第4話 折れた錬金術師
「それ何してるんですか?」
興味を持って手元をのぞきこむ。
すると店主は嫌そうに顔をしかめ、袖で視界を塞ぐように隠してしまう。
「ふん、おぬしには関係のないことじゃ。ほら、用がないなら行った行った」
「ほぉん。そうですね、治癒霊薬を売ってくれない錬金術師なんてこっちも用はないです。あ、ところで、水銀は売っていますか?」
「……水銀なぞ無いわ」
「そうですか。それじゃ、ここの銀だけ買っていきますよ。質は悪くない。これなら製弾に使える。前の街ではまとまった銀が手に入らなかったので、困ってたんです。魔銃の弾丸がなくなってきてるんでまた作らないとなんで」
近くの棚から、精製された銀の塊を2つほどつかみとり、カウンターに叩きつけるように置く。
「……待て、おぬし今なんと言った?」
「なんですか? 何か変なこと言いましたか?」
首をかしげ、眉根を寄せた顔であおる。
「くっ、このクソガキが……おほん、おぬし銀弾がどうとか、魔銃がどうといっておっただろう? どういう意味じゃ」
「そのまんまですけど? 俺が魔銃使いってだけです。ほら、こったも急いでるんで、はやく銀売ってくださいよ」
「ッ、となると、もしやおぬし、
どっちが話を聞いてなかったんだってーの。
クク、にしてもやはり俺の予想どおり。
俺が魔銃使いとわかると、途端に態度を変えたぞ。
「なんですか。水銀を売る気になりましたか?」
「……むう」
渋々とした顔で店主は背後の棚から、汚れた瓶の入ったケースを取り出した。ぶっきら棒にカウンターに置いてずいっと差しだしてくる。
「あるんじゃないですか。全部買います。いくらです?」
「このケースで金髪10枚じゃな」
「手持ちがないですね。おもてに馬があるんで、あれを代価としていいですか?」
親指で店前をさし示す。
「……ふん、いらん。お代は結構じゃ。もっていけ。おぬしが銀人ならば、きっと狩りに使うんだろう」
「ええ、短銃用の炸裂弾にね」
そう言って、俺はコートをめくり、腰に差してある近距離用の魔銃、魔導短銃フィス・スペンサーを店主に見せた。
これは万が一にも狙撃に失敗し、次弾の装填が間に合わなかったとき、使用する武器。
旅を再開してから撃ち漏らした記憶はないので、本来の意味では出番のなかった相棒だが、いつの間にか弾がなくなっていた。剣での戦闘を面倒くさがってバンバン撃っていたせいだろうか。
「なんじゃ、それがおぬしの魔銃……?」
「これは非常用です。もう一丁は外にあります」
「ふん、なるほど、どうやらおぬしは本物の魔銃の継承者らしいな」
店主はあやしく口元をゆるめて笑った。
「おぬし、弾を作ると言ったな。ならば、ひとつ頼まれてくれんか? この錬金術師ローグのために」
虫のいい爺さんだ。
「それなら、まずは謝ってくださいよ。そうじゃないとこっちの気もおさまらないですし。ほら、俺って、優しいんで、この水銀に銀塊をおまけするなら許してあげます」
「ちっ、めざといガキめ。……ああ、悪かった、今夜は月の夜、わしも機嫌がわるかったんじゃ。許しておくれよ、若い銀の狩人よ」
「いいですよ。許してあげます」
「……これこれ、銀塊を黙って懐に入れるんじゃない。ちゃんと金を払わんか。近づきのサービスは水銀だけで十分じゃろうて」
「なんだ、ケチくさい」
「急に生意気になりおったな」
金貨を2枚ほど、カウンターにほうり、銀塊をコートの内側にしまいこむ。
「よし、それじゃわしの頼みをだなーー」
「まだです。治癒霊薬も売ってもらいますよ。むしろ、こっちが重要だ」
「治癒霊薬は、今はない」
この爺さん、ここに来てまた始まったか。
老いぼれるというのは、嘆かわしいことだ。
「なんじゃ、そのボケ老人を見透かす瞳は。違うぞ。近頃、この町の近くの森は、よくわからん魔物がでていて、危険なんじゃ。普段ならはいってくる材料も、ここんところめっきり入ってこん。その割には、自警団の連中や、出張ってきた冒険者たちが、いつも以上に治癒霊薬をもって行きよる。あらゆる物資が不足してあるのじゃ」
治癒霊薬の需要が高まっている、とな。
魔物たちとの戦いが激化しているということか。
ふむ、やはりこの町には何か、おかしなことが起こっているのかもしれない。
「わかりました。では、今から森にいって材料をとって来ます。
「いいじゃろう。しかし、おぬし、こんな夜に町の外に出るのか?」
「大丈夫ですとも、夜にまぎれるのは獣だけじゃない」
俺はそう店主につげて、錬金術ショップをあとにした。
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