弓兵ニートとシノビ女子高生の、勝利を目指すゲーム生活
もくはずし
第一部 さあ、 "Battle Surmount Reality"の世界へ!
1話 ゲーム内の私は、今日も強い
3,2,1…
Battle Start!
私、須賀公麿は"Battle Surmount Reality"というゲームの中にいる。
敵との距離は凡そ十メートル。一切の障害なく広がる草原は、この“Battle Reality”に於いて最もベーシックなステージで、最も私に利のある戦場だ。
戦闘開始の合図と共に、事前に番えていた矢を放つ。
「はっ! ちゃんちゃらおかしいねぇ! 今時弓矢なんて、時代錯誤だぜ! 気取った兄ちゃん!」
シルクハットにスーツという、完全に場違いな恰好をした相手は、横方向にスライドしながら何かをこちらに飛ばしてくる。突っ込んでくるタイプだと見当を立てて放った私の矢は、完全に明後日の方向へ飛んで行ってしまった。
「遠距離から攻撃できるのは、お前だけじゃないんだぜ」
矢を番えながらそれを避ける。弾速は遅いが、かなりの数がばら撒かれている。掠めたものをよくよく見ると、カードのようだった。カード全体が光を受けてキラキラと煌めいているところを見ると、金属製の刃仕込みであろう。デフォルトでゲーム内に存在している武器ではなさそうだ。
高い空間制圧力で相手の動きを封殺し、遠距離からじわじわと削るタイプと見た。動きの軽やかさから見ても、防具の類は身に纏っていそうにない。近接タイプの武装で挑んでいたら苦戦するに違いない。近づくことも難しい上、仮に近づけたとしても簡単に後ろに引かれてしまう。
であるなら、圧倒的に有利な対面と言える。楽勝だ。
敵は不規則に往復運動をしながら、無数のカードを投げてくる。
私はカード一枚で削られるHPを見て、立ち止まる。首にさえ当たらなければ、あと3発は耐えられる。となると、静止して命中率を上げたほうがいいだろう。
足を止め、相手の挙動を観る。ランダムだと思っていた往復運動に、確かな規則性を見出すことができた。相手もカードを投げるのに必死で、ステップへの集中力が欠けているようだ。
必ず通過する地点を目掛け、弓を引き絞る。
1枚、2枚とカードが体を抉る度、左上に表示されたHPバーがガリガリと赤く点滅しながら減っていく。しかし、そんなことに注意を削がれる年季でこのゲームをやってはいない。
相手は次の一矢を躱せば勝利、というのを確信しているようだ。実際はそれほど簡単な状況ではないのだが、表情にそれが出てしまっている。大した敵ではないことが一目瞭然だ。
ここだ、と矢を放つ。
研ぎ澄まされた集中力は時間の速度を低下させる。
反時計の回転がかかった矢は独特の揺れを伴いながら、小さく効率的な放物線を描く。
シルクハット男の挙動は、まるで矢の到達点に吸い込まれるようにステップを踏む。胴の位置を完全に矢が捉える。
勝利を確信し、敵のHPバーに視線を向ける。緑に満たされた相手のHPバーは次の瞬間、真っ赤に染まった。
You have gain!
脳内は、ワンショットキルの快感で満たされていた。チャリチャリとゲーム内マネー、対戦レートが加算される音が遠くで鳴り響く。
ヘッドセットを脱ぐと、順番を待っている女の子が居た。
こんな昼間から人がいるのかよ、と内心舌打ちをしながら筐体の一部であるフットワーク・ランニングマシンを停止させてゲーム台を降り、近くのベンチに座る。
ここは私の行きつけのゲームセンターだ。今や、ゲームセンターは空前のブーム時代を迎えている。かつて風化の一途を辿っていた、コインゲームやアーケードゲーム、プライズゲームと言われる旧世代的なゲームを扱っていた時代は見る影もない。
今や、ゲームセンターといえばVRゲームを楽しむ場所に他ならない。家ではできない、動きの必要なゲームや、操作筐体の必要なゲームを楽しむ場所になっており、正に今、私がやっていたゲームは、その中でも一位二位を争う代物だ。このゲームは、足元で自由自在に動くランニングマシンがない場合、最低でも十メートル四方で自由に動ける場所がないとプレイできない。
“Battle Reality”と名付けられたこのゲームは、VRゲームの中でも、リアリティのある戦闘体験が売りだ。先ほどの対戦相手の恰好はかなり現実離れしている、と思うかもしれないが、ゲームというだけあって、衣装を変えても動きなどに制限はない。なので、戦闘スタイルに合わせて衣装を変える人が大半だ。姿形は中の人間準拠なので、二十代前半にも拘らずこれまでの苦労が滲み出ている顔なんかは変えられないのだが。
このゲームのリアルなところ、それは戦闘のシステムにある。用意するものはVRゲーム用のトレーススーツとヘッドセット。このゲーム用のトレーススーツを使えば非常に緻密な挙動、ぶつかったり、力を籠めるときの感触等が再現される。痛みの感覚も、電気ショックによって神経を伝わりある程度まで体験することができる。
その上、近頃人気の超能力を操ったり、巨大なロボットに乗ったりといった仮想世界をふんだんに利用した世界設定ではなく、あくまで生身の人間が現実の武器を使い、現実に最大限近しい状態で戦闘を行うという硬派な思想が、このゲームの人気を押し上げている。いわば、決闘スタイルだ。
しかも、別売りのスキャナーを使うと、現実の武装をゲーム内で使用することができる。私の武器は弓矢一本だが、これは現実の弓道で使っていた代物だ。驚くべきことに、ヘッドセット越しにスーツを着ながら引く弓は、現実のそれと遜色ない。
上位ランカーのほとんどは、ゲーム内に元から入っている武装は例え防具であっても使わない。実力者であれば、ありふれた武装のデータが頭に入ってしまっているのだ。現物スキャンとの性能が大差ないのであれば、オリジナルを使うのがセオリーというものだろう。手に入ればの話だが。
買ってきた炭酸飲料片手にぼーっとしながら、順番を変わってやった女の子のプレイを見る。足元の動きを見るに、相当ちょこまか走り回っているようだ。奥にある観戦用スクリーンを見ると、忍者の恰好をした女の子が大剣を振り回す大男を翻弄している。
なるほど、こちらも有利そうな対面だ。しかし先ほどの勝利が確定している対戦とは違って、一発でも貰ってしまえばそこでゲームオーバーだ。見応えはある。
あと一撃でも加えることのできればこの子の勝ち、というところで大逆転が起こる。大男が雄叫びを上げ顔を覆う瞬間に、眩く閃光が走る。スタングレネードの様なものだろうか。
少女は思わずバックステップで距離をとったようだが、それが仇となったようだ。大男は大剣を投げつけ、少女の気が取られた一瞬のうちに間合いを詰める。少女が見上げた時には遅く、振り上げられた拳が突きつけられ、HPバーを削り取った。
勝敗はそこで決し、体制を立て直す間もないまま敗北画面が映し出された。
ヘッドセットを外した少女がこちらに気付いた。ゲームを見られていたことが不満なのか、物言いた気にこちらを見ている。
昼間からゲームセンターに来ているような訳アリ少女と会話なんて御免だ。早くどけと言わんばかりの視線を送り、ゲームを変わる。
少女はベンチに座って、こちらの観戦をするようだ。あちらのゲームを見ていた手前、見るなとは言えないが、見られていると思うとやりずらい。
使用アカウント、プレイルール、装備を指定し、プレイマッチのボタンを押す。
現在の対戦レートは2125。全国ランキングでは64位につけている。
さあ、次は誰が相手だ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます