第6話 オオカミ少女と錬金術師

 

 明るい街道のまんなかで、肩で息をしながら背後から追ってくる気配をさぐる。


 我ながら情けないくらいの全力ダッシュだった。

 けれど、これは仕方ない。吸血鬼だもの。


「ふう、どうやら追っては来てない、な。よかった、なんとか助かったか」


 安心して一息つく。

 手にもった歪んだサーベルを支えに、汗をぬぐい、髪をかきあげる。


 いやはや、それにしても町の近郊に吸血鬼が潜んでいるとわかったのは、ある意味では幸運だった。


 そして、あの個体が素晴らしい美少女だとわかったのも幸運だった。


「悲しいが、吸血鬼相手には手加減などできない。次あった時は、必ずどちらかが死ぬだろう」


 呼吸を整えて、森の奥をいちべつ。

 出没地点をさりげなく脳裏に刻んでから、駆け足でマラマタへの帰路をはしりだした。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 ーー錬金術師ローグの視点ーー



 あの若造、大丈夫だろうか。

 急ぎの様子でいたと思ったが、まさか重傷の仲間がいたとはな。それも、混血の娘。


「痛い、痛いよ……がぅ」

「ふん……ほら、干し肉じゃ。これでもしゃぶって気を紛らせておけい」


 寝台で眠る混血の娘が、目を煌めかせ、尻尾をやかましく振りみだして、おおきく口を開いた。


「ぎゃああ!? これこれ、馬鹿者、わしの手を噛むな! ぐ、おぬし、ついに本性をあらわしあったか?!」

「がじがじ、ぁ、そっか、もう人間食べちゃダメなんだ。ごめんなさい、お爺さん、許してワン。がう」

「もう……? むぅ、不穏ないいまわしじゃが預かるといった以上は、追い出すわけにもいかん。いい、許す。じゃから、もうそこでゆっくりしておれ」

「うんうん、そうする! がうがう!」


 ふん、やはり、野生のけだものよな。

 あんなに幸せそうに、肉にがっつきおって。


 ふん、ふん、ふーん。


「ぷはぁ、美味しかった、がうがう♪ ……ん、これなんだろ。あーッ!! これ、これ、お爺さん、これご主人と同じやつだーッ!」


 寝台のしたから箱を取りだし、混血の娘は興味深そうになかの物をとりだした。


「こらこらこら、何もするなと言ったじゃろうが! 大事にしまってあるんじゃから、もう」


 本当に余計なことしかせんクソガキじゃな。

 あの銀人も銀人なら、その従者も従者ということかの。


「お爺さん、すごく優しい目だね。がう。それ大事なものなの?」

「ん、優しい目、か。わしは今はそんな目をしておるか?」

「うん! ご主人はそれ持ってると死んだ目するんだけど、お爺さんは優しい目をするんだね! がうがう、人間って面白いがう!」


 そうか、そうか、わしは優しい目をしていたか。

 こんなわしにもまだそんな瞳が残っていたんかの。


 手入れの行き届いた綺麗なバレルを指でなぞる。

 かつての思い出の一部を回想しながら、を再び大事に箱にしまった。


「ふん、キナコ二世、とか言ったか。馬鹿げた名前のおぬしへの同情じゃ。工房で火を起こしておるから、何か作ってやる」

「つくる? 作るって何つくる、がう?」

「おぬしにとって良い物じゃ。いいからそこで待っておけい。せいぜい、あの銀人の無事を祈っておるんじゃな」


 ーーガチャ


 そう言った途端に帰ってくるから間が悪いの。


 カウンターに出て、店先から入ってくる息を切らした偉丈夫の青年を見あげる。


「ふん、なんじゃ、生きておったか、銀人。夜更けにはほど早いが、ちゃんと薬草は取ってきたんじゃろうな?」


 銀人は汗をぬぐい、草汁が染みる布袋をどさっとカウンターに置いた。 


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