第2話 マラマタへ

 

 月明かりに照らされる夜の森。

 主人のいなくなった馬車を、かわりに御者となって走らせる。


 馬車内の硬い床には、さきほど温情をあたえて命を救ったオオカミ少女、キナコ二世を横たえている。


 御者台から背後の少女をうかがう。


「痛い、痛いよ……なんで、いつもならご飯食べれば治るのに……がぅ」


 そう言うキナコ二世は、俺のトランクから数日分の携帯食料をもぐもぐと平らげたご様子。


「がう、ご主人、どうしてあたしの傷は治らないの?」

「魔銃で、この銀弾で撃ったからだ」


 オド・スペンサーから、放たれる銀の弾丸による傷は、魔物・怪物にとって大きな脅威となる。


 治癒霊薬を使ったからといって、そうそうに塞がるものではない。


 本来ならばこの「ぎん」というものは、吸血鬼狩りのさいに使用されるもので、吸血鬼以外の怪物に目立った効果があることは知られていない。


 ただ、魔導具たる魔導狙撃銃のチカラによってのみ、放たれる銀の弾丸には不浄を打ちはらう、特別なチカラが宿るのだ。

 うむ、もっと言えばから放たれる銀弾か。


「概念の流用と言うんだそうだ。俺もよく知らないが、高度な錬金術師でもあった作製者の、革命的な秘術がこの武器にはいまだに息づいているのさ」


 そう言って、オド・スペンサーを馬車のなかで横になってる、キナコ二世によく見えるよう持ちあげる。


「見たことない人間の武器……よくわかんない、けど、とりあえず凄い痛いのはわかった、がうぅ……もう撃たないでほしいがう」

「俺が殺すべき相手にならなければ、撃たれる機会なんて早々にはないさ。……こんな骨董品使ってる銀人ぎんじんも、だいぶ数が減ってきてるだろしな……」


 俺の師匠の時代ですら、もう魔銃使いなんてほとんどいなかったという。


 これからは壊れたらおしまい、二度と作れない武器などではなく、人間を象徴するチカラ、魔術によって害ある魔法生物たちを駆逐し、土地を開拓する時代だ。


 ーー狩りをささえた魔銃の時代はおわった。


 もう次の世代はない。

 もしかしたら俺は最後の魔銃使いかもしれない。


 首にかけたペンダント、そこにくくりつけられた″至宝の魔弾″ーー先人の意志『銀人弾ぎんじんだん』を握りしめる。


 これで悪魔を倒す。

 この武器はそのための力だ。


「がう? なんだか明かりが見えてきたがう」

「ああ、ついたな。あれがマラマタだろう」


 話に聞いていたとおり、それなりに規模の大きな町だ。

 ここでならキナコ二世を癒してやる事も出来るだろう。


 肝心の本題、この町で噂されるは、そのあとでもいい。


「キナコ二世、さっき渡した俺のフード付きローブを着込んでおくんだぞ。異種族への理解はまだまだ人類普遍ふへんのものじゃない。いらない面倒はさけるに限る」

「この藍色のがう? これ前に襲った人間も似たようなの着てたがう! あんまり美味しくはなかったがう」

「……あぁ、そう」


 それ前の街のギルドで買った、魔術師用のローブなんだけどね。


 もしやこの子は魔術師を倒せるのか?

 学院の外に出てきた魔術の使い手は、もれなく現人類最高峰の討伐力をもった個人なはずなんだが……やっぱり、このオオカミ少女は怪物なんだろうか?


 キナコ二世へ人間を襲うのも、食べるのも金輪際禁止するようよく言い聞かせ、口についている血を拭わせる。


 一抹の不安を抱えながら、俺たちはマラマタに到着した。


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