2話 大型アップデート始動!
掠める切っ先。接近を許してしまった懐で、赤いスーツを着た女の短剣が宙を舞う。刃渡り20センチほどの白刃は急所を一撃で抉るというよりも、こちらの動きを制限しながら確実にHPを削り取ってくる。アバターのジャージは既にボロボロで、衣類の体をギリギリ保っていると言ったところだ。
流石シングル対戦上位ランカーというところか。一旦後ろに引いて形勢を立て直そうにも難しい。足裁きの質も量も違う上、相手はこちらの足元を視界の端に捉えている。こうして足掻いている間にも、少しずつ敗北は近づいている。
ここまで追い詰められたら、仕方がない。残りのHPも僅か。奥の手を使うしかない。
ポケットから小型の発煙弾を取り出す。ピンを抜き足元に転がすと、警戒したのか攻めの手が緩む。
白リンの煙幕が辺りに広がり、視界を遮る。その隙に私は全力で後ろに走り、敵との距離をとる。
煙幕によって自分からも狙いが着けづらくなるが、背に腹は代えられない。
視界が晴れて足を止める。煙幕の範囲外までは全力で走って十秒程度。ここまでくるとゲーム内は無風ということもあり、煙が流れてこない。
さて、次近づかれたら一環の終わりだ。距離を離した今のうちに手を打たなければ。
振り返り、矢を番えようとする瞬間。煙の中に緑の光が二つ。
次の瞬間には目の前に赤いスーツが翻っている。
なぜ、と考える間も無く斬撃が飛んでくる。
跳び起き、眼を覆うものを外すとそこにはゲーム筐体も、フットワーク・ランニングマシンも無かった。代わりに見慣れた寝室の光景が広がる。
夢か。スコープのような、ゴテゴテしたアイデバイスの武装無しに煙幕の中を追撃してくるとは、なんとも現実離れしている。このゲームにチートやスクリプトの類は存在しないというのに、古のゲーム知識が混在したのだろうか。
オンラインゲームは歴史上、どのゲームも例外なしにチート、スクリプトのようなズルい行為に悩まされていた。この問題を解決したゲームの一つが、この“Battle Reality”である。
私の知る限りの情報だが、内部の自浄システムのほかに、観戦AIや、操作モジュール監視装置等の、ゲームシステム外部からの情報管理によってズル行為はすぐさまBAN、つまり追放されるとのことだ。ゲームセンターに置くゲーム筐体でプレイする一つのメリットで、細工を施すなら自前で持ち込むVRヘッドセットかスーツくらいしか選択肢がない。
これも昔得た情報なので、今ではどれほどのズル監視装置が裏で動いているのか、見当もつかない。
しかし、大イベント目前にこんな夢を見るなんて、目覚めの悪い事この上ない。“Battle Reality”は今日、初めての大型アップデートが実施されるらしい。
サービス開始から4年、これまでは大きなアップデートは行われておらず、ゲームフィールドの追加や武装の調整、武装についての禁止事項が増えた程度だった。当初、銃火器の類は健在であったが、海外に広まってからはオリジナル武装でライフルや、拡張弾倉を備えた拳銃が横行してからは禁止範囲が広がった。
おかげで今は、夢の中で使ったような煙玉くらいしか、まともに火薬入りの道具は使うことができない。爆発物の規制はさらに早く、サービス開始当初から私の得意戦法であった、遠距離狙撃が失敗したら敵もろとも自爆、という狡い作戦も一瞬で使い物にならなくなってしまった。まあ、当然の帰結であろう。自爆狙いの戦術が蔓延することは、ゲームの凋落に繋がる。
こうした数々のマイナーアップデートのおかげで、より楽しく現実的な近接戦闘が楽しめるツールとして人気となったわけだ。遠距離武器は次第に鳴りを潜め、今では大多数が近接武器を主力として使っている。
兎も角、今度のアップデートはこういったゲームの調整が目的ではなく、さらに新しいゲーム体験をという触れ込みだ。弓矢という武装を捨てる気は毛頭無いが、早く情報を仕入れて戦術も進化させなければ。総プレイ時間約七千時間越えの私が、情けないレートに落ちるわけにはいかない。
このゲームは基本的にオンライン上の公式ページよりも、ゲーム筐体での情報開示が早い。提供元のセナミ・インダストリーの特徴として、仕事は早いがユーザーへの情報開示は非常に閉鎖的、という一面がある。なので私は開店一番、最寄りのゲームセンターに来ているわけだ。
4つほどある筐体の奥にある観戦画面の前で、私と同じ考えの人々が群がっている。大半は学生だが、有休を使ってまで、今日の発表を見ようという奇特な大人連中もちらほら見受けられる。
最近発明された無重力モジュールを使用した宇宙ステージが来るか?
