームを教えてた立場だったのに、感慨深いねえ。シングルでは武装が弓矢とジャージとかいう変態ランカーがタッグバトルに殴り込みですか。良いご趣味です事」


 「私はもっと上を目指したいんだ。タッグバトルの事は何も知らないに等しいんだが、なにかコツとかあるのか?」


 「もう俺に教えられることはねえよ。まあ、シングルバトルよりも想定している戦況が生まれにくい、ってことは覚えておけ。人数が増える以上、イレギュラーが起こる確率は飛躍的に向上する。これを機に近接武器でも使えるようになるんだな」


 「因みに、お前にお任せするってなると、金額は?」


 「まあ、近接武器に慣れてないなら無難に短剣だろう。特別仕様で8万ってところかな」


 「リアルでももっと安く買えるんじゃないか? まけろ」


 「馬鹿言うな。ゲーム用にカスタムして作ってるんだ。数値に見えない隠し機能とか、ゲーム内武器で言われている弱点を克服する仕掛けだったり。ゲームは現実よりも複雑なんだ」


 「仕方ない、その件は保留だ。前向きに検討させてもらおう」


 「おいおい、その弓矢だって俺が格安で作ってやっただろう。その後の注文が煙玉だけっていうのはちょっと付き合い悪いんじゃねえか?」


 「追々頼むさ。じゃあ私はジムの時間だから」


 「まだ行ってたのか。ニートの癖に、根性あるなあ」


 「好きでやってるニートだ。根性無いやつは続かないよ」






 少し街はずれにある古びたビジネスビルの5階。そこには行きつけのジムである“サークルフィット”が入っている。この日は珍しく、付き合いのある店主が出迎えてくれる。


 「いらっしゃいませ。ああ、須賀さんじゃないですか!  “Battle Reality”、アップデートした途端にまたお客さんが鰻登りに増えていきましてねえ。えーっと、ゲーム名も変わったらしいですが。なんて言いましたっけ、バトル、バトル、バトルサーマント?」


 「 "Battle Surmount Reality"。サーマントは乗り越えるとか打ち勝つとか、超えるって意味らしい。アップデートなんて無くても、利用者は増えてたでしょう?」


 「そうなんですけどもね。いやでも本当に、あなたのおかげですよ、ここが生き残っているのは。このゲームもここまで長く続くなんて、ゲーミングジム経営者からすれば有難い事この上ない」


 ちょっとしたビジネスで、古風なトレーニングジムをゲームプレイヤー用のジムへ移行させる試みを行っていた時期があった。

 VR技術や実際に体を動かして操作するインターフェイスの発展と共に、こうしたサービスは必ず成功するだろうとベンチャーを立てた。バイアウト前は右肩上がりのジャンルになっていたが、今となっては市場にそこまでの熱は無いようだ。

 この店はそのアドバイスを聞き入れた数少ない店舗で、大成功とは言わずとも、当時の経営状況から見れば考えられない躍進を遂げている店舗の一つだ。


 「やめてくれ、もう昔の話だ。それより、最近タッグバトルを始めたんだ。今後はそれ用のメニューをお願いするよ」


 「シングルしかしてなかったのに、大会の話があがってから、タッグ用のメニューに切り替える人が多いんですよ。あなたのようなトップランカーが通ってるともなれば、上手いCMになるんですがねえ。お値段、今以上にサービス致しますよ」


 「遠慮しておこう。業界には敵が多いし、万が一にも身バレは避けたいのでね」


 相変わらず商魂だけは逞しい。 

 日課の筋トレ、フットワークメニュー、近接格闘や弓道式の実戦形式等のトレーニングを2時間程行い、ジムを出る。

 

 自宅のマンションに戻ると、エントランス脇になにやらうずくまっている人がいる。

 傍らには学生のサブバッグと大きなエナメルバッグ。明らかに面倒事だし、あの長い黒髪には見覚えがある。ゲームセンター内はゲームの音でごった返しているから気にならないものの、あの喧しい動きと声に外で絡まれるのはちょっと・・・。

 ソロソロと中へ入ろうとするも、自動ドアの開いた音で少女が顔を上げる。


 「あ、おじさん! ちょうどよかった、僕家出してきちゃったんで! 暫く泊めてください!」

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