第5話

「ラァァァァブ!!」

「帰れ」

「いきなり酷いなキミは!?」

 ……どうやら最初からハズレを引いてしまったらしい。現れたヒーロー(何故か目のところで茶髪を切り揃えたバカづ・・・・・・もとい能天気な顔をした青年だ)を見ながら少年はため息をついた。

「ここはどこだ……?」

 ほんの一瞬前、少年は確かに森の中にいた。しかし今、少年を取り巻く景色は森とは程遠い、いやどんな場所とも合致しないものだった。強いて一番近い物を挙げるとするならば沈黙の霧だろうか。だが、沈黙の霧が白一色なのに対して、この場所では様々な色が入り乱れていた。いくつもの色が混ざり合っているが、不思議と目が痛くなる事は無い。色とりどりの濃い霧に包まれている、そんな例えが一番しっくりくる光景だった。

「ここはね、おそらくはキミの心の中なのさ! だからこそボクも実体を持てているんだろう」

「心の中……?」

「そう! だからボクとキミ以外ここには誰もいない! 恥ずかしがることはないんだ! さぁ、ともに叫ぼう! ラァァブ!」

(……うっとおしい!)

 今この空間で確かな輪郭を持つものは三つ。少年と魔法の鏡、そして先程からラァァブと叫び続けている青年だ。

「……あなたの名前は?」

 青年を鏡に蹴りこめば消えてくれるだろうかと思いながら、一応名前を尋ねてみる。こんなのが創造主であるわけがないと思いつつも、第一印象だと確実に「こんなの」に分類される創造主を知っている身としてはその可能性を無視する事は出来なかった。

「ボクの名前はヨリンゲル! 羊飼いにしてラァァブの伝道師さ! さぁ、共に叫ぼう! ラァ……」

「それはもういい!」

 完全にハズレだ。羊飼いの創造主など聞いた事がない。青年ーヨリンゲルはただの物語の登場人物だろう。

「というかラァァブってなんだよ・・・・・・」

 自分より年上に見えるので一応は敬語を使っていた少年だったが、もはやそれも馬鹿らしくなってタメ口で話していた。

「・・・・・・? ラァァブはラァァブさ!」

(あ、これ話が通じないやつだ)

 創造主でない事も確定したので、いよいよヨリンゲルを鏡に叩き込んでやろうとする少年だったが、

「ふーむ。キミはどうやらラァァブを失ってしまったようだね。それもごく最近」

「だからラァァブって・・・・・・!」

「ラァァブはラァァブさ。皆がラァァブを持てば、世界はもっと良くなるだろう。だからボクはヨリンデと共にラァァブを広めているのさ」

「・・・・・・真面目に聞いたボクが馬鹿だった。もう戻ってくれ」

 何か手伝える事があればいつでも力になるよと言って、ヨリンゲルは鏡に吸い込まれていった。

「・・・・・・」

 一人しかいなくなった空間で、少年は手で顔を覆ってうずくまる。

「ボクは何も失っていない・・・・・・。あんなヤツの言う事を気にしてどうするんだ。ボクは自分が創造主になれる事を証明して、エレナを見返して、そして・・・・・・」

 霧の中に沈黙が流れる。

 やがて少年が立ち上がった時、その手には新しい詩晶石が握られていた。




 そしてしばらくの時がたった後ーー。

 少年は鏡の前に座り込んでいた。

 アラジン、ヘンゼル、ミダス王・・・・・・。どれも今までの少年なら大喜びで話をしたであろう相手ばかりだ。

 しかし、少年は二言三言、言葉を交わすだけで彼らを鏡の中に返してしまっていた。

「くそっ・・・・・・」

 彼らの言葉の一つ一つがなぜか少年の心を掻き乱す。思い当たる節など何もないのに、その言葉達は鋭く少年の心に刺さった。

 少年は手の中の最後の詩晶石を見つめる。

 もし、創造主の魂が召喚されなければ・・・・・・。少年が設定したルールが、今や少年の手を縛る鎖と化していた。

 だが、迷っている時間はもうない。手にした詩晶石を放すか放さないか。シンプルな二択が少年に突きつけられていた。

 少年にとっては無限に感じられた時間だったが、実際はほんの数十秒。かくして、運命を決める小さな石ころが少年の手から放たれた。

 鏡全体が光を放ち、その中心から小さな球体が飛び出す。球体は少年にくると、少年とさほど体格の変わらない人の体となった。

 不機嫌そうな顔をした童顔の男。少年が彼に抱いた第一印象はそれだった。

黒を基調としたローブを身にまとい、手には複雑な装飾が施された杖を持っている。貴族の生まれなのか、どこか気品のある佇まいだ。

「僕を呼んだのはお前か?」

  少年に対して男は不機嫌そうな表情を崩さないまま言った。

「は、はい……」

「ふん。僕は『魔法の鏡』で呼びだされるような事は何もしていない。帰らせてもらうぞ」

 今までのヒーローとは明らかに違う、最初から少年を拒絶するような強い態度。それに少年は困惑を隠せない。

「えーっと、あなたの名前は……」

「なに? まさか僕の事を知らないで呼びだしたのか?」

 気のせいか、いくぶんか男の口調が柔らかくなる。

「ふん。そういう事なら答えてやらんこともない。……僕の名はミュンヒハウゼン男爵カール・フリードリヒ・ヒエロニュム。言いづらいなら、ミュンヒハウゼンとだけ呼べばいい。なんの功績もない、ただの凡人だ」

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