はたまた10対10の多数チーム戦が来るのか?
もしかして、レーザー兵器の解禁じゃないか?
噂に出ていた、武装によってのレギュレーションが設けられるのでは?
そんな憶測が飛び交う中、観戦画面が切り替わる。
4つの対戦中継チャンネルの横に表示されている公式情報リンクが赤く光り、強制的にそのページが表示される。今後はそのボタンを使って、アップデート内容が確認できるようだ。
「“Battle Reality”は決闘型VRゲームだ!
最新の技術を駆使し、現実と遜色のない戦闘環境を作り出すことに成功したのだ。
長く愛されたこのゲームも、遂に新たなる一歩へ。誰にも予想できなかった進化を遂げる!
そしてそれは、あなたの現実も進化させるだろう!
さあ、新しくなったこのゲーム、 "Battle 《Surmount》 Reality"で、新たな自分を見つけよう!!!」
そこにいる皆が息を呑み、歓声を上げたい気持ちを抑えている。
まだ具体的な情報は一切開示されていない。
「多くのことは、ゲームをプレイしてみて実際に見つけてみてください!
これから始まる"Battle 《Surmount》 Reality"は、意外性がテーマです。
皆さんは自らの手で情報を掴み取り、自らの手で勝利のための武器を見つけてください。
公開する情報は以下の通りです。
フットワーク・ランニングマシンがアップデートされます!
新たな大地を噛み締めましょう!
このマシンは全国各地の筐体に無償で提供されます!
よって、いつも新しい筐体で遊べないというハードアップデートに恵まれないゲームセンターにも新品の筐体が行き届くはずです!
次に、使用していたVRヘッドマウントディスプレイの脳波モニタリング装置を解禁いたします!
今まで使用していなかった機能ですが、遂にこのゲームでも有効に使用することができます。
貴方達は今までよりも軽やかな動き、滑らかなステップ、そしてこれを使った新しい要素に熱狂するはずです!
最後に、この新環境で大規模な公式大会が開かれることとなりました!
対戦ルールはタッグバトル。一か月後に始まるレート対戦予選の後、上位三十二組がトーナメント戦を戦い、勝ち抜いたチームには賞金三十億ドル!」
ゲームセンターの一角で、抑圧されていた各々の感情が爆発する。
恐らくこの現象は全世界各地で起こっているに違いない。今までこれほどの額の大会が開かれたことはなかった。
その上、タッグバトルはプレイ人口が最も多い対戦ルールだ。全ユーザー人口八千万人という規模の、優に七割はこのルールのプレイヤーらしい。残念ながら、私はこの七割には入っていない。
自分のやったことのないレギュレーションでの大会開催、というのは少々がっかりな内容だったが、それ以外の情報は取り扱いが難しい。
取り合えず、集まっているプレイヤーが歓談に花を咲かせているうちにいち早くプレイしてみるか、とゲーム筐体に足を進めようとすると、袖を引っ張られる。
昨日見た少女が、私の袖をつかんで俯いていた。
おずおずと話し出す彼女の提案は先ほどまでの憂鬱を吹き飛ばすも、しかし私にとっては素直に喜び引き受けることができないものであった。
「すみません、昨日のプレイ見てました。よろしければ、タッグを組みませんか?」
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